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07.求婚
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「お会いしてくださってありがとうございます。リュシアン・ラスペードと申します」
「……シアン?」
優雅に挨拶してきたのは、これまで花壇で共に語り合ってきたシアンだった。
ボサボサの髪は綺麗になり、安っぽいローブが高級な服になっているが、それくらいで見間違えるはずがない。
むしろ、彼の優雅な仕草には今の姿のほうが似合っているくらいだ。
「そう、あなたと語り合ったシアンです。恥を忍んで、こうしてやってまいりました。どうか、私の話を聞いていただけますか?」
「は……はい……」
まだ現実感がないまま、ミレーヌは頷く。
すると、シアンは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。私はラスペード家の三男として生まれました。しかし、優秀な兄たちと比べると、出来損ないでしてね。家の方針として魔術を学びましたが、それもたいした才はありませんでした。やさぐれた私は、学園の魔術科に入学するのと同時に、家とは縁を切ったのです」
そのために平民と言っていたのかと、ミレーヌは納得する。
生まれが貴族でも、次男や三男が市井に下るのは珍しい話ではない。
「魔術科でも私は平凡でした。ラスペード家では上級ポーションの製造事業も行っていますが、それに携われるような魔力もありません。いずれ市井で薬店でも始めようかと思いながら、そちらもはかばかしくなく……そのようなとき、あなたにお会いしたのです」
シアンはまっすぐにミレーヌを見つめる。
彼の魔力がさほど高くないとは、以前にも聞いたことがあった。その分、細かいコントロールが得意だったのだが、魔力頼みのポーション作成には役に立たないようなことだとも。
「あなたの斬新な発想を聞き、私は道が開けたのです。それだけではありません。あなたの婚約者の話は聞きました。そのような状況にありながら、折れることなく前を見続ける芯の強さに胸を打たれました。そして、家から逃げ出した自分が恥ずかしくなったのです」
薬草から効能を引き出すのに、シアンの繊細なコントロールはうってつけだった。
喜ぶ彼を見ているとミレーヌも嬉しく、心の支えとなったのだ。折れることがなかったのは、彼のおかげでもある。
「あなたが婚約を破棄されて学園を退学したと聞き、私はなりふり構っていられませんでした。あなたと作った薬を手土産にラスペード家に戻り、地面に額を擦りつけて受け入れてもらいました。平民では無理でも、ラスペード公爵家の人間ならば、あなたに求婚できますから」
求婚、という言葉にミレーヌの鼓動が跳ね上がる。
まさかと驚きながら、期待がふつふつとわき上がっていく。
「これまで、あなたには婚約者がいるからと想いを抑えてきました。ですが、もう我慢する必要はありません。あなたの芯の強さ、ひたむきさ、優しい心に惹かれました。どうか私と結婚してください」
ミレーヌの前に跪き、シアンは愛を告白する。
これは現実だろうかと信じられず、ミレーヌは呆然と立ち尽くす。ややあって、涙がこぼれ落ちた。
「その……お嫌でしたら、共同開発だけでも……。父はあの薬に期待していると、私に新部門を任せました。これからも、あなたと一緒に薬を開発していきたいのです。あなたの家への支援もできますので……」
ミレーヌの涙を見たシアンが慌て出す。
涙を拭いながら、ミレーヌは首を横に振る。
「いえ、違うのです。あまりに幸せすぎて、信じられなくて……私のことを理解してくれて、共に歩んでくれる旦那さま……それも……その……実は、私もお慕いしております……」
恥ずかしさでぼそぼそとした声になってしまったが、シアンにはしっかりと届いたようだ。憂い顔だった彼は、晴れやかな笑顔を見せる。
「ありがとうございます……! これから共に歩み、共に幸せになりましょう」
「はい……よろしくお願いいたします」
シアンはミレーヌの手をすくい上げ、手の甲に口付けを落とす。
これまでずっと言葉は交わしてきたが、彼が触れてきたのはこれが初めてだった。
