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第7章 それぞれのクエスト 編

第 447 話 観衆

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「あ……」

 篤樹は掲げたクリングをゆっくり下げ、建物の出入口に目を向けた。

「……来たみたいですね。佐川さん……。じゃあ……僕……行きます!」

 クリングをズボンのポケットに収め、篤樹は直子に笑顔で礼をすると、扉に向かって歩み出した。「賀川くん……?」キョトンとした目で呼びかけた直子も、数秒遅れで屋外の異様な気配に気付く。

「賀川くんの……ほうが……先に……感知……しました……ね」

 布にくるまれ横たえられている美咲が、途切れ途切れの声を直子にかけた。

「あら? 美咲さん…… お帰りなさい・・・・・・。……そうね。篤樹の『ここ一番の集中力』には時々驚かされるわ! エシャーちゃんのクリングで『視点』が変わったのかもね」
 
 直子は笑顔で美咲に顔を向け、そばに歩み寄る。

「ごめんなさいね。まだ『服』を創れるほどの回復は出来て無いから、そんな布だけで……」

「平……気……ですよ……。どうせ……まだ動け……ない……ですから」

 2人は笑顔を交わし、扉から出て行く篤樹の背を見送った。

「私たちの『星』……佐川さんに滅ぼされてしまったわ。海も、森も、エルフも人間も……生けるものたち全て……」

 直子からの報告に、美咲は言葉無くうなずく。

「『光り輝いていた星々』が……あの人の手で滅ぼし尽くされてしまった……」

 続けて語る直子の頬に、幾筋もの涙が流れ落ちる。

「ひどい……こと……しますよね……」

 美咲は小さく応じ、大きく息を吐く。

「賀川くんが……勝ったら……今度は……『 あの子たち・・・・・』に……」

 再生終盤の痛みに顔を歪めながらも、美咲は笑みを作る。直子も小さくうなずき、同意を示した。

「そうね……『 あの子たち・・・・・』が創る新しい世界に……期待しましょう!」

 身をくるむ布から右手を出した美咲に直子は気付き、その手を握る。

 とにかくそのためにも……佐川さんに飲み込まれちゃダメよ。賀川くん……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ウチは最期まで満足して『たのしんどった』から、ピッカピカに『輝いとった』ち思わん? 香織ぃ」

 高山遥は隣に並び立つ高木香織に笑顔を向けた。中学3年生の姿に戻っている2人は、光る子どもが創った「白い小部屋」の中に居る。突然透明に変わった壁に張り付くように身を寄せたのは、篤樹の姿に気付いたからだ。

「最期は兄さまと『名セリフ祭り』までやって、もう、最高の人生やったわぁ!」

「そう……良かったね、遥。私は……これ」

 足首に巻かれた小さな鎖と重り以外、手足を自由に動かせる遥に比べ、香織の手足には太く重たい鎖が絡みついている。

「後悔や罪悪感ってのは引きずってしまうものよねぇ……光る子どもの目に、私の『光』はどう映ったのかなぁ……」

「香織……」

 自嘲気味な笑みを浮かべ目を伏せた香織に、遥は一瞬心配そうな顔を向ける。だが、すぐに笑顔を浮かべるとその背後に回り、首に腕を絡めた。

「『これまで』んことは、もうどうしょうもないで? でも『この後』は賀川次第……いや、ウチらの気持ち次第やって! まだまだ通過点! 諦めたらそこが終点になっちゃうよ!」

 背後から抱きしめる遥の腕に、香織は細く笑みを浮かべ手を重ねる。

「ん……そうだね。賀川くんも浮き沈み激しいから……ここからでも、全力で応援してあげないとね!」

 顔を寄せ合い2人は正面に向き直った。透明壁の先に篤樹の背中が映る。遥と香織はそれぞれの思いを込め、数ヶ月前より広くなった篤樹の背中を見つめ続けた。


―――・―――・―――・―――


「それにしても『しぃちゃん』の鎖、大き過ぎィ! ウケるんですけどぉ?」

  妹尾せのお涼香と氷室りんから爆笑される渋谷しずは、 不貞腐ふてくされた様子で透明壁の前に座して居る。まるで「すまき」のように全身を鎖で巻かれ、しかもその1つ1つが20センチほどの鉄輪である以上、2人からの指摘が大袈裟で無いことは、しず本人も充分に納得だ。しかし……

「そりゃ私は80年以上向こうで暮らしたんだから、このくらい引きずるのは当たり前でしょ! 私よりも『りょっか』と『りん』の鎖のほうが変だよ! 10年も居なかったクセにそのサイズ、どんだけ後悔の日々を過ごしたのよ?」

