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第2章 地球活動編

第122話 襲撃者の悪夢 二節 聖者襲撃編

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 ――《鬼月村》一キロメートル南方の森林。
 《桜花》の幹部の一人――ピッパは数人の部下達と共に闇夜の森林内に身を潜ませていた。
 凡そ、約三週間ぶりの仕事だ。積もり積もったこの鬱憤を獣魔人という獣を狩ることで鎮められる。泣き叫ぶ女子供、己の無力さに悲痛に顔を歪める男共の情けない姿を眺めるのはピッパにとって至上の快楽なのだ。それこそ性交や麻草なんぞ問題にならないくらい――。
 自然に右手に持つナイフの柄に力が入る。普段なら抑えられる殺戮衝動が抑えられない。まあ、三週間以上も一滴も血を見ていないのだ。詮無きことだろう。
 これも三週間前に唐突に開始された冒険者組合の冒険者による一斉狩り込みが原因だ。
追跡者達はピッパでさえも一度は耳にしたことがある上位ギルドのメンバー達。あっと言う間に《桜花》の二割が捕縛又は処刑されてしまう。
 おそらくフリューン王国の貴族の女子の誘拐が原因だろう。平民が死のうが生きようが眉ひとつ動かさないが、貴族が傷一つつこうものなら小鴨を守る親鴨のごとく過剰な反応を示す。それが貴族という生物だ。そして冒険者組合の幹部にはフリューン王国の貴族も多いと聞く。面子を潰された貴族共が組合を動かした。これに間違いはあるまい。
 お頭は事態が落ち着くまでアジトでの待機を命じ、一方で誘拐した貴族の子女を解放した。
退屈な山籠もりをしてはや三週間、ようやくお頭から活動禁止の命が解かれて、こうして獣狩りへ出張って来たのだ。
 今回は肝が冷えた。当面、強奪の対象はこの獣魔国の獣魔人達けものたちや消えても誰も疑問にも思わないフリューン王国の貧民にすべきだ。
 獣魔人は人間とはみなされぬ獣。奴隷商共にはいい値で買いたたかれるが、それでも奴隷だ。それなりの値がつく。
今宵は満月。さぞかしよい宴となるだろう。
 今晩はどんな嗜好がよいだろうか。メスとオスのつがいを攫って、オスの身体をメスの目の前で少しずつ切断してみようか。
それとも餓鬼を人質にしてメスにつがいのオスを殺させるのも面白いかもしれない。
 獣達が絶望で泣き叫ぶ様を見ながらの酒はさぞかし絶妙な味がすることだろう。

「ピッパ様、若いオスがいたら貰っていい?」

 顔を紅色に染めて部下の一人が了解を求めて来る。《桜花》にはこいつのように獣に欲情する変態も中にはいる。まあ大抵飽きて処分するわけだが。
 
「かまわない。でもメスと餓鬼には一切手を出すんじゃないよ」

「わかってる。大切な商品には指一本触れないって。信用商売だからね」

 ピッパ様が右腕を振り下し、《桜花》は獲物を求めて動き出す。

                ◆
                ◆
                ◆

――《鬼月村》の城門300メートル南方の森林。

 遠方に闇夜を煌々と照らす獣達の街が視界に入る。獣風情が調子にのって人間様の真似事か? 奴らは群れを成す野蛮で、愚かで、穢れた生物。
 適当な数のメスと餓鬼を確保したら、適当にとんずらしようかとも思っていたが、気が変わった。奴らには徹底的に獣の自覚を植え付けなければならない。二度と我らの真似事ができぬよう人間様の偉大さをその身をもって思い知らせなければならない。

 綺麗に樹木を切り取って作られた幅五メートル程の街の城門へと続く街道から大声で歌いながら、二人の獣の餓鬼が歩いてくるのが見える。
 頭に角を生やした小鬼の一匹がメス、その手を繋ぐ兄らしきオス。両方ともかなりの美形だ。特にメスは獣好きの変態野郎には高く売れる。さらにオスの頭の上ちょこんと鎮座して鳴いている小型の蜥蜴のような生き物。あのつぶらな瞳に、小さな両手両足に翼。あれもきっと貴族の子女に高く売れる。
 捕縛の合図を部下に下すと、それぞれ樹木の背後から、木々の上から獲物を刈る準備に入る。
 餓鬼二匹と蜥蜴は凡そ百メートル程の距離に来た。

「お空にピカピカ、お月さま♪ みんなぐっすり眠るころ♬ 妖精はお家を飛び出してぇ♪ 遊ぶ、みんなでランランラン🎶」

 オスの餓鬼に続いて得意そうにメスの餓鬼が口ずさむ。
――あと二十メートル。

「みんなで遊ぶランラン♪ ラララン、ランラン♪
 ランラン、遊ぶ、ランランラン♬」

 ――あと十メートル。

「きゃう、わう、きゃうあうあう♬」
 
 オスの餓鬼の頭の上に乗る蜥蜴がオスとメスの歌に合わせるように口を空に向けて気持ちよさそうに合唱する。

 ピッパの指笛により、一斉に餓鬼二匹と蜥蜴を取り囲む。
 全員が女とは言え、黒ずくめの大人二十人に囲まれているのだ。餓鬼なら猛獣を前にした小鹿のように身を竦ませガタガタと震えるのが通常の反応だろう。特にこの餓鬼共は獣。下賤な獣は這いつくばって震えなければならない。そうであらねばならないのだ。

「大人しくしろ!」

 ピッパは感情を殺した声を餓鬼共にぶつける。ピッパの恫喝は成人を超えた大人でも震え上がるくらいだ。この餓鬼共もその場で蹲り泣き出すものとばかり思っていた。
 しかし――。

