男ですが聖女になりました

白井由貴

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IFストーリー(本編9話以降分岐)

IF 11話

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※この『IFストーリー』は作者が考えていた複数ある没になったプロットの一つを文章化した『もしものお話』です。
※本編10話の途中でクロヴィスに出会わなかった世界線です。本編9話まで読み進めた後に読む事をおすすめします。


《Side:リアム》


 ――聖女ラウルが血を吐いて倒れた。

 そう聞いた時、俺は血の気が引いた。立っているのもやっとで、長兄のクロヴィス兄様がふらついた俺の身体を支えてくれなければきっとそのまま倒れていただろう。耳飾り型の通信魔道具から聞こえてくるソフィア姉上の声は、以前とは違って落ち着いている。不測の事態には変わりないが、生きていると知っているからこその落ち着きだと知った時、俺は漸く息をすることができた。

 ラウルは俺の運命だった。一目見た瞬間からどうしようもないくらい惹かれた。自分のものにしたい衝動に駆られながらも最近まで我慢し続けた。漸く番になれたというのに、どうしてこんなにもラウルばかりが――いや聖女ばかりが負担を強いられねばならないのか。

 本当は今すぐにでもラウルの元へ向かいたかった。しかし今、俺はクロヴィス兄様と共に隣国との境界に当たる村にいるためそれは叶わない。戦争を回避するために此処に来ているのだから、どうしても俺たちが逃げ出すわけにはいかなかった。
 俺だって立場は弁えている、つもりだ。けれど人の心とはおかしなもので、どうしようもないくらいに恋焦がれているものに対してはそんな立場すらも投げ出してしまいそうになる。

「リアム、三日だ」
「……え?」
「三日で全て蹴りをつける。……いいな?」
「……っ、はい!」

 本来の予定では六日間とられていたが、クロヴィス兄様は俺のことを慮ってどうにか半分の日程で終わらせられるよう尽力すると言ってくれた。だがいくら優秀な兄様でもそれは無理なのではと内心では半信半疑だった。

 しかし兄様は俺が思っている以上に優秀の肩書きが似合う人だったのだと改めて思い知らされた。まずは一日の稼働時間を増やし、交渉の方向を変え、そして三日三晩動き続けた。その結果、三日目には交渉は成立、戦争はなんとか一時的に回避することが出来たのである。
 ただ三日三晩昼夜問わず動き続けた俺と兄様、そして側近の騎士達は終わった時点で疲労困憊であり、帰りの馬車の中で泥のように眠ることとなった。

 国境に位置するこの土地から王都まではどう頑張っても馬車で十日は掛かるため、此処からはずっと移動となる。魔法で少し早めることはできるが、馬の体力もあるためあまり無理はできない。俺は姉上から定期的に伝えられる情報を聞きながら、はやる気持ちを抑えて帰路についた。

『リアム落ち着いて聞いて。クソ教皇が死んだわ』

 あと少しで王都というところでそんな連絡が入った。姉上の声はどこか戸惑っているようにも聞こえる。大嫌いを越して最早憎んですらいた相手の訃報を伝えるにしては幾らか声が沈みすぎているような気がする。しかしそれが正解だったのだと知るのは、姉上が続いて発した言葉からだった。

『同時刻、貴方の想い人の聖女ラウルが意識不明になったわ。脈も弱く、大量の血を吐きながらベッドに横たわっていたそうよ。発見した司教によると、発見した時は心臓が止まっていて、その時偶々居合わせたカミーユさん――アルマン兄様の婚約者の聖女様が応急処置をしたって』

 途中から何を言われているのかわからなかった。聞き取れてはいるが、それが頭に入ってこないというか理解ができなかった。なんで、という唯一絞り出せた呟きが聞こえたらしい姉上は、沈んだ声で「聖属性魔法の使い過ぎによる生命力の低下が原因よ」と言った。

 聖属性魔法の使いすぎ、それはつまり。

「……役目が、命を削る?」
『ええ、そうよ。聖女の役目を全うすればするほど聖女は短命となる。特に最近は聖女の負担が大きかったみたいで、一人聖女が亡くなっているわ』
「亡くなって……?」