 問われた2人も互いの姿を見比べる。駐車場のチェーンのような鎖が、それぞれの手足をがんじがらめに縛りつけていた。

「……でも、しぃちゃんのよりは小さい……よね?」

「うん」

 50歩100歩な「不幸自慢」に、しずは大きく溜息を吐く。

「まあ……それでも……」

 透明壁に視線を向け直し、しずは穏やかな口調で語る。

「少しは『たのしいこと』もあったとは思うんだけどねぇ……」

「「……うん」」

 しずの意見に2人も同意の声を合わせた。だが、思い直したように涼香がポツリと続ける。

「でも……光る子どもの目に、どう映ったかは分かんないけどね……」

 しずと りんは涼香に視線を向けた。

「輝くほどに『たのしんだか?』って言われたら……微妙だったかもね……」

 室内をしばし包んだ重たい空気をはらうように、しずがわざとらしいほど元気な声をだす。

「まあ、今さら悔やんだって遅いよ! とにかく今は、賀川くんの戦いを『たのしみ』ながら待とうよ。光る子どもからの判定まではさ!」

 吹っ切れた表情で笑みを向けるしずに、2人も笑顔でうなずき返す。

「だね。それじゃ、鈍感青少年のバトルをたのしみますか!」


―――・―――・―――・―――


「観ないの?  一樹かずき

 白い壁に背を預けて座り込む上田一樹に、透明壁前に座る田中 和希かずきが声をかける。

「あ?……動くのメンドイからここで良いよ、俺は」

 ずっしりと身体に巻かれた黒い鎖と、足に繋がる重量感溢れる鉄球……一樹は鎖を持ち上げては落とし、ガチャガチャと音を鳴らした。和希はふわっと笑むと、視線を壁の外へ戻し、篤樹の姿を正面から少し見下ろす位置でその表情を見つめる。

「賀川の表情……良い顔してるよ? 期待出来るんじゃない?」

 背後の一樹に改めて声をかけるが、鎖を鳴らす音しか返って来なかった。だが、和希は見逃さない……透明壁に反射して映る「興味津々」な一樹の顔を。

「しっかし……分かんねぇもんだよな……」

 透明壁の前に座すもう1人の男子……牧野豊もまた、大き目な鉄輪の鎖を身体に巻き付けている。

「俺ぁ別に、そんな大した後悔なんか無いつもりだったんだけどさ……まさか、上田くんも俺も、こんなにがんじがらめにされるなんて……正直、ワケ分かんねぇ」

「そうだね……」

 和希は隣の豊に優しく相槌を打つ。

「多分……『やったこと』への後悔だけじゃなく、『出来なかったこと』への後悔も反映されてるんじゃないかな? この鎖……」

 2人に負けず劣らず、太く大きな鎖に縛られる自分の身体を見ながら、和希はやわらかく応えた。

「あ、なるほどね……そんなら分かるや!」

 和希からの言葉に、豊は合点がいったようにうなずく。

「さて……」

 視線を篤樹に向け直し、和希は口端をやわらかく上げる。

 賀川……お前は「後悔の鎖」なんかに巻かれないように……走り抜きなよ……。ボクらの アンカー・・・・なんだから……


―――・―――・―――・―――


「ごめんね……柴田さん……」

 川尻恵美は、立ち上がるのも困難なほどの鎖に巻き付けられたまま、柴田加奈に顔を向け謝罪の言葉を述べる。

「あ……いえ……もう……ホントに大丈夫……です」

 加奈は困惑顔で恵美の謝罪に応じ、視線を泳がせる。

「ほら! 川尻さんも、もうしつこいよ! 柴田さんも気にしてないって言ってんだから、いい加減に謝り続けるのヤメなよ!」

 まるでミイラのように、足元から首までを鎖に巻かれ身動きの取れない神村勇気が、満面の笑顔で語りかける。

「あんたは、ホントに反省の色も無いわね!」

 両手両足を中心に鎖に繋がれている小平洋子が、勇気を見上げ声を上げた。

「この中で1番鎖に巻かれてんの、あんたじゃないのさ! その量、異常だよ?」

「なんだよ……よっこちゃんのが少な過ぎなんじゃないの?」

 辛うじて出せている顔を洋子に向け、勇気は口を尖らせる。

「でもさ……」

 透明の壁の前に座り、太めの鎖を身体に巻く小林美月が振り返り、加奈に顔を向けた。

「あの時は……ただ『滅消』ってことしか考えて無かったのは事実だから……やっぱり私たちは柴田さんにお詫びするしかないのよ。ずっと後悔してたことだもん……」

「そうだよ……」

 勇気ほどでは無いが、こちらもかなりの量の鎖に巻かれ、むしろ、そのおかげで安定し床に座っている大田康平が美月の言葉に続ける。

「こうして柴田さんに会えなかったら、僕らはずっとこの部屋の中で後悔し続けてたかも知れ無いんだから……しつこいかも知れないけど、何度でも謝らせて欲しいんだ。あの時は……ホントにゴメン!」

