43 / 63
42.オライオンに何か
しおりを挟む
「まさか、オライオンに何かあったのですか? どこにいるのですか?」
突き動かされるように駆け寄ってきたアルテミスは、手枷で拘束された手をケルヌの執務机に突き、身を乗り出す。
睫毛を濡らす純粋な雫の輝きに魅了されたのか、はたまた彼女の目的に気付いてしまったからか、ぽろぽろと零れ落ちる涙を、ケルヌは言葉を失ったまま見つめた。
「落ち着け。オライオンなら一応無事だ。後で呼んでやるから、その前にあいつとの関係を」
と、我に返ったケルヌがアルテミスを落ち着かせようと、何とか喋り出した時だった。
「何かありましたか? って、今は入室禁止でっ……、止まれ、オライオン!」
勢いよく扉が開き、逞しい体つきの青年が部屋の中に飛び込んできた。腰にはコアトルがしがみつき、引きずられている。
「オライオン?」
忘れることのない優しい青い瞳は、幻でも見たかのように呆然と立ち尽くし、アルテミスを映している。最後に会った時よりも更に背が伸び、腕も足も筋肉の鎧で太く逞しくなっていた。
顔の左半分には爛れたような火傷の跡がある。魔獣との戦いで負った傷だろうか。
痛ましい姿を前にして、彼の苦労の日々が偲ばれアルテミスの胸が苦しくなる。
けれどそれ以上に、そんな過酷な状況でも生き抜いていてくれたことが嬉しくて、アルテミスは神に感謝の祈りを捧げた。
「アルテミス?」
ここにいるはずのない愛しい人の姿に、オライオンは困惑していた。
彼女の声が聞こえた気がして、居てもたってもいられなくなって駆けてきた。
それでも本当に彼女がいるとは思っていなかった彼は、ついに気が狂ったかと自嘲するが、それでも良いと歩き出す。
「アルテミス」
伸ばした手に、温かく柔らかな肌が触れる。
「オライオン」
涙に濡れる頬に、ごつごつとした彼の手が触れる。
「アルテミス!」
「オライオン!」
オライオンはアルテミスを引き寄せると、腕の中に包み込んだ。もう二度と、離したくないと。
アルテミスはオライオンの胸に顔を埋めた。もう二度と、離れたくないと。
「アルテミス」
彼女の名前しか、彼の口からは出てこない。押し込めていた熱い感情が、胸を焼き焦がし、言葉を紡ぐことができなかった。
オライオンの腕の中で、アルテミスは震えていた。シャツが温かな雫で濡れていく。
「会いたかった、アルテミス。愛している。もう二度と放したくない」
王族への不敬として断罪されるなら、それでもいいとオライオンは思った。アルテミスのいない苦痛に満ちた世界に戻るなど、彼にはもう、できそうになかった。
「私も、ずっと会いたかった。オライオン、愛しているわ」
涙に濡れているアルテミスの頬を、オライオンの指の腹が優しく拭い、二人は額を突き合わせる。引き離されていた時間を取り戻すように、彼は彼女を抱きしめた。
「あー、俺とコアトルもいるんだけど、分かってるか?」
無粋な声にアルテミスの肩がぴくりと跳ねたが、オライオンは離そうとはしなかった。
「それで、改めて説明してくれるか?」
ちょっと古くて穴が開いている三人掛けのソファに、アルテミスとオライオンを座らせて、テーブルを挟んだ反対のソファにケルヌとコアトルが座る。
「その前に、アルテミスの枷を外してください」
じとりと睨みつけるオライオンに溜息を吐いてから、ケルヌは小さな鍵を放り投げた。受け取ったオライオンはアルテミスの枷を外し、赤くなった肌に眉尻を下げる。
「さあ、説明してくれ」
ケルヌに急かされて不機嫌そうに顔をしかめたが上司の命令だ。オライオンは渋々といった様子でケルヌに向き直った。
「俺たちの関係ですか?」
「それもある。それもあるが、やはり冤罪について、話せる範囲でいいので聞かせてほしい。なぜ君は、冤罪を被ることになったんだ?」
本当に冤罪なのか確かめなければ、今後のアルテミスの扱いが決まらないと、ケルヌが切り込んだ。
「俺も知りたい。どうしてアルテミスがここへ?」
心配と戸惑いと、愛しさと。様々な感情をない交ぜにした瞳を真っ直ぐに向けられて、アルテミスの口は滑らかに動き出す。
