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第2章 地球活動編

第121話 再会までの道(1) 二節 聖者襲撃編

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 《獣魔国ラビラ》の旧首都――――《ラドール》から数百メートル南の平原

 「おい、おい、これ……空港か?」

 相棒たる倖月朧こうづきおぼろは滝のような汗をダラダラ流しつつも、目の前に広がる巨大建造物を凝視していた。
 朧の視線の先にあるのはドーム状の巨大な建物に、その脇を走るアスファルト舗装された滑走路。その滑走路には赤、黒、白等様々な色と形をした滑らかなボディーを持つ船のような構造物が鎮座している。そしその船の数隻は空にプカプカと浮遊していた。

「みたいね」

 七宝日向しちほうひなたは朧の誰に問うでもなしの疑問に相槌を打つ。
 だいたい日向に尋ねられても困る。この生産系の非常識な事態を説明する能力は日向より錬金術師でもある朧の方が遥かに高い。朧が知らぬものを日向が知るはずもない。

「突如ファンタジー一色の世界に強制連行されたと思ったら、お次はSFに激変かよ。
健太の奴、マジ、いい加減しやがれ!」

 遂におぼろは頭を抱えて蹲ってしまう。

健太けんたに当たるな!」

 不機嫌に咎める日向を物体Xでも目にしたかのような表情で凝視してくる朧。

「お前――こんなもの見せられてなぜそんな平然としていられる?」

 最近知ったのだが、普段の・・・朧より異常耐性は日向の方が僅かに勝っているようだ。
もっとも朧の異常許容限界値がキャパオーバーすると多分、奴のあの悪癖がでる。要はプッツンすると朧は極めて悪質な生物へと変貌するのである。

「慌てても意味ないでしょ。それに私、健太けんたと会えればあとはどうだっていいし」

「……」

 絶句する朧。どうでもいいがそんな不思議生物見るような目で見るのは止めて欲しい。
 朧のあの慌てようから言って、あの空飛ぶ船は錬金術にとって極めて大きな意味があるのは間違いない。
 だからどうだっていうんだ? 健太は禁術を他者に与えることができる。さらに無数の神具を所有し操ることができる。それだけでも十分異常だ。一度異常と分かれば一々驚くのも馬鹿馬鹿しいし、何せ時間の無駄だ。

「もう夜も更けてきたし、近くの街でもいこう。私また野宿なんてまっぴらよ」

 朧は大きく息を吸い込むと吐き出す。それを数回繰り返すと何時もの飄々ひょうひょうとした姿に戻っていた。

「そうだね。冒険者組合で配られて資料によると、近辺に獣魔国の町が一つある。情報だと、冒険者にも宿泊先として開放しているらしい。そこへ行こう」

 あの北斗がゴブリンに敗北するという英雄の転落事件以降、ほどなく聖常教会の獣魔人に対する評価は百八十度反転した。かつての人類の仇敵から、人間族ヒューマンに次ぐ種族として教義が書き換えられたのだ。
 世界に獣魔国の武を知らしめた『ファルス戦役』と獣魔国の教会への三つの奉納品《聖剣》、《聖杯》、《魔獣テイムの笛》によりこのアリウスの歴史上初とも言える聖常教会と獣魔国の歩み寄りは為されることになる。
 最も敵愾心を持っていた聖常教会が獣魔国を認めると驚くほどすんなり世界は獣魔人を人間種として受け入れた。
 獣魔人を人間種と認めた組織には冒険者組合もあり、今や獣魔人は冒険者にもなれる。それに応じて冒険者の支部が獣魔国に数か所おかれることにもなった。
 特に獣魔国が冒険者に開放ししている《モリネ深林部》は比較的強力な魔物の出現スポットとして数多の冒険者が日々挑んでいる。その《モリネ深林部》の最も近隣の巨大城塞都市が、《牙の森》。
 《牙の森》は一つの城塞都市とその周囲の複数の小さな衛星都市からなる。ここの冒険者組合の窓口では特別に高レベルのHP回復薬ポーションを特価で販売している。さらに明らかに非常識な効果を示す武具や魔術道具マジックアイテムもこの街に来れば購入が可能なのだ。忽ち、全世界から冒険者が集まり、今や第二のグラムと化しているらしい。
 どうせなら《牙の森》にも訪れてみたかったが、今いる場所からはかなりの距離がある。
 ここから最も近いのはパンフレットによれば《牙の森》の西にある《鬼月村》であり、ホブゴブリン達の村。

                ◆
                ◆
                ◆

 《鬼月村》に到着した。村は高さ三メートルにも及ぶ厚い石壁でぐるりと取り囲まれており、村の入り口には両開きの鉄製の門が大きく開放されたままになっていた。
 村の中を覗き込むと規則正しく、樹木の幹により造られたログハウスに、アスファルト舗装されていない土の路上。この国に入ってからすっかり、非常識のオンパレードだったのだ。てっきり全て近代文化に染まっている事さえ覚悟していた。
 だからこのような風景はここが異世界アリウスであると実感しほっとする。
それもにこやかに微笑む村の門衛に挨拶して村に一歩足を踏み入れたとき木端微塵に吹き飛んだ。

(け、結界?)

