呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第25話 鬼結天

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 迫り来る怨霊達を前に、壮太郎そうたろうは首元にある白銀色のネックレスへ手を伸ばす。

「冥界の主よ。我が声に応えたまえ」
 壮太郎がうたうように言葉を紡ぐと、ネックレスが呼応こおうして光を纏う。

「我は結人間ゆいひとまの始祖、結人間ゆいひとまながれの血を継ぐ者。血の盟約の下に、天が生み出した御魂を破壊する許可と力を与えたまえ」

 ネックレスが眩い光を放ちながら首から外れ、三枚の羽のペンダントトップが矢へ、チェーンは弓へと形を変える。

 結人間の始祖が冥界の王の力を借りて生み出した呪具、『鬼結天きけつてん』。
 魂を天へ送る力と、魂を破壊する力を持つ、結人間特有の呪具だ。
 
 壮太郎は『鬼結天』を掴む。

 怨霊達が壮太郎へ一斉に飛び掛かる。
 怨霊達の手が触れる直前で、壮太郎の姿が忽然こつぜんと消えた。標的を見失い、視線を彷徨さまよわせる怨霊達の頭上に影が落ちる。

 怨霊達は空を見上げる。
 煌々と輝く寝待月ねまちづきを背に、宙に浮かぶ壮太郎の姿が見えた。

 壮太郎は白銀色の三本の矢を纏めてつがえ、冷徹な目で怨霊達を見下ろす。立ち尽くしている怨霊達に向かって、壮太郎は三本の矢を放った。

 白銀色の光を纏った矢が、地面に突き刺さる。
 怨霊達の周りを三角形を描くように囲んだ矢から、白銀色の光が溢れる。互いに手を伸ばすように光の線を繋ぎ、三角形の線が怨霊達を囲った。

 怨霊達の内の一体が、線の外へ一歩踏み出す。
 線からはみ出した部位が、鋭利な刃物で切断されたように音も無く落ちた。切り落とされた部位からヒビが走り、怨霊の体がボロボロと崩れていく。

 壮太郎は羽が生えているかのように地面に軽やかに着地した。残った三体の怨霊達が、壮太郎を睨みつけて喚き出す。

『結人間のクセに、天翔慈てんしょうじに逆らうのか!!』
『結人間や鬼降魔きごうまよりも、俺達の方が上の存在!!』
『お前の命を俺達に差し出せ!!』

「三家の中では、確かに天翔慈は上の立場だろうね」
 壮太郎の言葉に、怨霊達が下卑た笑みを浮かべた。

「だけど、僕の中では天翔慈なんてどうでもいいんだよ。僕が命を差し出していいと思える最上の存在は、じょう君だから」

 壮太郎は酷薄な笑みを浮かべる。

「生まれた家が立派だからって、君達の価値が上がるわけじゃないんだよ。少なくとも僕にとっては、君達は心底どうでもいい存在だ。僕は人と人外を結ぶ一族だけど、人間そのものが好きなわけじゃないし。関係のない人がどうなろうと知らないよ」

 壮太郎にとって、丈が何より最優先で代わりなどいない存在。
 家族は勿論、壮太郎が好感を持っている人間なら助けるが、それ以外の人間の生死は興味の欠片も抱かない。

「天翔慈家が最上というのなら、下の存在である僕が作り出した術を打ち破る事も容易いでしょ? ほら、待っていてあげるから、やってみなよ」
 
 壮太郎の挑発に、怨霊達は悔しげに顔を歪める。壮太郎は呆れと怒りが混じった溜め息を吐く。

晴信はるのぶなら、この術も打ち破れたよ。天翔慈家も堕ちたものだね。本当、こんな人達の為に命を使った晴信が報われないよ」

 祖父から教えられた、晴信の最期──。

 天翔慈てんしょうじつづりを病で亡くし、失意のどん底にいた晴信。
 晴信の才能を長年妬んでいた長兄である天翔慈てんしょうじ晴義はるよしは、晴信を軟禁した。
 晴信と綴が我が子のように大事に育てていた弟子の命を人質に、晴義の為に新たな術を作る事や一族の者達に術を伝えるよう強要し、あらゆる自由を奪った。 
 心身共に衰弱した晴信は、自らの命を使って最後の術を完成させて失命した。

 晴信の自由を奪ってまで手に入れた術や知識を、天翔慈家の人間は誰も受け取れず、失われていった。

「どうして天翔慈家の人達が晴信の力を継げなかったのか、よくわかるよ。晴義と同じように、他者の才能を妬み、奪う。歴史を見ても分かるでしょ? 実力も人徳も無いのに威張って搾取するだけの上は、下だと思っていた存在に滅ぼされる。さて、もういいよね?」

