呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

文字の大きさ
上 下
179 / 227
第七章 未来に繋がる呪いの話

第8話 七紫尾の狐

しおりを挟む


「ここは何処だ?」

 紫色の狐火が怪しく照らし出す夜のような果てのない暗闇を前に、じょうは眉を寄せる。
 少し先に、大きな朱塗りの門扉もんぴがあるのが見えた。

「妖怪が作り出した世界。”異界”と言った方がいいかな。ここは、僕達が生きている現実世界ではないよ」

 隣に立つ壮太郎そうたろうが答える。
 丈と壮太郎の足元には、紫色の文字で描かれた術式のようなものがあった。術式の隅々まで目を走らせた壮太郎は、顔を上げて丈を見る。

「行こうか、丈君」
 
 壮太郎は朱塗りの門へと向かう。丈は狐火をチラリと見た後、壮太郎を追って歩き出した。

(攻撃する気は無しか……。一体、何者なんだ?)
 朱塗の門扉の向こうに、何かいる気配がする。狭間者はざまもの紫来しきが言っていた、友なのだろう。

「壮太郎。いきなり相手を攻撃するなよ? 話を聞き出す必要がある」
「あはは。少しくらい切り落としても、話せる頭と口があれば大丈夫でしょ?」
 紫来とのやり取りで機嫌が悪くなっていた壮太郎は、好戦的な笑みを浮かべた。

 森を進めば、壮太郎は死に、丈も哀れな生を送るという紫来の予言。
 未来が視えるというのが本当だとして、何故、会ったこともない壮太郎と丈へ、わざわざ予言をしに姿を現したのか。

 死へ向かう道から『帰れ』と警告するということは、紫来は自分が予言した『壮太郎が死ぬ未来』を変えようとしているのだろう。

 紫来とその友は、鬼降魔きごうま成美なるみが行方不明になっている事と何か関係があるのか。

(わからないことだらけだ)
 丈は静かに溜め息を吐いた。

 壮太郎が門前に立つと、重厚な扉は軋む音を立てながら、ひとりでに開いた。

 周囲に浮かんでいた狐火達が、丈達の前に一斉に集まる。門の中から吹いた暖かい風が頬を撫で、丈は目を閉じた。
 
 再び目を開くと、ひらけた空間の中央に鎮座する大きな白いモノが見えた。

 丈の背丈の倍はあるであろう大きな狐。
 体の後ろで揺れる七つの大きな尾は、毛先にいく程に濃い紫色に染まっている。光沢のある白い毛に囲まれた藤色の目は美しく、知性があるのを感じた。

『随分と大きくなったな。壮太郎』
 低い声で人語を話す狐に、壮太郎は苦笑した。

「こっちの台詞だよ。君は大きくなりすぎじゃない? 『七紫尾ななしびきつね』」

「知り合いか?」 
 旧友のようなやり取りに、丈は首を傾げる。

「丈君も、昔一度会っているよ。覚えてない? 丈君が初めて会った妖のこと」

 丈は記憶を探る。
 小学校一年生の春、丈と壮太郎が初めて出会った日。学校からいなくなった壮太郎を探して神社へ行った時に見た、一匹の小さな狐の妖。

「本当に、あの狐か? 別の狐と言われた方が納得できるのだが」
 丈の記憶では、狐の妖は子犬くらいの大きさの可愛らしい見た目だった。目の前にいる妖とは、大きさも顔つきも、あまりに違い過ぎている。

『あれは力の消費を抑える為の仮の姿。こちらが本来の姿だ』

 七紫尾の狐は尾を揺らし、誇らしそうに胸を張る。

「それで、何の用? 森から出て行けってことなら、僕達も仕事だから終わるまでは無理だよ。君達が行方不明の子の居場所を教えてくれるなら、早く帰れるけどさ」

『久しぶりに会えたというのに、何をそんなに怒っているのだ?』
「君の友人に、面白くもない冗談を言われたからね」
 戸惑っていた七紫尾の狐は、眉間に皺を寄せて真剣な顔つきになる。

『紫来の予言は本物だ。お前の死を望んでいる人間がいる。森を進めば、死ぬことになるぞ』

 不穏な話だが、壮太郎を陥れたい人間や、利用したい人間、死を望む人間がいるのは、丈も今まで見てきた。

『人間は窮屈なしがらみが多い。お前に、人間の檻は狭かろう? 今からでも遅くない。我ら妖の元へ来い。壮太郎』

 七紫尾の狐と見つめ合った後、壮太郎は静かに微笑む。

「悪いけど、僕は今の生き方を気に入っているんだ。人間をやめる気はないよ」

 穏やかだが意志を感じさせる壮太郎の言葉に、七紫尾の狐は憂い顔で口を開く。

『ならば、森に連れて来られたわらべのことは諦めろ。生きてはいるが、自我を失った状態らしい。お前を罠にめる為の餌なのだろう』

「行方不明の子の居場所を知っているなら、教えてくれない?」
『お前が危険な目に遭う道を、我が教えると思うか?』
「教えてくれないなら探すだけだよ。どちらにしろ、僕達は森を進む。教えた方が、危険は減ると思うけど?」