突き動かされるように駆け寄ってきたアルテミスは、手枷で拘束された手をケルヌの執務机に突き、身を乗り出す。
睫毛を濡らす純粋な雫の輝きに魅了されたのか、はたまた彼女の目的に気付いてしまったからか、ぽろぽろと零れ落ちる涙を、ケルヌは言葉を失ったまま見つめた。
「落ち着け。オライオンなら一応無事だ。後で呼んでやるから、その前にあいつとの関係を」
と、我に返ったケルヌがアルテミスを落ち着かせようと、何とか喋り出した時だった。
「何かありましたか? って、今は入室禁止でっ……、止まれ、オライオン!」
勢いよく扉が開き、逞しい体つきの青年が部屋の中に飛び込んできた。腰にはコアトルがしがみつき、引きずられている。
「オライオン?」
忘れることのない優しい青い瞳は、幻でも見たかのように呆然と立ち尽くし、アルテミスを映している。最後に会った時よりも更に背が伸び、腕も足も筋肉の鎧で太く逞しくなっていた。
顔の左半分には爛れたような火傷の跡がある。魔獣との戦いで負った傷だろうか。
痛ましい姿を前にして、彼の苦労の日々が偲ばれアルテミスの胸が苦しくなる。
けれどそれ以上に、そんな過酷な状況でも生き抜いていてくれたことが嬉しくて、アルテミスは神に感謝の祈りを捧げた。
「アルテミス?」
ここにいるはずのない愛しい人の姿に、オライオンは困惑していた。
彼女の声が聞こえた気がして、居てもたってもいられなくなって駆けてきた。
それでも本当に彼女がいるとは思っていなかった彼は、ついに気が狂ったかと自嘲するが、それでも良いと歩き出す。
「アルテミス」
伸ばした手に、温かく柔らかな肌が触れる。
「オライオン」
涙に濡れる頬に、ごつごつとした彼の手が触れる。
「アルテミス!」
「オライオン!」
オライオンはアルテミスを引き寄せると、腕の中に包み込んだ。もう二度と、離したくないと。
アルテミスはオライオンの胸に顔を埋めた。もう二度と、離れたくないと。
「アルテミス」
彼女の名前しか、彼の口からは出てこない。押し込めていた熱い感情が、胸を焼き焦がし、言葉を紡ぐことができなかった。
オライオンの腕の中で、アルテミスは震えていた。シャツが温かな雫で濡れていく。
「会いたかった、アルテミス。愛している。もう二度と放したくない」
王族への不敬として断罪されるなら、それでもいいとオライオンは思った。アルテミスのいない苦痛に満ちた世界に戻るなど、彼にはもう、できそうになかった。
「私も、ずっと会いたかった。オライオン、愛しているわ」
涙に濡れているアルテミスの頬を、オライオンの指の腹が優しく拭い、二人は額を突き合わせる。引き離されていた時間を取り戻すように、彼は彼女を抱きしめた。
「あー、俺とコアトルもいるんだけど、分かってるか?」
無粋な声にアルテミスの肩がぴくりと跳ねたが、オライオンは離そうとはしなかった。
「それで、改めて説明してくれるか?」
ちょっと古くて穴が開いている三人掛けのソファに、アルテミスとオライオンを座らせて、テーブルを挟んだ反対のソファにケルヌとコアトルが座る。
「その前に、アルテミスの枷を外してください」
じとりと睨みつけるオライオンに溜息を吐いてから、ケルヌは小さな鍵を放り投げた。受け取ったオライオンはアルテミスの枷を外し、赤くなった肌に眉尻を下げる。
「さあ、説明してくれ」
ケルヌに急かされて不機嫌そうに顔をしかめたが上司の命令だ。オライオンは渋々といった様子でケルヌに向き直った。
「俺たちの関係ですか?」
「それもある。それもあるが、やはり冤罪について、話せる範囲でいいので聞かせてほしい。なぜ君は、冤罪を被ることになったんだ?」
本当に冤罪なのか確かめなければ、今後のアルテミスの扱いが決まらないと、ケルヌが切り込んだ。
「俺も知りたい。どうしてアルテミスがここへ?」
心配と戸惑いと、愛しさと。様々な感情をない交ぜにした瞳を真っ直ぐに向けられて、アルテミスの口は滑らかに動き出す。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
1,009
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる