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第7章 それぞれのクエスト 編

第 445 話 寝起きの反撃

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「こらぁ、篤樹! 授業中に寝るなー!」

 目の前に突然顔を覗かせた白衣の担任。周りで、クラスのみんながドッと笑う。

「え……あ……スミマセン……」

「3年の前期開始早々に春休みボケしてんじゃ無いよ、まったくぅ!」

 小宮直子は笑いながら教壇に戻って行く。篤樹はうっかり流した「よだれ」を、慌てて手で拭った。

「汚いのぉ、賀川……ホレ!」

 隣の席に座っている 高山遥たかやまはるかが、小声をかけポケットティッシュを渡して来る。

「サンキュ……」

 篤樹も小声で礼を返し、1組抜き取り口と手を拭いた。

「はい! みんなもしっかり授業に集中してよぉ!」

 直子は教壇に立つと、生徒らに顔を向け語りかける。

「来月は修学旅行が待ってるけど、帰って来たらすぐに学テに体育祭に中間テスト! 3年生はやる事たくさん目白押しなんだから、居眠りしてる暇なんか無いよぉ!」

「ハーイ」

 篤樹が「犠牲」になったおかげで目を覚ました他の生徒らや、元々集中していた生徒ら……それぞれが低い声で直子に応じた。

 チェッ……なんだよ……俺だけ見せしめじゃん……

 遥にティッシュケースを返しながら、篤樹は面白く無さげに口を尖らせる。

「おもろぉ無くても、ちゃんと意識を保っとけぇ……試験に出るぞ?」

 受け取った遥が口元を隠しつつ、篤樹に声をかける。

「寝坊助さんには……お仕置きじゃ!」

 は?

 突然、遥は左手の「裏拳」を篤樹の顔面に見舞う。激しい痛みと衝撃で、篤樹は後ろに転がり倒されてしまった。

 な……なんだ?! 遥……テメェ……急に……何を……


―――・―――・―――・―――


「……ホラッ! 起きろ! 寝てんじゃ無ぇぞクソガキがッ!」

 体中に襲いかかる激痛―――佐川と対峙する緊張……その後に受けた過度な精神的ショックのストレスにより、篤樹の脳は受容限界を超え失神状態に陥っていた。だが、その状態を「自分を無視している」と勘違いした佐川は篤樹を蹴り倒し、なお執拗に蹴り続けている。幸か不幸か、その痛みで篤樹は意識を取り戻した。

「や……やめろよ!  はるか!」

 無防備な状態で蹴り上げられる痛みと理不尽さに驚き、慌てて両腕で防御姿勢をとった篤樹は、怒りを込めて叫ぶ。

「はぁア?」

 反抗されたことに怒るより、篤樹が発した意味不明の言葉に佐川は呆気に取られた。

「何だぁ? マジで……寝ぼけてんのか……よッ!」

 目の前に迫って来た佐川の黒いローファーを、篤樹は反射的に掴み払い除ける。予想していなかった「反撃」で、文字通り足をすくわれた佐川は、ものの見事に転倒した。

 あ……ここ……は?

 連続して襲い来る蹴撃が止んだことで、篤樹はようやく周囲の状況……自分の状態を確認する「間」が出来る。自分がどういう状況に置かれていたのか……目の前には、床に倒された「おじさん」が、怒りの形相で篤樹を睨みつけ、立ち上がろうとしていた。

 佐……川……え!? マズイ! ヤバい!

 佐川が立ち上がるより数瞬早く動いた篤樹は、後方に転がり起き上がる。立ち上がりざまに蹴りを繰り出しながらも空振ってしまった佐川は、大きく肩で息を吐き篤樹を睨みつけた。

「おい! どういうつもりだ!……賀川……くん。キミはまた……何をやってしまったのか、分かってるのかい!」

 怒りの感情で語り出した佐川だったが、篤樹の状態が「まだ壊れていない」と判断したのか、口調を改める。だが、取って付けたような「笑み」は、引きつった怒りの形相にしか見えない。

