離宮の愛人

眠りん

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三章

七話

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 その後はフリードはほとんど裏警察に指示を出すだけとなった。
 弁護士として再審に臨む為だ。次は敗訴するまいと、改めて証言証書をまとめて準備を重ねた。
 拷問塔に捕らえてある、サーシュ侯爵家に潜入していたメイドスパイも、結局は自白剤で少しずつ公爵から依頼されていた内容を話したようで、再審が終わり次第、処刑となる事が決まった。

 前公爵の謀反に加担していた者達は、分かっている者全員を裏警察が逮捕した。公爵家の使用人達は建前上起訴されたが、知っている事を全て話したので、それ以上お咎めはなかった。

 逮捕者は拷問を受ける事になるが、全員が貴族で権力者だ。そこまで酷い扱いは受けないが、裁判はきっちりとやる。
 そのお陰で貴族派だった大臣が二人ほど減ったが、いつ引退してもおかしくない者達だった為、いてもいなくても変わらなかった。
 サーシュ侯爵が爵位を剥奪された時よりは被害は少ない。

 フリードは再審の前に離宮に戻ってきていた。使用人達が喜んでいる様子でフリードを出迎える。
 今までは「嫌々だろうに皇帝の愛人だから嫌な態度が出せないのだろう」と卑屈に思っていたが、彼らの優しさを素直に受け入れる事にした。
 すると見方が変わる。どれだけフリードに優しくしてくれているかが分かった。

 寝室にある小さな丸テーブルの前に座ると、フリードの身の回りの世話をしている侍女、ヴァイオラが紅茶を置いた。
 気遣いは紅茶一つでも窺える。

(俺が好きな茶葉……。そういえば、帰ってきた日は必ずこの茶葉だな。
 こんなに俺に気遣ってくれていたんだな)

「フリード様、何かご用がありましたらいつでもベルでお呼びくださいね」

 メイド服を着た腰まで長い綺麗な黒髪が特徴の女性だ。笑うと目尻が下がって可愛らしい。まだ十代後半だろう、フリードと歳が近そうだ。
 ヴァイオラが恭しく膝を曲げて敬礼をすると、ベルを置いて部屋を出ようとした。

「待って」

「はい、なんでしょうか!? 私に出来る事ならなんでもおっしゃってください!」

 ヴァイオラが目を輝かせて聞き返してくる。用事を頼まれるのが嬉しいとでも言いたいみたいだ。

「じゃあ、俺の向かいに椅子を用意してくれる?」

「はい! お待ちください!」

  走って出ていった。廊下からは「こら! 走ってはなりませんよ!」と、叱られている声。
 「すみませんっ」としょんぼりした声が聞こえてきて、フリードはクスリと笑った。

 程なくしてヴァイオラが椅子を持ってやってきた。運ぶのも大変だっただろうと窺える大きめの椅子だ。

「お待たせ致しました。これから陛下がいらっしゃるのですか?」

「いや。君が座って。これからはもっと運びやすい椅子を持ってくるいい」

「えっ?」

 ヴァイオラは困惑したように首を傾げた。聞き間違えたとでも思っていそうな、きょとんとした顔だ。

「ほら、君に紅茶を用意した。少し俺の話し相手になって欲しい」

「ええええっ!?」

 フリードの向かいに淹れたばかりの紅茶が既に用意されている。
 ヴァイオラは恐る恐る椅子に座った。緊張しているようで、カチコチに固まっている。

「力抜いて。ゆっくり呼吸出来る?
 吸って、吐いて、吸って、吐いて……」

 呼吸を促すと、ヴァイオラはハァハァと呼吸を荒らげた。とても素直な人柄だ。好感が持てる。

「いきなりどうされたのですか?」

「俺、ずっとこの離宮で働いてくれる使用人達を疑ってきたんだ。
 嫌々ながらも俺に笑顔を向けて、優しくしてくれて、辛いだろうなとね」

「まさか!! そんな事ありません!!
 フリード様に誓って、私達がそんな事思っていないと断言出来ますよ!」

 フリードの卑屈な言葉を聞いた瞬間、ヴァイオラは目をキッとさせて、真剣な顔で反論した。
 それだけで安心してしまった。

(人を信じるってこういう事なんだ。なんか、胸が温かい。嬉しい)

「ありがとう」

「次そんな事言ったら本当に怒ります。それで、毎日フリード様の元に使用人一人ずつ送って、どれだけフリード様にお仕え出来て嬉しいか語ります! 一人一時間ずつ!」

「あはは。それは皆が困るんじゃないかな」

「もちろんそれは冗談ですが……。フリード様は皆に優しくて、働きやすい環境をくださいました。
 本当はもっと離宮にいて欲しいくらいです。私は仕事が出来ない方が辛いんですよ」

「忙しくなるのに?」

「仕事ない方が辛いんですよ?フリード様って変わってますよね。本当は愛人なら侍女は貴族のお嬢様を指名する筈ですのに。
 いえ、フリード様は男性なのですから侍女じゃなく近侍を置くべきでは?
 私なんて平民で、ただのメイドですよ?」

