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第7章 それぞれのクエスト 編

第 446 話 勝利の条件

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 床に倒れている佐川の「頭部無し死体」が、今にも起き上がって来るのではないかという不安を感じつつ、篤樹は直子に視線を向け話に耳を傾けていた。

「……佐川さんも、ある意味では犠牲者よ。光る子どもから『こっち』に連れ去られ、無理難題を課せられて……死ぬことも無く、生きている感覚も無い長い長い時を独りで拘束されていた……。もちろん! だからと言って彼が『こっち』で柴田さんや美咲さんに行った事は決して赦されないし、認められる言い分けなんか1つもないわよ? ただ……あの『光る子ども』さえ居なければ……彼だってここまでの狂気には走らなかったかも知れない……」

 だが、直子の弁が篤樹の心に共感を与えることは無い。それは直子自身もどこか分かっている。2人とも、佐川が「元の世界」でも「家庭という世界」で妻子に対し何を行っていたのか知っているからだ。それは、加奈や美咲に対して行ったものよりは「軽度」であったかも知れないが……本質は同じだ。

 篤樹の表情を見て、直子は話を切り換える。

「そうね……別に私も彼を 擁護ようごするつもりは無いわ。絶対に赦されない……酷いことをして来たんですものね。……でも、残念ながら『 我らが光る子ども・・・・・・・・』は、そんな佐川さんが放つ狂気の光さえ、お気に召してしまってるのよ」

 話の流れと共に、気持ちも切り換えるように、直子は少し口調を変えた。

「佐川さんにとっては『 たのしいコト』なんですって。変態染みたイヤらしいことや、人が苦しんだり悲しんだりする姿を見ることが! ホント……信じらんないわよね!……ただ、そんな『光』でも良いからって、あの光る子どもは佐川さんを好きにさせてたのよ。彼が『飽きずに輝く』ために、加奈さんや美咲さんを犠牲にしてね……」

 追体験のように「情報を記憶している」直子と篤樹の脳裏に、その時々の場面が思い起こされる。胃液が逆流するような嫌悪感の高まりと、激しい憤りが呼吸を乱れさせた。語っている直子だけでなく、聞いている篤樹も大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。そんな互いの仕草に気付くと、照れたように笑みを向け合った。

「光る子どもの要求は明快よ。あの子が望むような『光り輝く世界』を創れば良い。ただ問題なのは、その『光』が何であるのかという定義が、あの子自身の中にも無いこと……。佐川さんのように『自分の欲望が満たされるよろこび』だろうが何だろうが、とにかく『輝き』さえ見られれば良いってスタンスなのよ」

 直子は呆れ顔で首を横に振り、大袈裟な溜息を吐く。「だからね……」と繋ぎ、続きを語る。

「この星に佐川さんと加奈さんが来た後、私と美咲さんで創ったこの場所……『地核の檻』に佐川さんを捕らえた後、光る子どもに提案したのよ。『私たちのほうが佐川さんよりも光り輝く世界を創れるわ』……ってね」

 悪戯っぽい笑みでウインクを見せた直子に、篤樹は一瞬ドギマギしながら目線を泳がせた。

「そ……それで……どうなったんですか?」

「『それじゃあ見せて。ニマッ!』で交渉成立。光る子どもは『あの男の光はもう分かってるから』ってことで、私と美咲さんが創った世界がどんな光を輝かせるのかを確かめた後、最終的に佐川さんに任せるか私たちに任せるかを決めるってことになったわ。誤算だったのは……」

 直子はウンザリしたように息を吐く。

「あの子は、私と美咲さんが言った『私たち』って意味を、佐川さん以外の『私たち』と勘違いしていたこと」

 「え?」と声を洩らす篤樹に苦笑を見せ、直子は続けた。

「私と美咲さんと『2組の子たち』……つまり『私たち』が、本当に佐川さんよりもあの子が好む『光り輝く星々』なのかどうかを見て決めるってことになったの。この世界に連れて来る子たちが『どんな光』を見せてくれるのか……光る子どもはそれを見て決めるって言ったわ」

「え?……ちょ……先生ぇ! なんでアイツにちゃんと説明しなかったんですか! えー! それじゃ……2組の生徒全員がアイツの気に入る『光』とやらを創れなかったら……どうなるんです? 佐川のほうがアイツの気に入る『良い光だ』ってことになったら……」

 直子は真剣な表情に戻り、首を横に振り応じる。

「佐川さんの『自由』に渡されるわ。この星の世界も消され、私と美咲さんが創ったルールも消える……想像と創造の力を奪われた上で全員が『 不死者イモータリティー』とされて再生し……その後は佐川さんの『光』が絶えないための玩具にされる。いつまでも……永遠に……」

「そん……な……」

 直子から語られた光る子どもとの「交渉内容」に篤樹は愕然とし、目口を呆然と開き立ち尽くす。しかし、はたと思いついたように視線を直子に向け直した。

「そうだ、先生! 大体、アイツの言ってる『光』って何なんですか? 佐川のおっさんみたいな事……僕は出来ないし、したくないですよ?!」

 尋ねられた直子は「ああ……」と笑顔でうなずく。

「それについては、私と美咲さんで仮説を立てたの! 多分……光る子どもの目に映ってる『光』って、これだと思うの……」

 直子の前説に篤樹は強い関心を示し、顔を近付ける。

「『たのしんでる』かどうかよ!」

「・・・へ?」

 あまりに抽象的な「仮説」に、篤樹は目を丸くした。聞き間違いかとも思い、何度か脳内で考え、その上で直子に問い直す。

「『楽しむ』……です……か?」

「そうよ! 『たのしんでる』かどうか、『よろこんでる』かどうか……光る子どもの目には、それぞれの存在・人格の『たのしみ・よろこび』が『光り輝く星々』のように映っているのよ!」

