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4-3 理外回帰編:始まりの街・レイメイへ
211 負けてねぇって言ってんだろ
しおりを挟む食事処で獣人族の給仕係が忙しなく卓と厨房を行き来する。
ひぃひぃ、と言う言葉が聞こえてきそうなほど慌ただしい。昼間であると言うのに、あまり他の給仕係が見えないような気もする。
とは言え、食事を楽しみに来た者がソレに思いやることは少ない。
ましてや、彼らは依頼と同時にこの始まりの街へと取れたての海の幸、とやらを堪能しに来たのだ。
「あいつらちゃんとやってっかなぁ」
カチャカチャと皿に並べられた海鮮を平らげながら、赤茶髪の男性冒険者は言った。
この世界に生魚を食すような文化はなく、並べられている全ての『海鮮』は調理済みの魚介類。
それらを見ていて心地の良いほどの食べっぷりで平らげていく。
「クラディス達のことか?」
と、その正面席。
既に食事を終え、お茶をこくと飲む紺色のローブに身を包んだ男性冒険者は誰に当てられた言葉なのかを問うた。
答えは分かっているが、悲しきかな、少しでも不明瞭なものは明かしたくなるのが魔導士の常。
案の定、隣にいる赤髪の快活そうな女性冒険者に、そりゃそうでしょ、と突っ込まれてしまった。
「大丈夫よ! クラちゃんは強くなってるし、アンちゃんもムロを倒したくらいなんだからさ!」
「負けてねぇっての!」
ダンっと机を叩き、口から米粒が舞う。
三人で一つの一党を組んでいる彼ら、ムロ、レヴィ、エルシアは街で聞きこみ調査前の腹ごしらえ中だ。
アサルトリア宛に届いた依頼の内、三人が引き受けたのはレベルの基準が曖昧で、なおかつ中位冒険者のみでは危険だと判断されたもの。
『近頃、膨大な魔素を有した人影を目撃したとの報告があった。魔族の可能性有り』
直近で魔族を一党規模で撃退したと功績を上げた彼らは、国を三つ渡ったこの街から特定個人宛に依頼を出されたのだ。
「しっかし、受けた時も思ったが……なんでロベル王国の血盟じゃなくてデュアラル王国のウチに頼んだんだ? 依頼主は移動距離のこと考えてんのか」
「それだけ有名になったということだろう。まぁいいではないか、上位ダンジョン前の息抜きだ」
「魔族で息抜きって……最近のレヴィおかしいわよ」
一党の中で最年長。それも魔導士であるレヴィはこの一党の頭脳だ。
だが、ここ三ヶ月程はその固い頭脳が少し柔和になり、冗談――と言っても笑えないレベル――を言うようになった。
「クラディスという教え子が頑張っているんだ、私も負けてられまい?」
「なーんだ、そういうことね」
納得したようにエルシアは満足気に食事を終えた。
そして、彼女は食事が終われば何をするかというのも事前に決めていた!
走り回る給仕係へ手を上げて「デザートほしー!」と身を乗り出し、叫ぶようにして呼んだ。
「お前がせんせーなら、俺はあいつのお兄さんみたいな立ち位置になるのかねぇ」
「ムロは昔からそうだったろう。血盟員の中でもお前を兄のように慕ってる者も多い」
エルシアが捕まえた給仕係にデザートの品名を伝えてる横で、ムロは「そうなのか?」と呟く。
別にそのようなつもりがなく、自然体だったというのに。
言われてみれば、確かに面倒事や責任ある仕事を押し付けられたりすることが多いような気もする。
果たして、それが兄として慕われていることに繋がるのかは別として。
「ムロは、子どもっぽいお兄ちゃんって感じぃ!」
注文が済むと会話へ戻り、残っていたお冷をごくごくと飲み干した。
「うっせ。……クソガキ」
「なにをー!」
「――そう思えば、クラディスも少しお兄さんのような感じがあるな」
ぽつりと呟いたレヴィの言葉に「はぁ?」と怪訝な顔を向けた。
「あいつが、兄貴みたいだって? どこが」
「面倒見が良い。しっかりと信念を持っているようで、優柔不断。だが少し頑固な所もある。後は負けず嫌いなところ、とか」
「兄貴、というより、長男って感じ?」
的確なエルシアな言葉に、そうだな、と頷く。
「ユシル村の兄弟かあ~。もしいたとしたら、弟か妹か、どっちだろうね~?」
「まず生きてんのかわかんねぇだろ」
あの魔物郡襲撃で生きていられる弟や妹がいるのなら、兄であるクラディスがあれほど弱いわけが無い。
再び、ふむぅ、と納得したように声を出して、頬杖を着いた。
「ユシル村、か。廃村になってしばらく経つが時間があるから……跡地でも見に行くか?」
「時間があるってお前、アイツらから通信が来るまで何もしねぇ気かよ」
「もちろんだ。それが階層突破を待つ側の仕事だからな。三日と決めたからには、聞き逃しをするわけにもいかない」
「私の服を着させてもいいんでしょ!? そうだなぁ、クラちゃんにどんな服着させようかなあ~! あ、アンちゃんにも着させてみようかな……」
「三日過ぎる前提かよ。……まぁ、色々考えとけ」
そうしていると、お待たせしましたー、と給仕係が息を切らせながら氷菓子を運んできた。
それを両手で受け取る、ぱくりと口に運び「んー!」と落ちてしまいそうな頬を支えるようにあてがう。
「三日、か。どうだろう、過ぎると思うか?」
「過ぎるんじゃね? 最初のダンジョンだろ」
「……そうか」
「安心しろって、アイツらは死なねぇよ」
だって、とムロが言葉をつづけようとした隣から。
「――ムロに勝ったアンちゃんがいるんだもんねえ!」
と小馬鹿にするように言われて、セリフを上書きされたことにぷつんとキレた様子。
「負けてねぇっつってんだろ!!」
そこから口論の始まり。
ガヤガヤとした食事処の騒音の一部となった二人を見て、レヴィは肩を竦めた。
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