 他の使用人達は殆どが代々皇族に仕えてきた貴族の令息や令嬢ばかりだ。
 殆どが家を継がない末子等で、学院を卒業後に起用されている者が多い。

 だが、このヴァイオラだけは違う。平民から侍女になる者を募集し、立候補してきた中からフリードが選んだ。
 フリード自身が元々平民である為、近くに置く者はなるべく親近感の湧く者にしたいと思い、我儘を言ったのだ。

 そのお陰で、彼女は貴族達が働く中、一人平民が入り込んだ形となった。
 多少心配していたが、問題なく他の使用人達の中に溶け込んでいる。
 彼女の人柄のお陰だろう。

「俺も平民だったしね。貴族のお嬢様や坊っちゃまに堅苦しい態度でいられる方が気になって仕方がない。
 身の回りの世話をする侍女は平民からって陛下に我儘言ったんだ」

「ですよね。本来、ただのメイドが出入り出来る場所じゃないですし。
 だから私、騎士の爵位を授かったんですよ。貴族としての礼儀作法のレッスンも受けなきゃいけなくなったのはちょっと大変ですが、光栄な事です」

「ヴァイオラ卿とお呼びしなきゃね」

「なんか恥ずかしいです!普通にヴァイオラと呼んで下さい」

 そう言って顔を赤らめるヴァイオラ。それを見るだけで楽しくて声を出して笑った。
 ウェルディス以外の者と話して楽しいと感じるのは初めてだった。
 それは人に対する猜疑心がなくなったからだろう。ヴァイオラのお陰で心に余裕が出来た。

(再審の結果を良くする為に、もっと頑張らなくては……。以前のような失態はもう見せないぞ)





 ルディネスがキュプレ家に来て、一ヶ月以上が経った。顔は全体的に包帯でぐるぐる巻きにされており、目と鼻と口の部分だけが覆っていない状態だ。
 ほとんど痛みはなくなっており、いつ包帯を取っても良さそうだ。

 ここに来てから、ハーラートが持ってくる新聞を読んだり、帝国内でもトップの実力を誇る家庭教師から授業を受けたり、メイド達に甘やかされたりと、充実した生活を過ごしている。

 情報は逐一ハーラートが教えてくれる。殆どがフリードの活躍の話だ。
 フリードは以前「組織から嫌われていて……」と話していて、ルディネスもそれを信じていたが。
 今ならそれは勘違いだと断言出来る。

(何をどう勘違いすると、サマエルがフリードさんを消したがっていると思うんだろう? 不思議だ)

 そんな事を思いながら夕食を摂っていると、バンッ! と勢いよく食堂の扉が開いた。
 こんな開け方をするのはハーラート以外にいない。
 今日は早く帰宅したのだなと、ルディネスは扉に視線を移した。

「お帰りなさい、旦那様」

「帰ったぞ! 俺もルディと飯食うぞ」

 と、ハーラートがルディネスの向かいの椅子に座り、使用人に料理を用意するよう指示を出す。
 しばらくして料理が運ばれてきた。ルディネスはもう食べ終わってしまい、出されたコーヒーをちびちびと飲んでいる。

「ルディよく聞け。明後日、サーシュ侯爵の再審だそうだ。
 フリードが弁護士をするから安心して、父が侯爵に戻るのを待つといい!」

 どれだけフリードを信頼しているのだろうか。勝訴すると決めつけて慢心しているようにも見える。

「絶対勝つと分かっているみたいですね」

「みたいなんじゃない。絶対勝つ。もし負けたら、フリードを殴ってやる」

「殴っちゃダメですよ!!」

「ははは! そんなこたぁしねぇよ。
 勝つって分かってるんだ、早く当日にならんかな。またフリードの活躍を間近で見たいぜ」

「旦那様はフリードさんが好きですよね」

「好きなわけあるか! まだまだスパイとしてはひよっこだし、甘ちゃんだし、俺が育てなきゃなんねぇ。めんどくせーだけだ」

 そう言いながらハーラートは楽しそうに笑っている。

「けど、この調子だと俺が裏警察に入る前に事件解決しそうですよね……」

「おっ、そうなんだがな。これはフリードからルディへの伝言だ。
 本当は包帯が取れたらって言われたんだが、そこまで予測出来てんなら仕方ねぇ、今言うぞ」

「いや、それなら包帯取れたら聞きます。フリードさんとの約束はちゃんと守って下さいよ」

「なんだと? お前、親代わりの俺とフリード、どっちの味方なんだ?」

「そ、それは……うーん……フリードさん、ですかね」 

「ふはははは。そりゃあそうだろう。お前にとっちゃ命の恩人だろうからなぁ。フリードも喜ぶと思うぜ」

 ハーラートの言動は矛盾点が多く、違和感を感じる事が多い。だが、ある前提があるとすんなりと納得出来るのだ。
 ルディネスは何度目か分からないツッコミを大声で入れた。

「やっぱりフリードさんの事気に入ってますよね!?」

 だが、ハーラートは絶対認めないのだ。ルディネスは諦めて溜息をついたのだった。
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