本当に幸せになれるのだ。いや、すでに幸せすぎて恐ろしい。ミレーヌはめまいのようなものを覚えながら、触れる手の温もりに浸っていた。
「……シアン?」
優雅に挨拶してきたのは、これまで花壇で共に語り合ってきたシアンだった。
ボサボサの髪は綺麗になり、安っぽいローブが高級な服になっているが、それくらいで見間違えるはずがない。
むしろ、彼の優雅な仕草には今の姿のほうが似合っているくらいだ。
「そう、あなたと語り合ったシアンです。恥を忍んで、こうしてやってまいりました。どうか、私の話を聞いていただけますか?」
「は……はい……」
まだ現実感がないまま、ミレーヌは頷く。
すると、シアンは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。私はラスペード家の三男として生まれました。しかし、優秀な兄たちと比べると、出来損ないでしてね。家の方針として魔術を学びましたが、それもたいした才はありませんでした。やさぐれた私は、学園の魔術科に入学するのと同時に、家とは縁を切ったのです」
そのために平民と言っていたのかと、ミレーヌは納得する。
生まれが貴族でも、次男や三男が市井に下るのは珍しい話ではない。
「魔術科でも私は平凡でした。ラスペード家では上級ポーションの製造事業も行っていますが、それに携われるような魔力もありません。いずれ市井で薬店でも始めようかと思いながら、そちらもはかばかしくなく……そのようなとき、あなたにお会いしたのです」
シアンはまっすぐにミレーヌを見つめる。
彼の魔力がさほど高くないとは、以前にも聞いたことがあった。その分、細かいコントロールが得意だったのだが、魔力頼みのポーション作成には役に立たないようなことだとも。
「あなたの斬新な発想を聞き、私は道が開けたのです。それだけではありません。あなたの婚約者の話は聞きました。そのような状況にありながら、折れることなく前を見続ける芯の強さに胸を打たれました。そして、家から逃げ出した自分が恥ずかしくなったのです」
薬草から効能を引き出すのに、シアンの繊細なコントロールはうってつけだった。
喜ぶ彼を見ているとミレーヌも嬉しく、心の支えとなったのだ。折れることがなかったのは、彼のおかげでもある。
「あなたが婚約を破棄されて学園を退学したと聞き、私はなりふり構っていられませんでした。あなたと作った薬を手土産にラスペード家に戻り、地面に額を擦りつけて受け入れてもらいました。平民では無理でも、ラスペード公爵家の人間ならば、あなたに求婚できますから」
求婚、という言葉にミレーヌの鼓動が跳ね上がる。
まさかと驚きながら、期待がふつふつとわき上がっていく。
「これまで、あなたには婚約者がいるからと想いを抑えてきました。ですが、もう我慢する必要はありません。あなたの芯の強さ、ひたむきさ、優しい心に惹かれました。どうか私と結婚してください」
ミレーヌの前に跪き、シアンは愛を告白する。
これは現実だろうかと信じられず、ミレーヌは呆然と立ち尽くす。ややあって、涙がこぼれ落ちた。
「その……お嫌でしたら、共同開発だけでも……。父はあの薬に期待していると、私に新部門を任せました。これからも、あなたと一緒に薬を開発していきたいのです。あなたの家への支援もできますので……」
ミレーヌの涙を見たシアンが慌て出す。
涙を拭いながら、ミレーヌは首を横に振る。
「いえ、違うのです。あまりに幸せすぎて、信じられなくて……私のことを理解してくれて、共に歩んでくれる旦那さま……それも……その……実は、私もお慕いしております……」
恥ずかしさでぼそぼそとした声になってしまったが、シアンにはしっかりと届いたようだ。憂い顔だった彼は、晴れやかな笑顔を見せる。
「ありがとうございます……! これから共に歩み、共に幸せになりましょう」
「はい……よろしくお願いいたします」
シアンはミレーヌの手をすくい上げ、手の甲に口付けを落とす。
これまでずっと言葉は交わしてきたが、彼が触れてきたのはこれが初めてだった。
本当に幸せになれるのだ。いや、すでに幸せすぎて恐ろしい。ミレーヌはめまいのようなものを覚えながら、触れる手の温もりに浸っていた。
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