「お姉ちゃん達、だ~れ?」

キョトンと首を傾げながら、角の餓鬼のメスはピッパ達に問いかける。

「ガキがぁ! 舐めやがって!」

 いくらすごんでも驚きもしない餓鬼に部下の一人の苛立ちが限界に達したのか、長刀の先をメスに向ける。

「う~」

 オスの頭の上に静置していた蜥蜴が危険を察知してか低い唸り声を上げる。

「わ~、暴漢さんだぁ~、お兄ちゃん、私初めて見たぁ~」

 キャッキャと飛び跳ねるメスの角の餓鬼。どう考えても普通じゃない反応に僅かな戸惑いを覚える部下達。

「イブ、はしゃぐなよ。オベイロン先生に敵は例え道端を飛び跳ねるスライムでも気を抜くなって教えてもらったばかりだろ」

「は~い」

 叱咤するオスの餓鬼にシュンとなるメス。蜥蜴はそんなメスの頭の上に飛び乗ると顔をペロペロ舐める。

「け、獣ごときが! 虚仮にしやがってぇ!」

 部下の一人が激高し、剣を上段に構える。
 マズイ、あの餓鬼の美しい顔なら貴族や豪商の変態共に高く売りつける事が出来る。まさに今日一、二を争う商品。しかも大した苦労もなく手に入ったのだ。無意味に傷つけるなど阿呆のすること。

「商品に傷つけるな。調教ならアジトへ戻ってからでもゆっくりしろ」

 ピッパの制止の声に頭に上っていた血が急速に下降したのか、舌打ちをすると剣を下ろす。

「ガキ、大人しくしている限り、お前らに危害を加えない」

(お前らは大切な金の生る木だからな。もっともお前らの親までは保障しないが)

 この餓鬼共を盾に奴らを強襲する。所詮、たかが獣共の集団。瞬く間の内に制圧できるだろう。

「お兄ちゃん、やるの?」

「うん。イブ、ドラ丸、行くよ」

「うん!」「ぎゃう!」

 餓鬼のオスが身を屈めて構えをとると、メス――イブも溌剌と返事をし、ポケットから銀色の一枚のメダルを取り出す。空飛ぶ蜥蜴――ドラマルもパタパタと空を飛び回る。
 
「こちらが下手にでていれ――」

 ピッパの右隣の部下が額に青筋を張らせ、ヒステリックな声を上げようとするが、餓鬼のオスが一足飛びに部下との距離を喰らいつくし、その腹部に右拳をぶちかます。
 餓鬼の小さな右拳の拳打により、部下の一人は竜巻に巻き込まれたように身体を回転しながら壮絶に地面を転がって行き、顔を土につけて臀部を上にし、ピクリとも動かなくなる。

「な?」

 喉から吐き出したのは間の抜けた言葉にもならない疑問の声。当たりまえだ。先刻の攻撃、反応どころか指先一つ、動かすことができなかった。獣の餓鬼の姿と先刻の攻撃がどうしてもかみ合わない。

「ピッパ様、あ、あれ?」

 魂を抜かれた顔で震える指で前方上空を指す部下。わかっている。いやわからないわけがない。小さな蜥蜴はメキメキと軋む音を立てて巨大に膨れ上がり、瞬く間の内に巨大な伝説上の生物へと変貌していたのだから。

「ド、ドラゴン?」

 ドラゴン。このアリウスにおける最強の種族。神話や吟遊詩人の歌に必ず出て来る、超常の生物。

『ぐおおおおおぉぉぉ!!!』

 竜が天を仰いで雄叫びを上げる。超越種の大気を震わす凄まじい咆哮は人間という矮小な生物の魂を震え上がらせるには十分だった。たった一つの咆哮で数人の部下が武器を捨て床に蹲りカタカタと震えあがる。

「お姉ちゃん達、よそ見してる余裕あるの?」

 その場違いな可愛らしい声に背筋に冷たいものが走り、声の方を振り向くと幾つもの白い閃光がピッパの周囲を走り抜ける。
 それは真っ赤に熱した鉄の棒を冷えた水に突っ込んだ際に発生するようなジュッという音。その音を契機に部下達五人の手に持つ武器は全てドロドロに溶解してしまっていた。

「ひいぃ!!?」

 部下達の至る所から悲鳴が上がる。
 ここにきて、まだ目の前の餓鬼共が単なる獣魔人だと考えている御目出度い奴などいやしないだろう。此奴らは見かけが餓鬼の姿をしている悪鬼羅刹の類。このまま戦いを挑めば待つのは確実なる死。
 冗談じゃない。まだだ。まだ、ピッパは人生を謳歌していない。こんなところで虫のように死ぬなどまっぴら御免だ。ジリジリと後退するピッパに背後から声がかかる。

「逃がさないよ。だってオベイロン先生に悪はタイホしてケイサツに引き渡すべきだって教えてもらったもん」

 幼い子供の無邪気な声に逆に薄い刃物で背をなでられるかのような戦慄を覚え、肩越しに背後を振り返り、小さな悲鳴を上げる。なぜなら、そこには前方にいたはずの餓鬼のオスが姿勢を低くし、構えをとっていたからだ。
 逃げようと脚を動かそうとした刹那、餓鬼のオスの右拳がピッパの右横腹に深く食い込む。バキッ、ボキッと肋骨が何本も砕ける感触。もはや激痛すら感じる暇すら与えられず、視界が地面と夜空を高速で移り変わり樹木に衝突し、ピッパの意識はそこで途切れた。

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