男ですが聖女になりました

白井由貴

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IFストーリー(本編9話以降分岐)

IF 12話(エピローグ)

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※この『IFストーリー』は作者が考えていた複数ある没になったプロットの一つを文章化した『もしものお話』です。
※本編10話の途中でクロヴィスに出会わなかった世界線です。本編9話まで読み進めた後に読む事をおすすめします。
※男性の出産シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
 

《Side:リアム》


 ラウルが眠りについてから半年が過ぎた頃、意識がないはずのラウルの顔が僅かに歪んだ、ような気がした。俺はすぐにそのことに気がついて、城に常駐している医師と魔導医師二人を通信魔道具で呼び、姉上も呼んだ。

 そこからは怒涛の展開だった。姉上は魔導医師と共にこの半年の間にラウルの出産に関する魔道具を次々に開発していたのだが、姉上曰く、こんなにも早く使うことになるとは思っていなかったとのことだ。本来であれば十月十日お腹の中で育てるはずの胎児は、どうしてか僅か半年ほどしか経っていない今、外に出たがっている。

 陣痛を感知する魔道具を、此処半年で膨らんだラウルの腹部に取り付けた。その後姉上は耳飾り型の通信魔道具で誰かと会話し、再び魔道具の側へとつく。

「リアム、ラウルくんの手を握ってあげて」
「……え?でも、俺……」
「意識がなくても温もりは伝わると思ってるよ。私は、だけど」
「……ああ」

 俺は邪魔にならないようベッドの反対側に椅子を持って行き、相変わらずひんやりとしているラウルの手を取り、握った。ラウル、ラウルと何度も呼びかけるがやはり反応はない。

 数分後には姉上が呼んだらしいカミーユという次兄アルマン兄様の婚約者である聖女が部屋を訪れ、治癒魔法をかけ始めた。医師二人と姉上、そして聖女の四人がこの場で懸命にラウルと俺の子を取り上げようとしてくれている。俺はその光景に鼻の奥がつんとした。

 それから数時間後、漸く出てきた赤子はとても小さかった。未熟児というらしく、今は姉上が開発した保育器と呼ばれる魔道具に入れられている。しばらくは聖女と姉上の元で過ごすことになるようだ。

 俺はその日、ラウルの手を握りながら泣いていた。

 赤子が産まれてから今日でちょうど三年。
 あれ程小さかった赤子も今では元気に走り回れるほどに成長した。俺と同じシルバーアッシュの髪にハニーブロンドの瞳、しかし顔立ちはラウルにそっくりだった。

 あれからもラウルは目覚めない。毎日毎日俺たちはラウルと共に寝たり、ベッドのそばにテーブルを置いて食事をしたりしている。しかしどれだけ騒がしくしようと、やっぱり愛しい彼は目覚めなかった。

「もう三年だぞー」
「ねー」

 そうやって声を掛けてはいるが、一向に目覚める気配はない。まあ此処まできたら生きているだけでもいいか、なんて思い始めている。……いや嘘だ、誰よりも俺がラウルに起きて欲しいと思ってる。早く目を覚まして、その綺麗なブルーグレーの瞳に見つめられながら名前を呼んでもらいたい。

 俺はずっと寂しかった。
 運命の相手と番えたと思ったら、相手は昏睡状態。結婚も、婚約すらもまだな状態なのに子どもはいるという状況。俺の家族は、父様も兄様達も姉上も俺たちのことをもう家族だと言ってくれるが、それでもやはり筋は通したい。

「かあさま、おねぼうさん?」
「そうだな。……本当、いつまで寝ているつもりなんだろうな」
「とうさま、さみし?」
「……そうだな。とても、寂しいよ」

 よく透き通る声で名前を呼ばれたい。
 キラキラと輝くブルーグレーの瞳に見つめられたい。

 そんな他愛ないことでいい、俺に――俺たちにラウルを返して欲しいと思う。この三年は俺にとっては長かった。でも週に一度しか会えなかったあの頃の方がもっと長く感じていた。今はこうして顔を見られるだけでも、いいのかも……しれない。

「なかないで」

 ぽろぽろと涙が溢れてくる。
 止めようにも止まらない。一度自覚してしまえばそれは水面に垂らしたインクのように全身に広がっていく。寂しい、声が聞きたい、抱きしめたい――沢山の願望が溢れ出し、俺は産まれて初めて大声で泣いた。親子で声をあげて泣く様子は側(はた)から見たら滑稽に見えただろうか。それでもいい、それでもいいから、お願いだから。

「……」

 その時、ラウルの指が動いた気がした。
 俺たちはすぐに泣き止んで慌ててラウルの顔を覗き込む。拭えていなかった涙が頬を伝い、顎から一滴ラウルの頬へと落ちていった。

 ふるりと震える髪と同じホワイトブロンドの長い睫毛。ぴくぴくと痙攣した後、薄らと姿を表していくブルーグレーの瞳。それは俺が待ち望んでいた色だった。

「っ、ラウ、ル!!」
「……ぁ」
「……おはよう……っ」

 小さく開かれた唇から漏れるのは声にならない呼気だ。だが、それでもいい。ラウルは俺の声に反応したのか、僅かに目元や口元を緩めた。その表情に、俺は泣き笑いのような表情になってしまう。

 それから通信魔道具で姉上を呼ぶと、少しして医師達を連れてやってきた。魔力があまりにも少なすぎるため、またいつ身体が限界を迎えてしまうかもわからないということだったが、俺たちはラウルが目覚めたことが何よりも嬉しくて、今はただその喜びに浸っていたかった。

 そして二年の月日が経ち、ラウルは城の中であれば歩けるほどまでに回復した。

「リアム、ありがとう」
「……なんだよ、いきなり」

 中庭を散歩中、ラウルがいきなりそんなことを言った。

「ずっと俺の名前呼んでくれてただろ?……実は全部聞こえてた」
「……は……え?」
「手の温もりも全部覚えてる。……待っててくれてありがとう」

 夕焼けに染まったラウルのホワイトブロンドの髪が綺麗だ。キラキラと光ってまるでこのまま消えてしまいそうなくらい儚く見えて、俺は咄嗟にラウルの腕を掴んで引き寄せる。ぎゅっと強く抱きしめると、おずおずとラウルと俺の背中に腕を回してきた。

「もう……置いていかないでくれ」
「……頑張るよ」
「そこは嘘でもうんって言えよ」
「嘘でもいいの?」
「……駄目」

 ブルーグレーの瞳が優しげに細められる。俺はラウルの頸にまだ薄らと残る噛み跡を確かめるように軽く指先で触れた。どちらからともなく唇が重なり、そして離れていく。

 俺はラウルのキラキラと輝く瞳を見つめながら、胸が高鳴るのを感じていた。

「ラウル、今更だけど……俺と、結婚して欲しい。ずっと、ずっと一緒に……そばに、いてくれ」

 そう言うと俺はラウルの手を取り、薬指に指輪をはめた。俺の魔力を込めた魔道具はこの先きっとラウルの役に立つだろう。少しでも与えられたものを返せたら、そんな思いで初めは込めたものだったが、最後の方はラウルを守りたいという思いを込めていた。

 ラウルは元々大きな目を、こぼれ落ちそうなほどに見開いて俺と指輪を凝視している。そしてぽろ、ぽろとその瞳から涙を溢れさせ、泣き笑いのような表情になった。

 俺は涙に濡れた唇にそっと口付けを落とした。


 IFルート:おわり。

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