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43.冤罪について
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「聖女様が現れたの」
「は?」
男たちは困惑の声を上げた。
アルテミスが掛けられた冤罪について話していたのに、犯罪とは対極にいるような存在の名前が出てきたのだから。
そもそも聖女の存在自体が、昔話や小説などで語られる程度で、彼らにとっては現実味のない話なのだ。
「それで、殿下は聖女様を妃にしたくなったみたいで、婚約者だった私が邪魔になったみたいよ」
男たちの困惑は更に増し、頭の中が混乱してくる。
オライオンは怒りで頭が沸騰しそうだった。アルテミスを婚約者としておきながら、別の女に心を移ろわせ、彼女を捨てたクピードが許せなかった。
しかも彼女に冤罪を掛けてクレータに送るなど、鬼畜の仕業としか思えない。まともな頭をしている者ならば、彼女がどのような目に遭うことになるか、容易に想像が付いたはずだ。
握りしめた拳が怒りに震えていると、細く滑らかな指が甲に触れる。怒りの渦から現実へと視界を戻せば、心配そうにアルテミスが見上げていた。
怒りを霧散させたオライオンは、微かに目尻を下げて彼女を見つめながら、彼女の髪を優しく撫でる。
今まで見たことのないオライオンの柔らかな雰囲気を眺めつつ、ケルヌとコアトルも複雑な思いを抱いていた。
騎士となり王家に忠誠を誓った彼らは、国を守るためにここにいる。
送られてくる者たちにまともな者はほとんどいないせいで、二人も問題があって左遷されたのだと、王都にいる騎士たちからは誤解されているが、それは違う。
二人とも、優秀だから選ばれたのだ。
魔獣に対抗できるだけの並外れた戦力、苦境でも折れることのない屈強な精神。そして何があっても揺らぐことのない、王家への忠誠心。
それらが認められて、二人はこの地の統括を国王陛下直々に任命されたのだった。
「一つずつ確認して行こう。誰の婚約者だったんだ?」
頭痛を覚えながらケルヌが問う隣で、コアトルが立ち上がった。部屋の片隅から香ばしい香りが漂ってくる。どうやらコーヒーを入れにいったらしい。
「第二王子殿下ですわ」
「クピード殿下か。利発な方だが気も利いていて、クピード殿下を次期王に、という声も上がっていたな。しかし自分の立場をよく理解しておられ、アモール殿下を立てる聡明な方だ」
「誰の話ですの?」
「は?」
オライオンの隣にいて気が緩んでいたのか、王都では決して口にすることはなかったであろう言葉が、ぽろりとアルテミスの口からこぼれ落ちた。
対面に座っているケルヌと、コーヒーの入ったカップを持ってきたコアトルが、素っ頓狂な声を上げる。
誤魔化すためににっこりと微笑んだアルテミスは、机に置かれたカップに手を付ける。
中に入っていたのは見慣れぬ液体だ。館や王城で出される紅茶でもなければ、庶民が飲む緑茶やハーブティーとも異なる。
気にはなったものの、持ち上げた以上は口を付けずに戻せば失礼にあたる。思い切ってアルテミスは一口含んだ。
「っ?!」
思わぬ苦味に、口が歪み眉間にしわが寄る。実は毒だったのだろうかと疑いそうになったが、男たちは平然と飲んでいたので、アルテミスも飲み下した。
「コーヒーは初めてですか?」
「ええ。これがコーヒーですのね」
目の下に隈のあるコアトルがアルテミスの様子に目ざとく気付き、問うてきた。
コーヒーは男性たちの間で人気の飲物で、女性が飲むことを嫌う男性もいるために、貴族の女性は飲んだことがない人がほとんどだ。
けれど試しに飲んでも苦くて、また飲みたいと思わないからではないかと、アルテミスは思う。
「それで、先ほどの言葉はどういう意味だ? 婚約者様から見たクピード殿下は、俺の知る殿下とは違うと言いたいのか? それとも単に、意趣返しか?」
下手なことを言えば首を捩じ切られそうな殺気がケルヌからあふれた。反射的にオライオンの目も鋭く細まり、アルテミスを引き寄せる。
