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第7章 それぞれのクエスト 編

第 448 話 無力なジョーカー

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 篤樹は後ろ手に閉めた扉に背中をつけ、目を閉じた。大きく息を吸い込み、いつものように右手で「渡橋の証し」を掴む。外套を直子に渡しているため、胸元に下がる「制服ボタン」をいつも以上に傍に感じる。

 これまでの自分―――

 高山遥から教わった深呼吸ルーティンを無意識に始めていた。
 元の世界で過ごした、家族との日々を思い出す。平凡な……普通の家庭……両親と姉妹が居て……大したトラブルも無く、無責任に安心して暮らして居た日々。あれって……贅沢な日常だったんだな……篤樹は家族の顔を思い浮かべ、笑みを漏らす。

 今の自分―――

 楽しみにしていた修学旅行が……まさか初日から事故に遭うなんて、ついて無いよな……。あ……「事故」じゃ無いんだっけ? 光る子ども……あの馬鹿がバスごとさらって来たって言ってたなぁ……

 結びの広場で「腐れトロル」に追われ、ルエルフの森に逃げ込み……エシャーと出会った。ルエルフ村がガザルに襲われ、外界での旅が始まり……「みんな」と出会った。篤樹の脳裏に「仲間たち」の顔が浮かぶ。「この世界」で歩んだ旅……魔法や剣や戦いや……人々との温かな関係や……

 佐川の手によって、人々の命も全ての町も景色も、今は何もかもが奪われてしまった。だが……

 俺は忘れない……もう……絶対に。みんなを……心に刻んでるよ、エシャー……

『私、アッキーのことをずっとずっと忘れない! ずっとずっと忘れないから……だから、私の中でアッキーはずっとずっと一緒に居るよね?』

 ハッキリと目の前に見えるエシャーとの記憶……。そう……この記憶……この「心」は、誰にも奪われはしないんだ!

 これからの自分――― よし! 当たって……突き抜けてやる!

 篤樹は3回目の深呼吸を終えると目を開き、背をつけていた扉から離れ歩み出した。

 佐川さんの「気配」を感じる……

 岩や水晶の柱の間を縫って歩みながら、篤樹は周囲を警戒する。視線を上げると、そこにはもう「赤黒い光を帯びた天井」は無く、闇の空間にいくつもの星が見えていた。

 輝く星々……在るじゃんよ。ったく…… あいつ光る子どもの目は節穴か?

 宇宙に浮かぶ小さな球体表面と化した石岩原を、篤樹は佐川の気配に引かれて進む。突然、何かの音を感じ、篤樹は足を止めた。

 この音……風?

 急に背後から突風を感じ、篤樹は慌てて地面に伏せる。数十秒間の突風が止むと、正面から佐川の気配を強く感じた。

「は……はは……。何だよ……あれ……」

 身体を起こしながら顔を上げると、否応なしに目に飛び込んで来た佐川の姿―――高層ビルを思わせるほど巨大な身体で再生した佐川は、その大きさゆえにかえって篤樹と「目を合わせる」ことも難しそうに見える。

「やってくれたねぇ、賀川くん。まさか、あのメス豚と連係攻撃なんてフザけた真似をするなんて、正直、かなりムカついたよ!」

 巨大な身体から発する大声量は、地表の岩柱や水晶を振動させ、崩壊させるほどだ。

 大……きい……大き過ぎて……笑っちゃうなぁ……

 再生した佐川を見上げる篤樹の口端は、知らず知らずの内に笑みを浮かべている。

  かなうはずが無い……逆らっちゃいけない……だって、相手は「オトナ」だから……力を持ってる「世界のルール」なんだから……。全てが正論で、知恵が有り、僕らよりも先に「世界」を手に入れてる存在なんだから……従うしか無い……か。

「さあ! いい加減に諦めてくれないかねぇ、賀川くん! そうしないと、キミも、キミの大好きな先生も、踏み潰して粉々にしてしまうよ?」

 身体に這い上がった蟻のように? すり潰されて、形も残らない「黒い粒」になってしまう?

 篤樹は佐川の大声量に対し、大声で叫び返すことはしない。すぐ目の前に立つ「普通サイズの人間」に語るように口を開いた。

「佐川さん……あなたにそんな『力』、在りませんよ……」

「あ? なん……だと……」

 その篤樹の声量でも、佐川の耳には充分に届く。

 そりゃ、そうだよね……。だって……ここは……「想像と創造の世界」……

「テメェ! クソガキが! んじゃ、死ねよ!」

 佐川の足が数十メートルの高さまで持ち上げられた。御丁寧に、光沢有る黒のローファーも10メートルサイズに新調されている。篤樹は笑みを浮かべたまま、佐川の靴底を見上げた。

 エルグレドさんとタフカさんも……三月を見た時、こんな感じだったのかなぁ……

 ズンッ! ゴン……ゴリゴリ……

 激しい衝突音と衝撃が、宇宙に浮かぶ小さな球体地核上に響く。佐川は何度も踏みつけ、靴底で地表をすり潰す。

「はははー! ガキが……ゴミが……クソがーーーッ!」

 地表を睨みつけ、真新しいローファーですり潰しながら、佐川は狂気の笑みを浮かべ大声で叫ぶ。しかし、ふと誰かの視線を感じ、目を上げた。

「な……なん……で……」

 同じ目線で立つ篤樹が、5メートルほど離れた場所に立っている。その表情はまるで、愚か者を憐れむような慈愛の眼差し……口元には微笑さえ浮かべ……これは……

「て……メェ……」

「靴……痛みますよ? 佐川さん」

 佐川の目に、篤樹の笑みは「嘲笑」と映る。

「何を……おい! 何をしやがった!」

 佐川は右腕を真っ直ぐ篤樹に向けた。だが、その腕に法力光は現れない。佐川の動作と視線から、法術が何一つ発現出来なくなっていることは明白だった。しばらく「想像による創造」を試みた佐川は、怒りに燃える視線を篤樹に向ける。

「お前の……仕業か? おい……答えろ! 何をした!」

 篤樹は口端を軽く上げたまま、困ったように首をかしげた。

「別に……ただ……『あなたにそんな力は無い』って……『想像』しただけです。僕はもう…… あなたを恐れない・・・・・・・・。それだけです」

「な……はあ? なんだよ! そりゃ……」

「あなたはッ!」

 困惑と怒りに満ちた形相で足を踏み出そうとした佐川に、篤樹は一喝し語りかける。

「……あなたは……何も生み出せない……創り出せない! 誰かが生み出し、創り出し、育み、守るモノを……ただ奪うだけ。サーガと同じで、最初っから『何も無い』存在だ! そんな人に……『想像』も『創造』も、出来るはずが無いでしょ?」

 篤樹は思い出していた。この世界で見て来たサーガの姿……「サーガの実」を与えられた極一部の特別な妖精種以外、サーガに堕ちた者は魔法術を使えなかった姿を。欲望のままに奪い、喰らい、破壊するだけの「肉塊」と化したバケモノたち。しかし、ただそれだけの存在……何も生み出せず、創り出せず、ただ滅びの時を待つだけの存在……

「 空っぽ人間・・・・・なんですよ……あなたも……あなたの性質を受け継ぐサーガたちも……」

「黙れ!」

 つい先刻まで「壊れかけ」ていた「ゴミ」からの言葉……どこか余裕をもって語る篤樹の声に、佐川は苛立ちを募らせる。

「『空っぽ人間』だとぉ……テメェ……ガキが生意気な口をきくな! 空っぽで上等だよ! 満たされないから奪い続けるのが人間の本性だろうが! 喰わなきゃ生きて行けないんだよ! だから奪い、喰らい、支配する。それが人の喜びなんだよ! 支配される側のテメェら弱者が、何を生意気な……」

「違う!」

 佐川の弁を篤樹は断ち切った。

「友が居ることで喜び満たされ、分かち合い、生み出し、創り出し、また新しい喜びに満たされていく……それが人の喜びですよ! 与えることも分かち合うこともせず、ただ自分が満たされるために他人から奪い続けていけば……何も生み出さずに奪うだけだったら、いつかは何も残らなくなっちゃうじゃないですか! 他人の光を奪って、ホンの一瞬だけの満足で輝いたつもりになって……そんなんじゃ、またすぐ闇に逆戻りしちゃうの、当たり前です!」

 真っ向から反論する篤樹の目に、佐川はワナワナと唇を震わせる。

「何も……分かってない……ガキが……知った風な口をきいてんじゃねぇ! こんな世界じゃ、やりたいようにやらなきゃ生きてても面白く無ぇだろが! こっちには『力』があるんだ! 強者には弱者を支配し喰らい奪う権利があるんだよ! 俺の権利をクソガキが奪うんじゃ無ぇ!」