 ああ言えばこう言うといったやり取りに、七紫尾の狐は溜め息を吐いた。

『”穢れを持った黒いりゅうと小さな童を連れた白い男を森で見かけた”と紫来が言っていたが、行方までは知らぬ』

 七紫尾の狐の言葉に、丈は目を見開く。
 ”穢れを持った黒い辰”という特徴から考えて、成美を病院から連れ出した人間が鬼降魔きごうま雪光ゆきみつであると確定した。

「やっぱり、あの子が関わっているのか。駄々っ子の相手とか面倒だから、違ってたら嬉しかったんだけどね」

 壮太郎は嫌悪の表情を浮かべながら、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「あの子の狙いが僕なら僥倖ぎょうこうかな。森にいれば、あっちから仕掛けてきてくれるってことだし。あの子に協力者がいるとしても、僕と丈君がいれば、何も問題はない。……さて、もういいかな? 僕達、もう帰りたいんだけど」

 何を言っても壮太郎の考えが変わらない事を悟ったのだろう。七紫尾の狐は苦い表情を浮かべた後、真っ直ぐに壮太郎の目を見つめて口を開く。

『もし、魂だけの存在になった時は、我に会いに来い。また一緒に遊ぼう』
 
 不吉な発言に、壮太郎は苦笑する。

「僕は死なないよ。僕と一緒に遊びたいのなら、三日後にある結人間ゆいひとまの祭りに、君も参加すればいいよ」

『我は、人間の世界には当分行かないと決めている。悪いが遠慮させてもらおう』
「何で? 何かやったの?」

『お前ほど悪いことはしていない。人間に色々と思うことがあるのも理由の一つだが……。叶えたい願いの為、今はこの場所で力を蓄えておきたいのだ。あまり、時間がないからな』
 
 七紫尾の狐は憂いを帯びた表情で言う。

「そう。じゃあ、また機会があったらね。ああ、それなら、僕達は自力で戻った方がいいの?」

『お前達を送り返す為に力を使うくらいは何も問題はない。送ろう。我が友よ』

 複数の紫色の狐火が、丈と壮太郎を丸く取り囲む。狐火が周囲をグルグルと回り始め、紫色の光が二人の体を包み込んだ。


 閉じた瞼の向こう側で、空間が歪む気配がする。
 吹き荒れる風が止んだのを感じて目を開ければ、丈と壮太郎は転移前と同じように森にいて、目の前には紫来が立っていた。

「帰る気になったか?」
 紫来の問い掛けを、壮太郎は鼻で笑う。

「全然。ところで、チビノスケとピヨ子ちゃんの姿が見えないけど、何処に行ったの?」

 碧真あおし日和ひよりの姿がない。罠のある危険な場所で、碧真が何の理由もなく、日和を連れてこの場を離れるとは考えられなかった。

「術者の攻撃により、二人とも転移術式で何処かに飛ばされた」
 紫来の言葉に、丈は息を呑む。

 丈達が異界に送られる前は、周囲に術者の気配は無かった。丈達がいなくなったタイミングで、碧真達に攻撃を仕掛けてきたのなら、相手の術者に何処からか監視されていたことになる。

「丈君。二人と合流しよう」
 壮太郎が腕に着けていた二つのブレスレットへ力を注ぐ。白銀の光と共に、白い羽の生えた犬の妖である『羽犬はいぬ』が二匹、姿を現した。

「場所はわかるのか? 転移術式は破壊されて……」 
「二人は僕の作った呪具を身に着けているから、居場所は探知できる」
「待て、一度」
「待たない。君に構っている暇はないよ」
 
 止めようとする紫来を置いて、壮太郎は羽犬の背中に乗る。
 丈はもう一匹の羽犬の背中に乗った。丈も何度か羽犬に乗ったことがあるので、勝手は分かっている。

「北東の方角にいるね。行こう」

 呪具の気配を読み取った壮太郎が示す方角へ向かって、羽犬達が駆け出した。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生幼女の怠惰なため息

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:823pt お気に入り:3,603

猫になったのでスローライフを送りたい(リメイク版)

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:30

雑魚兎が貴族に飼われてもいいじゃない!?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:259

純黒なる殲滅龍の戦記物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:332

森の導の植物少女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:356pt お気に入り:22

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:23,520pt お気に入り:1,145

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:12,456pt お気に入り:7,534

処理中です...