呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第27話 魔物になったモノ

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 あの方の帰りを待つ時間は、途方もなく長く感じた。

(ああ、早く会いたい。たくさん話をしたい)

 側にいるだけで幸せだという想いと、もっと言葉を重ねたい欲が顔を出す。あの方の存在を、私の中に刻みつけておきたかった。

 今日も神社には、あの方に祈りを捧げに来た人間達の姿があった。人間達の中から嬉しそうな気が溢れ出して、神社の清涼な空気に幸福な想いが混じり合う。

 心地よさに微睡まどろんでいると、いつの間にか夕方になっていた。

 神社で働いている人間達が仕事を終えて、自分達の家に帰っていく。周りを見れば、同胞達の中には既に眠りについている者もいた。
 
(私も、このまま休もうかな)
 意識を手放して眠りにつこうとした私は、空気の騒めきを感じて一気に覚醒する。

(何か、良くないものが来る……)

 今は魔物の力が増幅する時間帯。
 魔物達が、あの方を喰らって力を手に入れようと、鳥居の外を彷徨うろついている事は聞いていた。

 鳥居が結界となって、穢れを持ったモノは神社の中には入れないようになっている。ただの魔物が神社内に入れるとは思えないが、何かしらの理由で結界に綻びが出来て、侵入出来てしまったのかもしれない。

(ここには今、あの方はいない。どうしたら……)

 あの方が帰ってくるまで、あと二日はある。
 良くないモノの気配が、どんどん近づいてきた。

 現れたのは、灰色の邪気を纏った人間の女性だった。
 一人ではない。鳥居を潜って、全部で九人の女性達が姿を現す。

 皆一様みないちように口をつぐみ、こうべを垂れたまま、神社の中へ侵入してきた。

『一体、何が』
『今日って、祭りだったか?』
『やべ。俺、準備してない』
『馬鹿なことを言わないでよ!!』

 まだ起きていた同胞達も、現れた人間達に戸惑いの声を上げる。
 
(人間達が、一体どうして……)

 私が狼狽うろたえていると、邪気を纏った人間達が一斉に顔を上げた。

 悪鬼のような表情を浮かべた彼女達の背後には、複数の魔物の影があった。魔物達がニヤリと笑う。邪気を纏った人間達を利用して、神社の中に侵入してきたのだろう。

「あの子が憎い。私から、彼を奪ったあの子が」
「私を捨てた奴に、復讐してやる!」
「許せない。私がどれだけ愛していたと思っているの!?」

 次々と呪詛の言葉を吐く人間達は、明らかに正気ではなかった。放たれる邪気が、神社内の神聖な空気を侵食していく。

「縁結びなんて、嘘ばっかり!!」
「どうして、あの人と私を結びつけてくれなかったの!!」
「恋を叶える神社じゃなかったの!?」
「この神社のせいで、好きな人に振られたじゃない!!」
「責任とれ!!」
「嘘吐き!!」

 人間達が、あの方を責めるような言葉を吐く。

『やめて、嫌!』
 同胞が悲鳴を上げると共に命を落とす。普段から清浄な空気の中で生きる彼女は、この空気に耐えきれなかった。

『嫌だ! やめて! どうして!?』
 同胞達が、悪鬼となった人間達によって引き裂かれていく。ブチブチという命を引き千切る音に、私は戦慄せんりつした。

 地面に水が撒かれるような音に、私はハッとする。神社に住みついていた子猫が、鎌を持った人間に腹を切り裂かれて、大量の血を流していた。

(あの方が、可愛がっていた命が)
 生まれて間もない小さな命。あの方は子猫が夜も寒くないようにと、布でくるんで温めて、毎日世話を焼いていた。あの方の幸せそうな姿を思い出す。

 人間によって何度も体をズタズタに切り裂かれた子猫は、余程怖い思いをしたのだろう。息絶えた瞬間、子猫の体は穢れを纏った。

 二人の女性が、鳥居の脇に置かれていた二体の石像持ち上げて放り投げる。石像達は鳥居にぶつかり、バラバラに砕けて地面に転がった。

 魔物達が池の鯉達に向かって襲いかかり、次々と捕食していく。魔物達に食い散らかされて地面に乱雑に捨てられた鯉達を、人間達が踏み潰していった。

(あの方の居場所が……)

 周囲に邪気と穢れが漂う。神社にいるモノ達の命が、理不尽にも奪い取られていく。

『やめて! あの方が大切にしている命を、これ以上奪わないで!!』
 彼女達に声は届かないと知りながら、私は叫んだ。ふと、悪鬼のような顔をした女性の一人が、こちらを見た。