 どうしよう……謝らなきゃ……

 無意識とはいえ、佐川に歯向かってしまったことに気付き、篤樹は怯え委縮する。

「あの……ゴ……」

 ゴメンなさい……そう詫びようとした時、下ろした右手が何か固いモノに触れた。佐川への言葉を繋ぐよりも、その指先の感触に気が向き、篤樹は背後に目線を下げ振り返る。
 背後には、横たえられた直子の「身体」がX形の寝台にあった。ベルト状の拘束具で、両手・両足・腰と首を寝台に固定されている担任教師の「死体」……。右手の指先は、直子に先ほど覆い掛けた外套に触れている。

「賀川くん。いい加減に現実を受け入れたらどうだい? キミが私に敵うハズは無いだろ? 今すぐ土下座しなさい。頭を床につけ、心から謝罪をすれば良い。そうすれば痛い思いもしないし、私がキミに罰を与える必要も無くなるんだから」

 正気に戻った篤樹なら、支配するための「説得」がしやすい……佐川は乱れた服を整えながら落ち着いた声で語りかける。しかし、後ろ手で台に寄りかかっていた篤樹は静かに首を横に振った。

「……嫌……です」

 佐川に視線を向けたまま、篤樹は直子が拘束されている寝台からゆっくり横に移動する。もう「折れた」と確信していた「生意気なゴミ」が、再び反抗的な視線と言葉、態度を示したことに佐川は唖然とした。

「な……に?……なんだ……その……」

「嫌です! あなたに頭を下げるのは……絶対にイヤです!」

 篤樹は武器が載せられている台を目がけ駆け出し、台上に置かれている中剣を掴んだ。幅広で片刃の中剣は、中華料理の大型包丁のようで、上手く扱える自信は無い。だが今は背に腹は代えられない……篤樹はその剣先を佐川に真っ直ぐ向けた。

「もう、いい加減にやめて下さい!」

 文字通り「刃向かって」来た篤樹に、佐川は呆れたように大きな溜め息を吐く。

「なんだろうなぁ……」

 独り言ちるように語りつつ、佐川はゆっくりと篤樹に向かい歩み出す。篤樹はジリジリと壁際まで後ずさった。

「中学生……かぁ……。俺が中学の頃は、もうちょい利口だったけどなぁ……。ったく……最近のガキは甘やかされ過ぎて知能指数が下がってんのかぁ?」

 佐川は篤樹が後退した後に残された「武器台」から、小型のナイフを手に取る。

「なあ……賀川くん?」

 視線を真っ直ぐ篤樹に向け、佐川はナイフを手で もてあそぶ。

「キミが持ってるその 青龍刀せいりゅうとうも、さっきのロングソードも、このナイフも……ここにある全ては私が想像し創造したモノだと教えただろ? 私が創ったモノによって私が傷を負う事は無いんだよ……まだ分かって無かったのかい?」

「そ……そんなの……やってみなきゃ……」

「分かるんだよ! やらなくても!」

 篤樹の口答えに、佐川は苛々した 恫喝どうかつの声を被せる。

「ほら! 見てみろ!」

 右手に持つナイフを突然振り上げ、佐川は自分の左腕を刺し貫いた。右手を離し、左腕に刺さったままのナイフをこれ見よがしに篤樹に向ける。血も流れて無ければ、佐川の表情に苦痛の色も無い。篤樹が驚く表情に笑みを浮かべ、佐川はゆっくりナイフを右手で引き抜いた。真っ白な佐川のシャツにも、傷一つ残っていない。

「キミが選んだその刀で私を斬ろうが刺そうが、結果は同じ……私の玩具で私を傷付けるなんてのは不可能だよ? だけどね……」

 佐川はナイフを右手でクルクルと回し、ピタリと止めて刃を握った。言葉の続きに気を向けていた篤樹に向かい、佐川は唐突にナイフを投げつける。あまりに突然の「攻撃」に篤樹は身を避け切れず、ナイフは左上腕の肉を切り裂き、背後の壁に当たって床に落ちた。

「ウッ……」

 咄嗟に右手で左上腕を押さえた篤樹は、ヌルッと手につく血を確かめる。

「……ちゃんと『創って』あるから、当然、普通の武器としてキミたちを切り裂き・突き刺すことは出来る。つまりここに在る武器も道具も全部、私に対して使うものでは無く、キミたちに対して使うためのモノなんだよ」

 満足げにルール説明を終えた佐川は、今度は武器台から手斧を選び、手に持つ。

「賀川くん……キミはどうも手癖が悪いみたいだなぁ? まずはどちらか1本、その腕を斬り落としてしまおう。それでもこの世界の『決まり』を守れ無いようなゴミは、両手両足斬り落としてダルマさんにでもして上げようかなぁ……」

 痛みも恐怖も充分に与えたはずの「玩具」が、尚も自分に向けて反抗的な視線を向けている……佐川は心に決めた。このガキは絶対に「壊す」!