 ジャラジャラと音を立てて頭を下げる康平に、加奈はますます困惑顔で返答に窮した。

「でも……ホントに……」

 何とか言葉を集め、加奈は口を開く。

「私……覚えて無いし……その時のことは……だから……」

 みんなの視線が自分に集まっている事に気付き、加奈はさらに顔を赤らめ伏し目がちになる。自分1人だけ「鎖に繋がれていない」という状態も負い目に感じていた。

「私が覚えてるのは……みんなが……私の『鎖』を切ってくれたこと……『あの部屋』から出してくれたこと……だから……」

 加奈は意を決したように顔を上げ、全員の視線を受ける。

 篤樹が手放した 成者しげるものつるぎには、相沢卓也を通してクラスメイト全員の「想い」が込められていた。レイラとスレヤーによって「滅消級の法撃」として放たれたその「想い」は、加奈を包む黒水晶を完全に打ち砕く。独りぼっちの暗い闇の部屋から、エシャーの手に引かれ、加奈は この部屋・・・・に辿り着いた。

 クラスメイトたちの「想い」を思い出し、加奈は再び恥ずかし気に目を伏せてしまう。しかし、自分の思いは小さな声に出し表した。

「だから……私はみんなに……ありがとう……って……言いたいだけ……」

 ぴょこんと頭を下げた加奈の姿に、一同は互いに目配せを交わし笑みを浮かべる。

「よし……じゃあとにかく、後は『サーガワー』と『カーガワー』の戦いにしっかり注目しましょっか! せっかく僕が創った剣を加奈さんに向けたりしてさ……これで負けたら、僕の鎖も篤樹に巻いてやる!」

「本人の前でも呼び捨て出来る勇気が、あんたにあるんならね!」

 勇気の宣言に洋子が即座にツッコミを入れると、全員から笑いが洩れた。その笑みのまま、一同の視線は透明壁に向けられる。不安も期待も無い。ただ、佐川に向かい歩み出した同級生の姿を、全員が笑顔で見守っていた。


―――・―――・―――・―――


 相沢卓也は、立ったまま透明な壁に右手をつき、外の様子に注目している。その腕にも身体にも、他の者達と同じく鈍色の鎖が自由を はばみ巻き付いていた。

「あーあ、結局、賀川のヤツが『ラスボス』の相手しなきゃなんなくなっちゃったかぁ……。席順決めん時に後部座席を選んだのが運の尽きだったかぁ?」

 鎖をジャラつかせながら床に座り、外を眺める牧田亮の声に、卓也は笑みを浮かべる。

「そんなの関係無いよ。席順で選ばれたんじゃ無い……このクエストに篤樹を選んだのは、『この世界』そのものさ」

 透明壁に顔を向けたまま応じる卓也に、亮は「そんなもんかねぇ……」と呟く。

「さて……同房者を選ぶのも、やっぱりあの『光る子ども』なのかな?」

 唐突な卓也の言葉に、亮は不思議そうに顔を上げた。

「ん?……って、お前……この『部屋』には俺と卓也だけ……あれ?」

 いつの間にか亮の背後に、 杉野三月すぎのみつきがちょこんと座っている。

「わっ! 三月……お前……いつの間に……」

「あ……ゴメン。今、来たところ。ちょっと別件でさ……」

 中学時代の小柄な体型に戻っている三月が、両手足の鎖と重りを不思議そうに眺めつつ応じる。

「これ、何?」

「『後悔の鎖』らしいよ。光る子どもから聞いた」

 三月の問いに卓也が応じ、振り返る。

「別件……って?」

「ん? ああ……この後のこと。賀川くんが佐川さんに負けちゃった場合と勝てた場合、どうしたいのかって……光る子どもから聞かれてた」

 三月の返答に、卓也はジッと視線を向ける。2人はニヤッと笑むと、透明壁に顔を向けた。話に乗れなかった亮は2人の様子にポカンと口を開き、慌てて問いかける。

「何だよ杉野! それ、超重要情報じゃん! お前、なんて答えたんだよ、あのガキに!」

「始まるよ……」

 三月に詰め寄ろうとした亮を、卓也の声が引き止めた。その声に、亮も三月も視線を外に向ける。

「な……んだよ……あれ……」

 外の光景を目にした亮は、思わず驚きの声を上げた。
 「この世界」は、地表と地殻を剥ぎ取られ「地核領域」だけを残す小さな球体になっている。宇宙に浮かぶ「小さな星」の表面に立つ佐川―――しかしそれは、数十メートルもあろうかという「巨人体で再生」された姿だった。
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