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11.お前は貴族なんだ
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「また領民に混じって畑仕事をしていたそうですね? そんな様子では、まだまだ王都には恥ずかしくて連れていけないわ」
「ごめんなさい」
セーラは謝罪する。夕食の席で、アルテミスが麦の種蒔の手伝いをしていたと耳にしたことを、母イシスが話題に上げたのだ。
ワイングラスを手にしていた父ディオスは不愉快そうに机に戻すと、眉間にしわを寄せてアルテミスを睨み付ける。
「自分が侯爵家の娘だと分かっているのか?」
「はい」
「お前は貴族なんだ。農民ではない」
「申し訳ありません」
食事の手を止めたアルテミスは、身を強張らせて父の叱責を身に受ける。
自分の正体を知り、いつも身に付けているペンダントの理由に気付いてからは、父母が自分のために厳しくしてくれているのだと理解した。
それでも睨まれながら低くきつい口調で咎められると、怯える気持ちは抑えられない。
「そんなに叱らないでくださいよ、お父様、お母様。アルテミスは優しいから、頼まれて断れなかったんだよね?」
重い空気を破って兄アポロンが明るい声を割り込ませると、ディオスは眉を跳ねて息子を見、イシスは困ったように微笑んだ。
両親の怒りが和み緊張を解いたアルテミスは、食事に手を伸ばそうとして凍り付く。
「アルテミスに土仕事を手伝わせるなんて、何様のつもりなんだろうね? 身の程をわきまえさせないと」
笑顔のまま、アポロンは冷淡な声を出した。
優しい顔立ちにいつも柔らかな微笑を浮かべているアポロンだが、彼は気に障った領民を平気で鞭で叩き、時に命を奪っていた。
「ち、違うのです。お兄様。私が麦を蒔いている領民たちを目にして、つい好奇心に負けてしまっただけなのです」
慌ててアルテミスは言い繕う。その内容に父母の眦が吊り上がり失望されようとも、自分の身代わりに領民たちを差し出すことはできなかった。
微笑を消したアポロンがじいっとアルテミスを見つめる。どうか信じてくれますようにと、アルテミスは強く祈った。
「そう」
感情のこもらない声でそれだけ言うと、アポロンの顔にいつもの微笑が戻る。
アルテミスはどっと疲れを感じて、寝台に倒れ込みたくなったが、気力を振り絞って食事を続けた。
翌朝、目を覚ましたアルテミスは自分を奮い立たせる。夕べは上手くいかなかったけれど、今日こそ父と母と楽しい会話をするのだと意気込んだ。
だがしかし、
「あのね、お父様」
「アルテミス、食事中にしゃべるのは行儀が悪いですよ」
「ごめんなさい、お母様」
話しかけようとしただけで、注意されて失敗してしまう。
「お母様、お散歩ですか?」
庭園に母の姿を見つけたアルテミスは、笑顔で駆け寄った。
母の眉間にしわが寄ったが、思い返してみれば母はいつも眉と眉の間にしわがあった気がする。こういう顔なのかもしれないと無理やりに思い込み、アルテミスは言葉を続ける。
「私もご一緒していいですか?」
「一人でしなさい。気分が悪いので、私は部屋に帰ります」
「大丈夫ですか?」
心配になって母の顔を覗こうとしたが、ふいっと逸らされて去っていってしまった。
やはり自分は嫌われているのだろうかと不安になってきたが、母から贈られたペンダントを握りしめて深呼吸をすると、後ろ向きな考えを抑え込む。
「寂しいのなら僕が遊んであげるよ?」
振り向くと、アポロンがくすくすと笑いながら立っていた。
「お兄様」
太陽の光を浴びた金色の髪をきらきらと輝かせながら、アポロンが近づいてくる。日を透かした青葉のように美しい緑の瞳は、柔らかく笑みを湛えている。