 得意気に語る直子の説明を聞いても、篤樹はまだ納得のいかない表情で「先生」を見ている。直子はこの「理解出来てません……」と訴える生徒の視線には慣れていた。

「賀川くん、良い? 『たのしむ』とか『よろこぶ』って言葉を漢字で書くと、何種類もあるでしょ? 当て字だってあるわ! それは、心の状態を表現する言葉よ。言い換えるとするなら……『心が満たされた状態』ってことよ!」

「心が……満たされる……満足して……あ……ああ!」

 直子の言わんとする意味をニュアンス的に理解出来たのか、篤樹は指をさしながらうなずいた。その様子に、直子も同じようにうなずき見せる。

「佐川も……3大欲求がどうとか……『食べること』と『寝ること』と……『やること』?……3つめはよく分からなかったですけど、なんか言ってました」

 篤樹の報告に直子は眉をしかめたが、とりあえず話を続ける。

「まあ、佐川さんの言葉には同意出来ないものもあるけど……でも、どう? 佐川さんが『何をしたか』ではなく、『たのしい』と感じた時に、光る子どもは佐川さんの『光』が見えた……それなら、同じことでしょ? 私たちの中に『たのしい』とか『うれしい』とか『よろこび』が在れば、光る子どもの目には『光り輝く星々』として映るのよ!」

 仮説の結論をドヤ顔で語り終えた直子の笑顔は、いつも以上に「輝いて」見える。「これも一種の『光』なのかな?」と思いつつ、篤樹は「理解した生徒の顔」を輝かせた。

「でも……先生?」

 篤樹の呼びかけに、直子は満面の笑みのまま小首をかしげる。

「光る子どもの目に映ってる僕らの『光』の正体は何となく分かったんですけど……それはそれとして、どうやって佐川と戦えば良いんですか? それこそアイツを倒さないと、嬉しくも楽しくもないし、喜べないでしょ? 負けたら『満足の光』どころか『無念の闇』しか無いですよ!」

「あら? 賀川くん。急にまた弱気なこと言い出しちゃって……」

 直子は余裕の笑みを浮かべたまま、篤樹の問いに応じた。

「『この世界』の法則を、あなたはもう充分理解出来てるんでしょ? 想像による創造の世界……あなた次第で『無』から『有』は生み出されるわ!『無』どころか、あなたはこの世界で多くの『力』を得ているはずよ。さっきだって佐川さんに抗ってみせたじゃない! 思い出したんでしょ? この世界で得た『光』を」

 笑顔を浮かべ尋ねた直子に、篤樹は少し照れたような笑みを向け視線を下げる。その視線の先が、自分が着ている「篤樹の外套」の腰辺りだと気付き、直子は小首を傾げながらその部分に手を当てた。外套の内ポケットに、何か「固いモノ」が収まっている事に気付き、それを取り出す。

「これ……エシャーちゃんのクリングね?」

「……はい。ずっと……持ってたのに……さっき指が当たるまで……忘れてました」

『アッキーも……ずっとずっと、私のことを忘れないでいてくれる?』

 木霊と化していく残思伝心の中でさえ、篤樹を思い・支えてくれたエシャー……しかし篤樹はそんなエシャーの声と姿を忘れていた。心に在ったのは……法撃爆破によって瞬殺され、見る影も無く裂かれたエシャーの身体……そして……円柱壁に阻まれ届かなかった叫び。その「最期」の姿と、エシャーを死に飲み込んだ佐川の姿が、篤樹の脳内ではずっと繰り返されていた。

 佐川への怒り、憎しみ、殺意……その動機となるエシャーの変わり果てた姿……いつの間にか、篤樹の心はエシャーを忘れ、佐川に占領されていたのだ。エシャーの残思伝心には、ただの一片も佐川の存在など影も無く、ただ、篤樹だけを思ってくれていたのに……

「……あの時……エシャーからも『思い出して』って言われた気がして……そうしたら、先生と目が合って……なんか『負けたくない!』って思ったんです。あんな奴に形だけでも謝るなんて、絶対に嫌だ! って……」

「ほら! 分かってるじゃない!」

 直子は篤樹に歩み寄り、クリングを手渡した。

「佐川さんの手口は『心を折って支配する』ことよ。折られなければ戦える! たとえ殺されたって、負けることは無い! ビビるな! 篤樹!」

 見上げるほどの身長差がある篤樹の両肩に手を載せ、直子は軽く揺すりながら語りかける。直子の言葉に、篤樹はスレヤーを思い出す。

『相手にビビッて委縮しちまってたら、持ってる力の半分も出せねぇからな!』

 王前剣術試合に向けてスレヤーから受けた激励の言葉……不安と恐怖で、すぐに自分の「限界」を創る篤樹の弱さを、力強く受け止め育んでくれた偉大なる「赤狼」の声……

 スレヤーさん……レイラさん……エルグレドさん……。エシャー、ピュート……

 この世界で出会った「仲間たち」……。篤樹の脳裏にこれまでの旅で得た「光」が思い出される。

「はい……もう……ビビりません!」

 吹っ切れた笑みを直子に向け、篤樹はエシャーのクリングを眼前に掲げ見せた。
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