 壮太郎は柏手かしわでを打つ。
 小気味のいい音が辺りに響き、怨霊達の足元の地面が白銀色の閃光を放った。

『鬼結天。”鬼承きしょう”』 

 地が唸りを上げて揺れる。
 地面から突き出した巨大な矢尻が、怨霊達の体を一気に貫く。
 魂を破壊する技の『鬼承』によって、怨霊達の魂がヒビ割れ、崩れていく。
 
 壮太郎は合掌したまま目を閉じ、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

「さようなら。もう二度と巡り来ぬ魂よ」

 壮太郎の言葉を合図にするように、怨霊達の魂が塵も残さずに破壊された。

 壮太郎が目を開けると、怨霊達の姿は無く、壊れた魂から出てきたエネルギー体が宙を漂っていた。
 エネルギー体は、何もしなければ徐々に世界に消費されて消滅するだろう。

 役目を終えた呪具が、ネックレスに戻る。帰還を知らせるように、壮太郎の首元で金属が鳴り合う小さな音がした。

 壮太郎は息を吸い込み、空を仰ぐ。

「ねえ、いつまで傍観者でいるつもりなの? 隠れてないで、出てきなよ」 

 壮太郎の声が響き終わると、周囲は静まり返る。呼び掛けた相手が姿を現さない事に、壮太郎は溜め息を吐いた。

「君は傲慢な臆病者だよね。だからこそ、傍観者でいるんだろうけど」

 七紫尾ななしびきつねの異界から戻ってきた壮太郎は、自分を監視する存在をすぐさま察知した。
 術者を誘き出そうと、わざと攻撃術式に何度か引っ掛かってみせた。混乱し、力を消耗した相手の息の根を止めるには、好機だと思う状況。
 しかし、術者は自身が姿を現すのではなく、怨霊達を送り込む事を選んだ。

「安全な場所で優越感に浸れるのは、さぞ楽しいだろうね。神様気取りかな?」

 挑発に反応したのか、相手の気が僅かに乱れるのを感じた。
 壮太郎は口角を一気に引き上げ、狂気じみた笑みを浮かべる。

「見つけた」

 一瞬の隙を逃さないように力を操り、地面に白銀色の光を生み出す。

 壮太郎は、ただ闇雲に森の中を歩いていたわけではない。術者が罠として仕掛けていた攻撃術式を発動させ、一部の構築式を抜き取った。取り出した構築式を組み合わせ、攻撃で負った傷から流れ出た血も利用して、地面に新たな術式を生成しながら歩いていたのだ。

 壮太郎は宙に浮いていたエネルギー体を術式の中に組み込み、狙いを定める。

「仲間外れにするのは可哀想だからね。僕が誘ってあげるよ」

 慌てて逃げようとする烏の体に、白銀色の光が絡みつく。壮太郎は残忍で美しい笑みを浮かべた。

「ねえ、”遊びましょう”?」

 白銀色の閃光が、烏を飲み込んだ。


***


「あ゛あ゛あ゛ああああ゛あああああっ!!」

 全身に走る痛みに、男は絶叫する。
 畳の上をのたうち回る男の目や耳から血が流れ出した。

 結人間壮太郎によって、加護のとりが攻撃された。
 壮太郎が作り出したのは、直接的な攻撃術式ではなく、加護との力の経路を利用して術者を攻撃する術。男が雪光ゆきみつに授けた物と同じ物だった。

「クソ! クソ!! ああ゛っ!!」
 壮太郎は随分と力を消費していた。故に、警戒しながらも侮っていた。まさか、怨霊達の力を利用して、攻撃を仕掛けてくるとは思いもしなかった。

 全身を砕かれるような痛みに、歯を食いしばって耐える。瞬きすれば、視界が赤く染まった。

 男の体に、壮太郎から送られた攻撃術式が次々と浮かび上がる。
 腕の皮膚に真一文字の傷が入り、血が噴き出す。足に何かが螺旋状の絡みつき、骨が砕かれる音がした。
 痛みで気を失いそうになりながら、男は傷が広がるのを防ぐ為に解呪を試みる。

 腹立たしい程に美しく難解な術式を解呪出来た頃には、満身創痍になっていた。
 懐かしくも許し難い痛みに、憎悪の感情がたぎり、男を支配する。

「そんなにお望みなら遊んでやるよ! 徹底的に壊してやる!」

 血走った目と憎悪が、壮太郎へ向けられた。

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