 佐川の言葉に、篤樹の口に笑みが浮かんだ。

「あなたの権利を……奪った? 僕が……ですか?」

「ああ、そうだよ! 俺の『想像と創造の力』を封じやが……って……」

 怒りの形相で睨みつけ、怒鳴りつけていた佐川の表情に、困惑の色が浮かぶ。

「……権利を奪える『力』は……強者にしか無いんじゃなかったですか?」

 清々しく笑む篤樹から、佐川は視線をそらした。

「俺は……別に……」

「佐川さん……美咲さんがあなたのことを『ジョーカー』だって言ってたの、聞きましたか? 『大富豪』ってゲームの最強カードに例えた話……全てを『見て』『聞いて』たんですよね?」

 急展開の話に、佐川はキョトンとした目を篤樹に向ける。構わず篤樹は尋ね直した。

「『大富豪』ってトランプゲームくらい、知ってますよね?」

「はあ? そりゃ……」

 会話の主導権は、今や篤樹が完全に握っている。佐川の返答に、篤樹は笑みを浮かべて話を続けた。

「『 スペ3返し・・・・・』ですよ。僕らの勝ちです」

 勝ち誇った笑みを向ける篤樹に、佐川はますます混乱の色濃い目を向ける。

「なん……なんだ? それ……は? 何の話だ……」

「最強のカードである『ジョーカー』でも、1枚出しなら『スペードの3』で切れるんです。僕みたいな弱者でも……ね」

 意味を理解した佐川は、しかし、怒りの形相に戻り叫ぶ。

「知るか! んなモン! 何だよ『スペ3返し』とかワケの分かんねぇ話……そんな 地方ルール・・・・・なんか知るか! 勝手に話を作ってんじゃ無ぇぞ、ガキが!」

「 公式ルール・・・・・ですよ?」

 当然顔で応じた篤樹の言葉に、佐川は再び困惑顔を見せ、首をかしげる。

「は?……なん……」

「公式なルールですよ……『大富豪』の。だから、佐川さんがジョーカーでも、スペードの3である僕が『勝てる』んです。あなたが自分で言ってたでしょ?『ルールは絶対だ!』って。だから僕は……『想像』したんです。あなたとの戦い方を」

 篤樹はポケットからエシャーのクリングを取り出した。

「あなたも認めましたよね? 僕があなたの『権利を奪った』と。僕があなたよりも『強い』と。だから……あなたの『負け』なんです」

 エシャーのクリングを眼前に持ち上げ、篤樹は思いを込める。クリングを「法力光」が包んだ。

「へ……ガキが……そんなんで……俺を殺れるもんか!」

 法力強化されたクリングで攻撃を仕掛けて来ると思い込んだ佐川は、篤樹に襲いかかって来た。だが篤樹はその襲撃をかわし、クリングを勢いよく宙に投げる。法力光の尾を引きながら、クリングは篤樹と佐川を囲むように円を描き、宙を舞う。

 卓也……居るんだろ? みんな……。ここが集束点……集合場所なんだろ?

「クソッ! どこに向かって……」

 攻撃をかわされた佐川は、振り返り篤樹の姿を探す。だが、在らぬ方向にクリングが投げられたことを知ると、その軌跡を目で追った。

 キン!……パリーン!

 金属がぶつかり合うような……いや……金属が「断ち切られるような」音が周囲の宙空に響き、直後、ガラスが砕け散るような破壊音が鳴り響いた。

「ひぃッ!」

 音だけでなく、空から降り注ぐ無数の「ガラス片」に驚き、佐川は慌てて頭を抱えしゃがみ込む。

「よっしゃー! 賀川ッ、ようやったー!」

 元の身体に戻っている高山遥が地面に降り立つと、篤樹に駆け寄り飛びついた。

「うわっ! 何だよ! ビックリし……」

「ウチらの勝ちやで、佐川のおっさん!」

 篤樹の抗議に聞く耳も持たず、遥は佐川に右手をズイ! と差し向けた。

「どんなに最強ジョーカー言うても、独りぼっちのおっさんは、たったの1枚や!」

「な……」

 落下物が収まると、佐川は頭部を覆っていた両腕をゆっくり解き、顔を上げる。

「もう諦めな! ウチら3年2組の32枚出しには、勝てへんでー!」

 佐川の目の前には、篤樹に左腕を絡め右手を差し出し高らかに宣言する遥と……周囲を取り囲む3年2組32名の生徒の姿が在った。
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