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第七章 未来に繋がる呪いの話
第8話 七紫尾の狐
しおりを挟む「ここは何処だ?」
紫色の狐火が怪しく照らし出す夜のような果てのない暗闇を前に、丈は眉を寄せる。
少し先に、大きな朱塗りの門扉があるのが見えた。
「妖怪が作り出した世界。”異界”と言った方がいいかな。ここは、僕達が生きている現実世界ではないよ」
隣に立つ壮太郎が答える。
丈と壮太郎の足元には、紫色の文字で描かれた術式のようなものがあった。術式の隅々まで目を走らせた壮太郎は、顔を上げて丈を見る。
「行こうか、丈君」
壮太郎は朱塗りの門へと向かう。丈は狐火をチラリと見た後、壮太郎を追って歩き出した。
(攻撃する気は無しか……。一体、何者なんだ?)
朱塗の門扉の向こうに、何かいる気配がする。狭間者の紫来が言っていた、友なのだろう。
「壮太郎。いきなり相手を攻撃するなよ? 話を聞き出す必要がある」
「あはは。少しくらい切り落としても、話せる頭と口があれば大丈夫でしょ?」
紫来とのやり取りで機嫌が悪くなっていた壮太郎は、好戦的な笑みを浮かべた。
森を進めば、壮太郎は死に、丈も哀れな生を送るという紫来の予言。
未来が視えるというのが本当だとして、何故、会ったこともない壮太郎と丈へ、わざわざ予言をしに姿を現したのか。
死へ向かう道から『帰れ』と警告するということは、紫来は自分が予言した『壮太郎が死ぬ未来』を変えようとしているのだろう。
紫来とその友は、鬼降魔成美が行方不明になっている事と何か関係があるのか。
(わからないことだらけだ)
丈は静かに溜め息を吐いた。
壮太郎が門前に立つと、重厚な扉は軋む音を立てながら、ひとりでに開いた。
周囲に浮かんでいた狐火達が、丈達の前に一斉に集まる。門の中から吹いた暖かい風が頬を撫で、丈は目を閉じた。
再び目を開くと、開けた空間の中央に鎮座する大きな白いモノが見えた。
丈の背丈の倍はあるであろう大きな狐。
体の後ろで揺れる七つの大きな尾は、毛先にいく程に濃い紫色に染まっている。光沢のある白い毛に囲まれた藤色の目は美しく、知性があるのを感じた。
『随分と大きくなったな。壮太郎』
低い声で人語を話す狐に、壮太郎は苦笑した。
「こっちの台詞だよ。君は大きくなりすぎじゃない? 『七紫尾の狐』」
「知り合いか?」
旧友のようなやり取りに、丈は首を傾げる。
「丈君も、昔一度会っているよ。覚えてない? 丈君が初めて会った妖のこと」
丈は記憶を探る。
小学校一年生の春、丈と壮太郎が初めて出会った日。学校からいなくなった壮太郎を探して神社へ行った時に見た、一匹の小さな狐の妖。
「本当に、あの狐か? 別の狐と言われた方が納得できるのだが」
丈の記憶では、狐の妖は子犬くらいの大きさの可愛らしい見た目だった。目の前にいる妖とは、大きさも顔つきも、あまりに違い過ぎている。
『あれは力の消費を抑える為の仮の姿。こちらが本来の姿だ』
七紫尾の狐は尾を揺らし、誇らしそうに胸を張る。
「それで、何の用? 森から出て行けってことなら、僕達も仕事だから終わるまでは無理だよ。君達が行方不明の子の居場所を教えてくれるなら、早く帰れるけどさ」
『久しぶりに会えたというのに、何をそんなに怒っているのだ?』
「君の友人に、面白くもない冗談を言われたからね」
戸惑っていた七紫尾の狐は、眉間に皺を寄せて真剣な顔つきになる。
『紫来の予言は本物だ。お前の死を望んでいる人間がいる。森を進めば、死ぬことになるぞ』
不穏な話だが、壮太郎を陥れたい人間や、利用したい人間、死を望む人間がいるのは、丈も今まで見てきた。
『人間は窮屈なしがらみが多い。お前に、人間の檻は狭かろう? 今からでも遅くない。我ら妖の元へ来い。壮太郎』
七紫尾の狐と見つめ合った後、壮太郎は静かに微笑む。
「悪いけど、僕は今の生き方を気に入っているんだ。人間をやめる気はないよ」
穏やかだが意志を感じさせる壮太郎の言葉に、七紫尾の狐は憂い顔で口を開く。
