虐げられた令嬢と一途な騎士

しろ卯

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10.魔獣が少ない

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「ここは本当に魔獣が少ないんだな」

 オライオンはといえば、驚いた声を上げたアルテミスに驚いていた。
 王都には高い壁が張り巡らされており、中にある幾つかの森は騎士団たちが定期的に討伐しているため魔獣が現れることは滅多にないが、王都から出れば魔獣はそこここにいるのだ。
 特に森や山など人の手があまり入っていない場所には、強力な魔獣も棲みついていて、毎年多くの人間が犠牲になっていた。

「ええ。いないわけではないらしいけれど、私は見たことがないわ」

 今日一日共に行動しただけで、アルテミスが森に入り浸っていることは分かった。まだ幼いというのに、彼女は本当に森に詳しい。
 王都では十を過ぎた男子が、護衛を何人も引き連れてようやく浅い森に入ることができるのだ。そのことからも、フルムーン侯爵領がいかに魔獣が少く異常なのかが分かる。

「フルムーン侯爵領の魔獣が減ったのは、ここ数年のことだと聞いている。何か知っていることはあるか?」
「さあ? 私が生まれる前は、確かに魔獣がいて、森にはあまり入れなかったと聞いているわ。でも私は幼い頃からこの森に訪れていたけれど、それから変わったことはないわね」
「そうか」

 なぜか気落ちした様子のオライオンに、アルテミスは首を傾げる。彼女の視線に気付いた彼は、苦く笑う。

「実は、フルムーン侯爵領に来ることが決まった時に、父上と叔父上から、少し調べてくるように言われたんだ。魔獣を減らす方法が分かれば、国にとっても大きな助けになるから」
「そうね」

 確かにその通りだと頷きながら、アルテミスは少し恥ずかしくなった。
 兄アポロンは王都の子供たちは優秀で大人びているといっていたが、事実だったようだ。それほど年が違わないというのに、オライオンは国のことを考えて動いている。
 もしかすると、彼はそのことを調べるために森に入り、この川辺に辿り着いたのかもしれない。それなのに、アルテミスは彼を遊びに誘って振り回していたのだ。

「ごめんなさい。あなたがお父様たちに頼まれてお仕事をしていたのに、邪魔をしてしまったのね」

 しゅんっと身を縮めて恐縮するアルテミスに目を白黒させたオライオンは、困ったように顔の前で手を振った。

「いや、仕事というわけではないから。遊ぶついでに何か気になったことがあったり、領民から何か聞いたら教えてほしい程度のことだから」
「そう」

 頷いたアルテミスは魔獣について聞いた話などを思い浮かべてみたが、あまり気にしていなかったこともあり、これといった話は思い出さなかった。

 翌日もう一度会ったオライオンは、街道の安全が確保されたので王都に帰ることになったと、アルテミスに伝えた。
 もう少し一緒に遊べるのだと思っていたアルテミスは、急な別れに悲しみはしたが、涙を見せることはしなかった。

「来年も来れるように、伯母上に頼んでみる。アルテミスももし王都に来ることになったら、教えてくれ」
「分かったわ。来年はあの木まで案内するわね」
「ああ。楽しみにしている」

 昼になる前に、オライオンは爽やかな笑みを残して河原を去っていった。 
 別れ際に彼が渡してくれた連絡先を、アルテミスは大切に握りしめた。



 オライオンが王都へと帰ってからも何度か河原に向かったアルテミスだったが、当然ながら彼が訪れることはなかった。
 寂しく思いながらも、九月を過ぎて入れ替わるように帰ってきた家族を迎えて、アルテミスは浮足立った。
 一年の内、二か月ほどしか顔を合わせることのない家族を、アルテミスは苦手にしていた。
 けれど黒髪の魔女であるアルテミスを、両親が隠して守ってくれていたのだと気付いて、帰ってくる日を待ちわびていたのだ。

 けれど、その喜びは、夕飯の席についてすぐに萎んでしまった。
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