一触即発の空気の中、コアトルはそうっと、カップが巻き込まれないように二人の前から引き寄せた。
「は?」
男たちは困惑の声を上げた。
アルテミスが掛けられた冤罪について話していたのに、犯罪とは対極にいるような存在の名前が出てきたのだから。
そもそも聖女の存在自体が、昔話や小説などで語られる程度で、彼らにとっては現実味のない話なのだ。
「それで、殿下は聖女様を妃にしたくなったみたいで、婚約者だった私が邪魔になったみたいよ」
男たちの困惑は更に増し、頭の中が混乱してくる。
オライオンは怒りで頭が沸騰しそうだった。アルテミスを婚約者としておきながら、別の女に心を移ろわせ、彼女を捨てたクピードが許せなかった。
しかも彼女に冤罪を掛けてクレータに送るなど、鬼畜の仕業としか思えない。まともな頭をしている者ならば、彼女がどのような目に遭うことになるか、容易に想像が付いたはずだ。
握りしめた拳が怒りに震えていると、細く滑らかな指が甲に触れる。怒りの渦から現実へと視界を戻せば、心配そうにアルテミスが見上げていた。
怒りを霧散させたオライオンは、微かに目尻を下げて彼女を見つめながら、彼女の髪を優しく撫でる。
今まで見たことのないオライオンの柔らかな雰囲気を眺めつつ、ケルヌとコアトルも複雑な思いを抱いていた。
騎士となり王家に忠誠を誓った彼らは、国を守るためにここにいる。
送られてくる者たちにまともな者はほとんどいないせいで、二人も問題があって左遷されたのだと、王都にいる騎士たちからは誤解されているが、それは違う。
二人とも、優秀だから選ばれたのだ。
魔獣に対抗できるだけの並外れた戦力、苦境でも折れることのない屈強な精神。そして何があっても揺らぐことのない、王家への忠誠心。
それらが認められて、二人はこの地の統括を国王陛下直々に任命されたのだった。
「一つずつ確認して行こう。誰の婚約者だったんだ?」
頭痛を覚えながらケルヌが問う隣で、コアトルが立ち上がった。部屋の片隅から香ばしい香りが漂ってくる。どうやらコーヒーを入れにいったらしい。
「第二王子殿下ですわ」
「クピード殿下か。利発な方だが気も利いていて、クピード殿下を次期王に、という声も上がっていたな。しかし自分の立場をよく理解しておられ、アモール殿下を立てる聡明な方だ」
「誰の話ですの?」
「は?」
オライオンの隣にいて気が緩んでいたのか、王都では決して口にすることはなかったであろう言葉が、ぽろりとアルテミスの口からこぼれ落ちた。
対面に座っているケルヌと、コーヒーの入ったカップを持ってきたコアトルが、素っ頓狂な声を上げる。
誤魔化すためににっこりと微笑んだアルテミスは、机に置かれたカップに手を付ける。
中に入っていたのは見慣れぬ液体だ。館や王城で出される紅茶でもなければ、庶民が飲む緑茶やハーブティーとも異なる。
気にはなったものの、持ち上げた以上は口を付けずに戻せば失礼にあたる。思い切ってアルテミスは一口含んだ。
「っ?!」
思わぬ苦味に、口が歪み眉間にしわが寄る。実は毒だったのだろうかと疑いそうになったが、男たちは平然と飲んでいたので、アルテミスも飲み下した。
「コーヒーは初めてですか?」
「ええ。これがコーヒーですのね」
目の下に隈のあるコアトルがアルテミスの様子に目ざとく気付き、問うてきた。
コーヒーは男性たちの間で人気の飲物で、女性が飲むことを嫌う男性もいるために、貴族の女性は飲んだことがない人がほとんどだ。
けれど試しに飲んでも苦くて、また飲みたいと思わないからではないかと、アルテミスは思う。
「それで、先ほどの言葉はどういう意味だ? 婚約者様から見たクピード殿下は、俺の知る殿下とは違うと言いたいのか? それとも単に、意趣返しか?」
下手なことを言えば首を捩じ切られそうな殺気がケルヌからあふれた。反射的にオライオンの目も鋭く細まり、アルテミスを引き寄せる。
一触即発の空気の中、コアトルはそうっと、カップが巻き込まれないように二人の前から引き寄せた。
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