 最後に見たラウルの幸せそうな、けれど少し寂しそうな笑顔を思い出す。彼はいつもどこか一線を引いていた。三つある役目のこともクロヴィス兄様から聞いたので全て知ってはいるが、こんなことになるとは思っていなかった。

 こんなことならあの時ずっと俺のこの腕の中に囲んでいれば良かった。無理矢理にでも城に連れ帰ってそこから出さなければ良かった。……いや違う、それでは大聖堂の奴らと同じだ。落ち着け、落ち着け。

「ラウルは、今どこに?」
『城に移動させたわ。聖女全員、今はこの城にいる』
「ほ、本当か?」
『本当なら首についている金属の輪っかの仕掛けで大聖堂からはほとんど離れられないんだけど、どうしてか教皇が死んだと同時に全ての首輪が解除されたの。だから今は全員城にいるわ』

 どういう仕掛けかはわからないが、あの邪魔な首輪がなくなって移動できたのなら良かった。

 馬車が止まる。俺は我先にと馬車を降り、一目散に姉上の案内通りに走った。
 そうして辿り着いたのは、俺の部屋だった。恐る恐る扉を開けると俺のベッドに膨らみが見えた。それがラウルだとわかって駆け寄ろうとしたが、見えた彼の顔色が血の気が失せたように真っ白で俺は息を呑んだ。

「……ラウル?」

 返事はない。寝息すら聞こえず、もしかしてと思って口元に耳を近づけると僅かにすーすーと呼吸音が聞こえてきて、俺はへなへなとその場に座り込んだ。

 ――生きてる。ラウルは、生きてる。

 たったそれだけのことで、俺は世界を失わずに済んだ。布団から出た青白い手に指先を触れると、以前肌を合わせた時の温度がまるで感じられずひんやりとしている。死なないで、お願いだと泣いて喚いて縋りつきたい衝動に駆られたが、病人の手前ぐっと堪えた。

『さっきお医者様に見てもらったんだけど、その子にはもうほとんど魔力が残っていないそうよ。目覚めることは、もうないかもしれないって』
「……そ……んな……」
『でも聞いて、リアム。彼のお腹の中にね、違う魔力が産まれようとしてるんだって』
「……?」
『つまりね、彼は妊娠しているのよ。魔力も見てもらったんだけど、あんたが父親みたいよ?』

 ラウルは奉仕としていろんな奴に抱かれたと言っていた。中に出されたこともたくさんあるって。だから俺が父親なんてわかるはず……ないだろ?
 そう俺は無意識に呟いていたようで、魔道具越しに姉上のそれはもう大きくて深い溜息が聞こえてきた。呆れを含んだその溜息にびくりと体が跳ねる。

『ラウルくんは他の人の時はしっかりと緊急避妊薬を飲んでいたのよ。でもあんたの時は飲まなかった。その後もあったらしいけど、それはすぐに掻き出してなんとかポーションで洗い流したんだって、ドミニクっていう司教に聞いたわ。あのドミニクって奴はあんた達の関係に気がついてから、色々としていたそうよ』

 まあ大聖堂内の連中は全て捕縛されて投獄されたから、もう会うこともないでしょうけど。

 そう姉上は淡々と言った。
 そうか、そうなのか……俺はベッドに捕まりながら立ち上がり、近くにあった椅子に腰を下ろした。

 昔とは違って、今は妊娠直後から胎児の魔力を調べることができる。魔力を調べられるということはつまり、親がわかるということだ。人は皆魔力を持って生まれてくるが、一歳までは両親の魔力を半分ずつ持っているような状態で、一歳から三歳の間に自分の魔力へと変わっていくと言われている。生まれた瞬間から自分の魔力を持っている子も稀にいるが、今回はそうではないようだ。

 そうか、俺とラウルの子どもか。
 冷たいラウルの手をとって額に当てる。視界が滲み、ぽろぽろと涙が溢れていく。嬉しい、寂しい……沢山の感情が胸の中に渦巻いてなんとも言えない気分だ。けれど、それでも俺はやっぱり嬉しかった。

 ラウルは綺麗な顔で眠っている。
 血の一滴もついていない、綺麗な顔。

 二度目にあった時よりも少し肉がついた滑らかな肌に、一滴の透明な雫がぽとりと落ちた。

 
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