「さあ……今すぐその刀を床に置き、そのまま土下座を……」

 手斧を振り上げ近付く佐川……時間にして数秒も無い「死を感じる瞬間」を篤樹は感じていた。だが恐怖は無い。間に合うはず……タイミングを狙って……

 次の瞬間、目の前に立っていた佐川の頭部が突如砕け散った。歩み寄っていた佐川の身体は、さらに一歩だけ前進したが「ガクン!」と膝から崩れ落ち、床に前のめりで倒れる。

 背後の壁に寄りかかり、目の前で起きた出来事をしばらく呆然と見ていた篤樹は、頭を振って気を取り直し、視線を正面に向け直す。

「先生!」

 寝台に横たわる小宮直子が、拘束されている頭と「自由になった右腕」を可能な限り篤樹に向けていた。


―――・―――・―――・―――


「ありがとう、賀川くん。助かったわ……」

 篤樹の外套を羽織り、悪趣味な「X形」の寝台を下りた直子は、美咲の拘束ベルトを全て外しながら語る。まだ「再生」が終わっていない美咲の身体を直子が丁寧に布で巻き包む間、篤樹は直子たちに背を向け、床に倒れている佐川の「頭部無し死体」を見張るように立っている。

「僕こそ……助かりました。あの時、先生と『目が合って』なかったら……」

 佐川に責め立てられた時―――篤樹は指先に触れた「固いモノ」に気付き、目線を下げた拍子に、寝台に横たわる直子の視線を感じた。「再生」した直子は、拘束されている右手の拘束を外すように、篤樹へ視線を送った。意図を理解した篤樹は佐川と対峙したまま、後ろ手で直子の右手を拘束するベルトを外し、注意を惹き付けるための行動を取ったのだ。

「以心伝心! さすが私のクラスの男子だわ!……さ、もうこっち向いても大丈夫よ」

 篤樹が「見張りの使命感」ではなく、目のやり場に困って背を向けている事を百も承知の直子は、美咲の身体を布で包み終え声をかける。篤樹は呼ばれるままに振り返ったが、素肌にダボダボの外套をまとっただけの直子の姿に、再び顔を背けた。

「先生、あの!……もう……自分で服を『創って』着たら良いんじゃ……美咲さんのも……」

「え?……ああ……ゴメンね……」

 直子は苦笑いを浮かべると、手頃な紐を拾い上げる。外套の前開きをしっかり重ね合わせ、紐をベルト状に巻いた。

「まだ力が充分に戻って無いのよ……さっき『攻撃』にも使ったから……さ! これで我慢してくれる?」

 恐る恐るという感じで篤樹は振り返り、何とか目線に困らない程度には身を隠せてる直子を見てようやく平静を取り戻す。

「別に……我慢っていうか……」

「美咲さんは、まだもう少しかかりそうね……」

 言い訳を口にしようとした篤樹の言葉は、直子の声にかき消された。

「あ、美咲さん……途中まで僕、一緒だったんです! えっと……小さな『分身体』だったんですけど……」

「そうだったの? それで……か。私より先に『殺された』から、再生も先だと思ってたけど……分身体を創ってたのね? じゃあ、まだ当分は無理ね……」

 布にくるまれた美咲を見下ろし、直子は思案するように言葉を切る。

「えっと……先生? この人、今の内にそっちの台に拘束しておきませんか? 再生しちゃうんでしょ? この人も……」

 篤樹は直子に声をかけ、床に倒れている佐川の身体を指さし提案した。だが、振り返った直子は苦く笑みを浮かべ、残念そうに首を横に振る。

「無意味よ……それは。佐川さんが言う通り、この場所に在るモノは全て彼のルールに支配されている被造物……彼を捕らえる力は持たないわ。それに……佐川さんはその身体を使わなくても、新しい身体さえ創る力が充分残ってるわ」
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