『ならば、森に連れて来られた童のことは諦めろ。生きてはいるが、自我を失った状態らしい。お前を罠に嵌める為の餌なのだろう』
「行方不明の子の居場所を知っているなら、教えてくれない?」
『お前が危険な目に遭う道を、我が教えると思うか?』
「教えてくれないなら探すだけだよ。どちらにしろ、僕達は森を進む。教えた方が、危険は減ると思うけど?」
ああ言えばこう言うといったやり取りに、七紫尾の狐は溜め息を吐いた。
『”穢れを持った黒い辰と小さな童を連れた白い男を森で見かけた”と紫来が言っていたが、行方までは知らぬ』
七紫尾の狐の言葉に、丈は目を見開く。
”穢れを持った黒い辰”という特徴から考えて、成美を病院から連れ出した人間が鬼降魔雪光であると確定した。
「やっぱり、あの子が関わっているのか。駄々っ子の相手とか面倒だから、違ってたら嬉しかったんだけどね」
壮太郎は嫌悪の表情を浮かべながら、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「あの子の狙いが僕なら僥倖かな。森にいれば、あっちから仕掛けてきてくれるってことだし。あの子に協力者がいるとしても、僕と丈君がいれば、何も問題はない。……さて、もういいかな? 僕達、もう帰りたいんだけど」
何を言っても壮太郎の考えが変わらない事を悟ったのだろう。七紫尾の狐は苦い表情を浮かべた後、真っ直ぐに壮太郎の目を見つめて口を開く。
『もし、魂だけの存在になった時は、我に会いに来い。また一緒に遊ぼう』
不吉な発言に、壮太郎は苦笑する。
「僕は死なないよ。僕と一緒に遊びたいのなら、三日後にある結人間の祭りに、君も参加すればいいよ」
『我は、人間の世界には当分行かないと決めている。悪いが遠慮させてもらおう』
「何で? 何かやったの?」
『お前ほど悪いことはしていない。人間に色々と思うことがあるのも理由の一つだが……。叶えたい願いの為、今はこの場所で力を蓄えておきたいのだ。あまり、時間がないからな』
七紫尾の狐は憂いを帯びた表情で言う。
「そう。じゃあ、また機会があったらね。ああ、それなら、僕達は自力で戻った方がいいの?」
『お前達を送り返す為に力を使うくらいは何も問題はない。送ろう。我が友よ』
複数の紫色の狐火が、丈と壮太郎を丸く取り囲む。狐火が周囲をグルグルと回り始め、紫色の光が二人の体を包み込んだ。
閉じた瞼の向こう側で、空間が歪む気配がする。
吹き荒れる風が止んだのを感じて目を開ければ、丈と壮太郎は転移前と同じように森にいて、目の前には紫来が立っていた。
「帰る気になったか?」
紫来の問い掛けを、壮太郎は鼻で笑う。
「全然。ところで、チビノスケとピヨ子ちゃんの姿が見えないけど、何処に行ったの?」
碧真と日和の姿がない。罠のある危険な場所で、碧真が何の理由もなく、日和を連れてこの場を離れるとは考えられなかった。
「術者の攻撃により、二人とも転移術式で何処かに飛ばされた」
紫来の言葉に、丈は息を呑む。
丈達が異界に送られる前は、周囲に術者の気配は無かった。丈達がいなくなったタイミングで、碧真達に攻撃を仕掛けてきたのなら、相手の術者に何処からか監視されていたことになる。
「丈君。二人と合流しよう」
壮太郎が腕に着けていた二つのブレスレットへ力を注ぐ。白銀の光と共に、白い羽の生えた犬の妖である『羽犬』が二匹、姿を現した。
「場所はわかるのか? 転移術式は破壊されて……」
「二人は僕の作った呪具を身に着けているから、居場所は探知できる」
「待て、一度」
「待たない。君に構っている暇はないよ」
止めようとする紫来を置いて、壮太郎は羽犬の背中に乗る。
丈はもう一匹の羽犬の背中に乗った。丈も何度か羽犬に乗ったことがあるので、勝手は分かっている。
「北東の方角にいるね。行こう」
呪具の気配を読み取った壮太郎が示す方角へ向かって、羽犬達が駆け出した。
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