 朧の耳元で問いかける。
 全身の肌が冷たい水に浸かったような独特の不快感。間違いなく結界だ。しかも最高強度の――。

(そのようだな)

 朧も石のような固い表情で周囲を油断なく観察している。
 既にこの魔窟に足を踏み入れてしまった。今更引き返せば、逆に不審がられる。
 獣魔国は今や《妖精の森スピリットフォーレスト》の一組織。そしてその国家さえも飲み込んだ巨大組織のトップが健太だ。日向達の目的は健太との会合である以上、彼らに危険視扱いされても百害あって一利なしだ。
 
 村の中はほぼ異世界アリウスのお手本のような場所だった。
 メインストリートの両脇には肉屋、八百屋等の食品店、宿屋、武具屋、道具やなどが立ち並び、獣魔人だけではなく、冒険者の風貌の人間、竜人、獣人、エルフなども道を行きかっている。
 パンフレットではこの《鬼月村》は村となっているが、この活気に照らせば村というよりは町と表現した方がより的確だろう。
 それにしても獣魔人が世界から人間種と認められたとはいえ、この他種族の跋扈する獣魔人の村など違和感ありまくりだ。
 獣魔人の奴隷は日向達も散々見て来たが人間種からほぼ例外なく胸糞の悪い扱いを受けていた。人の気持ちなどそう簡単に割り切れるはずなどない。冒険者達にそうさせる大きな要因があるのは間違いない。
 
宿屋へ入り、施設の説明を受ける。

「電気、水道、バス、水洗トイレ完備? エアコン自動調節に大浴場? それでたったの1000ジェリー? 悪ふざけにもほどがあるわ」

 村に住む冒険者達の多さとその彼らの獣魔人に対する敵意のなさの理由の予想がついた。おそらく、武具や道具屋も十二分に非常識なのだろう。
 こんな途方もない技術力を見せつけられれば、そりゃあ友好的になるってもんだ。彼らに臍を曲げられればこの快適な冒険生活ともおさらばとなるだろうし。

「ふふ……大気中の魔力マナの活用? それは錬金術でも秘術に相当するものだぞ。それをこうも簡単に……うふふ」

 遂に気色悪い顔で笑いだした朧の後ろ襟首を掴み、奴の部屋に放り込んで置いた。
 
 日向に割り当てられた朧の隣の部屋に入る。部屋内は外見上不自然なほど、アリウスの一般の宿屋に似せて作られてはいたが、ガラス張りの窓にふかふかのベッドなど明らかにアリウスの技術力を逸脱しているものも数多く見られた。 
 ベッドに仰向けに寝そべる。少しごちゃごちゃになった考えを整理したかったのだ。

 日向の心の内に渦巻いているのは健太に会いたいという強烈な渇望と僅かな不安。
 不安の元は勿論健太の不可思議な行動だ。 
 なぜ健太は己の名前を楠恭弥と偽っているのだろうか?
 健太なら今この世界に日向と朧がいることを知っているはず。なのになぜ、日向の前に顔を見せてくれないのか?
 あのお節介の事だ。焔雫ほむらしずくが北斗の傀儡でなくなった今、日向達がこの異世界アリウスにいるのを健太が知る以上、命懸けでも探し出そうするはず。
 健太が探せない理由などとどのつまり、一つしかないのだ。
 即ち、記憶の消失。これなら今まで不自然だった事象の大部分に説明がつく。
 健太は何らかの理由で魔道の深淵に触れ、記憶を消失した。仮にも禁術を他者に与えるほどの奇跡だ。そのくらい持っていかれたとしても納得がいく。
 やはり、真実を知るためには一度健太に会う必要がある。そして健太との邂逅の切っ掛けはこの《鬼月村》にある。

 部屋がノックされる。
 扉を開けると恐ろしく厳粛した顔の朧がいた。その普段からは想像できない姿からも、日向と同じ結論に達したことが伺える。
 確かめる方法など端から一つしかなかったんだ。今の今まで健太の調査などと称して世界を練り歩いていたのは多分、日向も朧も現実を知るのが怖かったから。健太の口から他人行儀なセリフを聞きたくはなかったから。
 それももう限界だろう。これ以上はただの現実逃避に過ぎない。
 
「行こう」

 朧の言葉に頷き、部屋を後にした。

 ………………………………………………
 お読みいただきありがとうございます。
 当分は一日一話行けると思います。基本、毎日19時投稿です。修正等で若干、遅れたら御免なさい。

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