 私は息を呑む。
 持ち上げられた足。迫り来る、黒い影。

 私は、呆気なくも踏み潰された。

 意識が薄れていく。普段感じる眠気とは違う、強制的で逆らえない眠気。
 命の終わりを感じた私の心の中に、あの方の姿が浮かぶ。

(お願い。あの方の笑顔を曇らせないで)
 喚きながら破壊を続ける人間達に、私は必死で祈る。

(優しい方なの。綺麗な方なの。誰かの幸せを祈って、笑っている方なの。本当は、全部叶えてあげたいって思っているの。けれど、難しくて出来ないの)

 あの方は凄い方だけど、たくさんのしがらみがあって、全てを叶えるなんて出来はしない。それに苦しんでいるのを、私は知っている。

(お願い。あの方を傷つけないで。お願い、お願いよ)
 
 祈りは届かない。
 一人の女性が手に持っているものを見て、私の心が一気に凍りつく。
 マッチを擦った女性の手にあるのは、小さな破壊の炎。

(どうして!?)
 私の中に怒りが生まれる。炎が心を焼き尽くすかのようだ。

(どうして、わかってくれないの!? どうして、優しいあの方を傷つけるの!? どうして、やめてくれないの!? どうして!? どうしてよ!!)

 地面に落とされた小さな炎は、同胞達の体を焼きながら大きくなっていく。

(許せない! 許せない!! あの方を傷つけるな!! あの方の大切なモノを奪うな!! あの方の居場所を壊すな!!)

 奪われていくモノを前に、私は無力だった。強い想いとは反対に、弱い自分が恨めしい。

(どんなに醜くてもいい。あの方を守れるなら、あの方が綺麗なままでいられるなら、私はどうなってもいい。だから……)

 力が欲しい。あの方を守れる力が。

「協力してあげようか?」

 頭上から聞こえた声。見上げれば、黒い人影があった。暗いせいで顔がよく見えない。声からして、人間の男性だろう。

「大切なものを守るには、力が必要だ。邪魔者を排除する力が」

(!? どういうこと? 私に話しかけている? 私の声が聞こえているの?)
 男性は頷いた。驚く私に、男性が手を伸ばす。

「君に力をあげる。君が大切なものを守るんだ」

 男性の手に、白の光が宿る。あの方とは全く違う力に、私は恐怖を感じた。

「さあ、どうする? 君次第だよ」
 男性の問いかけに、私は迷いなく頷いた。黒い影にしか見えないのに、男性が笑った気がした。


 静かになった神社で、私は立ち尽くす。
 手水舎ちょうずやにあった水を使って、すぐに炎を消し止めた。人間達が気づかない程度の小さな被害でも、同胞達の命は複数奪われた。

 横たわった人間達を、私は憎悪を込めて見下ろす。

 命を奪ってやりたいが、この場で殺しては大量の穢れが生まれ、あの方の居場所が失われてしまう。

 私は彼女達の幸せに繋がる縁を引き千切り、破滅へと結びつけた。
 簡単には殺さない。だって、苦しんでくれた方が楽しいから。神社の外で、自分の犯した罪に苦しみ続ければいい。

 私は自分の体の中に、破壊された物や同胞達の死骸を取り込んだ。
 心を蝕む穢れが、私の中へと入り込む。以前の私なら触れることはしなかったが、魔物となった今の私にとって、穢れは力となる。

(一緒に守って)
 自分の一部となった同胞達に祈る。

 あの方を守りたい。
 優しく綺麗なあの方を、綺麗なままで。
 奪われてしまった同胞達と一緒に、あの方を守り続けよう。

(今の私では、あの方に近づくことも出来ないけれど)

 魔物となった私は、あの方に近づくことは出来ない。存在を作り替えた時に、あの方との縁も消失してしまった。

(……たとえ、あの方の目に映らなくても。私のことを忘れてしまったとしても。あの方が笑ってくれるのなら、影から守り続けて……)

 私は息を呑む。
 白の紋様が体に浮かび上がり、神社を襲った魔物達の穢れと人間達の邪気を吸い込む。

 大量の邪気と穢れと一緒に、魔物と人間達の記憶と想いが流れ込み、私の心と存在を蝕んでいく。

(……いや、嫌だ。あの方の目に映りたい。私のことを一番に想っていて欲しい。一緒にいたい。あの方の隣に)

 あの方と縁がない魔物の私では、側にいることなんて出来ない。

(手に入れよう)

 あの方との縁と人間の体を手に入れる。
 あの方が大好きな人間の姿となって、ずっと側にいよう。

『あは! アハハハハハハ!!』

 叶わぬ恋だと諦めるなんて馬鹿らしい。
 欲しいものは手に入れなくちゃ。だって、こんなに好きなのだから。

 一度堕ちてしまえば、あとは簡単だ。
 どこまでも、私は堕ちていこう。


『愛しています。私の愛する、綺麗な××』

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