「どうしたんだい? 僕のアルテミス。今年は去年までの君と、少し変わったようだね? お父様とお母様のことは、とっくに諦めたと思っていたのに」
「ごめんなさい」
セーラは謝罪する。夕食の席で、アルテミスが麦の種蒔の手伝いをしていたと耳にしたことを、母イシスが話題に上げたのだ。
ワイングラスを手にしていた父ディオスは不愉快そうに机に戻すと、眉間にしわを寄せてアルテミスを睨み付ける。
「自分が侯爵家の娘だと分かっているのか?」
「はい」
「お前は貴族なんだ。農民ではない」
「申し訳ありません」
食事の手を止めたアルテミスは、身を強張らせて父の叱責を身に受ける。
自分の正体を知り、いつも身に付けているペンダントの理由に気付いてからは、父母が自分のために厳しくしてくれているのだと理解した。
それでも睨まれながら低くきつい口調で咎められると、怯える気持ちは抑えられない。
「そんなに叱らないでくださいよ、お父様、お母様。アルテミスは優しいから、頼まれて断れなかったんだよね?」
重い空気を破って兄アポロンが明るい声を割り込ませると、ディオスは眉を跳ねて息子を見、イシスは困ったように微笑んだ。
両親の怒りが和み緊張を解いたアルテミスは、食事に手を伸ばそうとして凍り付く。
「アルテミスに土仕事を手伝わせるなんて、何様のつもりなんだろうね? 身の程をわきまえさせないと」
笑顔のまま、アポロンは冷淡な声を出した。
優しい顔立ちにいつも柔らかな微笑を浮かべているアポロンだが、彼は気に障った領民を平気で鞭で叩き、時に命を奪っていた。
「ち、違うのです。お兄様。私が麦を蒔いている領民たちを目にして、つい好奇心に負けてしまっただけなのです」
慌ててアルテミスは言い繕う。その内容に父母の眦が吊り上がり失望されようとも、自分の身代わりに領民たちを差し出すことはできなかった。
微笑を消したアポロンがじいっとアルテミスを見つめる。どうか信じてくれますようにと、アルテミスは強く祈った。
「そう」
感情のこもらない声でそれだけ言うと、アポロンの顔にいつもの微笑が戻る。
アルテミスはどっと疲れを感じて、寝台に倒れ込みたくなったが、気力を振り絞って食事を続けた。
翌朝、目を覚ましたアルテミスは自分を奮い立たせる。夕べは上手くいかなかったけれど、今日こそ父と母と楽しい会話をするのだと意気込んだ。
だがしかし、
「あのね、お父様」
「アルテミス、食事中にしゃべるのは行儀が悪いですよ」
「ごめんなさい、お母様」
話しかけようとしただけで、注意されて失敗してしまう。
「お母様、お散歩ですか?」
庭園に母の姿を見つけたアルテミスは、笑顔で駆け寄った。
母の眉間にしわが寄ったが、思い返してみれば母はいつも眉と眉の間にしわがあった気がする。こういう顔なのかもしれないと無理やりに思い込み、アルテミスは言葉を続ける。
「私もご一緒していいですか?」
「一人でしなさい。気分が悪いので、私は部屋に帰ります」
「大丈夫ですか?」
心配になって母の顔を覗こうとしたが、ふいっと逸らされて去っていってしまった。
やはり自分は嫌われているのだろうかと不安になってきたが、母から贈られたペンダントを握りしめて深呼吸をすると、後ろ向きな考えを抑え込む。
「寂しいのなら僕が遊んであげるよ?」
振り向くと、アポロンがくすくすと笑いながら立っていた。
「お兄様」
太陽の光を浴びた金色の髪をきらきらと輝かせながら、アポロンが近づいてくる。日を透かした青葉のように美しい緑の瞳は、柔らかく笑みを湛えている。
「どうしたんだい? 僕のアルテミス。今年は去年までの君と、少し変わったようだね? お父様とお母様のことは、とっくに諦めたと思っていたのに」
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