呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第4話 村長の家

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 宿泊する部屋も、趣のある良い部屋だった。
 畳の匂いに包まれた清潔感のある和室。古い型ではあるが、エアコンも完備されているので快適だ。部屋の窓からも向日葵ひまわり畑が見えた。

(あー、現実逃避したい)
 部屋の隅に荷物を置いた日和ひよりは、虚ろな目で景色を眺めた。

 仲良くない人と同室で過ごすなど、拷問に近い。夫婦役を命じた総一郎そういちろうを恨めしく思った。
 畳の上に座ってガクリと項垂うなだれる日和を見て、碧真あおしが溜め息を吐く。

「俺が、あんたに手を出すとでも思っているのか?」
「手? 別に、引っ張ってもらえなくても立てるけど……」
 日和は首を傾げる。

「は?」
「え?」
 お互いに相手の発言の意味がわからず、碧真は眉を寄せ、日和は首を傾げる。

 碧真は男女関係の意味での発言だったが、日和は恋愛経験の無さから、その考えに全く思い至っていなかった。
 日和は、碧真の発言を『座っていても手を差し出す事はしないから、自分で立てよ』という意味で捉えていた。

 認識の違いに気づいた碧真は、呆れと哀れみを混ぜ合わせた目で日和を見下ろす。

「……あんたが何で恋愛経験が無いのか、わかった気がする」

「何で!? 何処が悪かったの!?」
「会話のコミュニケーションが取れない所」
「待って! それは、あなたにだけは言われたくないんですけどぉ!?」

(てか、この人の中に『コミュニケーション』っていう単語が存在していた事が驚きだわ!!)
 
 碧真は心底嫌そうな顔で、またもや溜め息を吐く。

「その上、ガキで色気も皆無の馬鹿。こんな奴と夫婦役とか……」
「喧嘩売ってる!? 色気が無いのは認めるけど、馬鹿にしないでよ! それに、私だって四連休が潰れて、めちゃくちゃ不本意だし!」

 日和は憤慨した。愛しの自堕落四連休が潰された上に、馬鹿にされるのは我慢ならない。
 日和の主張を、碧真はあっさりとスルーする。

「……そういえば、名前をどう呼ぶか決めていなかったな。下の名前を呼び捨てでいいか」 
 碧真は日和の事を苗字で呼んでいた。夫婦役だと、苗字で呼ぶのは違和感がある。日和は碧真の事を苗字ですら呼んでいなかった事に、今更ながら気づく。

「私は、何て呼べばいい?」

「……山で呼んだ時のように呼べば?」
 鬼降魔きごうま愛美あいみの呪具探しの時の事を言っているのだろう。
 日和は記憶を手繰り寄せ、首を傾げる。あの時、日和は碧真の事を……。

「陰険鬼畜ドS野郎?」

 呼んだ瞬間、碧真が額に青筋を立てて、日和の頭を片手で鷲掴みにした。

「喧嘩売ってんのか?」
「い! 痛い! 痛いって! 冗談です! 碧真君!」
 日和は早々に降参する。碧真が手を離し、日和はズキズキと痛む頭をさすった。

「荷物を置いたのなら、戻るぞ」
 碧真の後に続いて、日和も部屋を出た。

 ロビーに戻ると、じょう壮太郎そうたろうが窓の近くに置かれていたとう椅子に座って談笑していた。日和達に気づいて、丈達が立ち上がる。

「んじゃ、早速行こうか」
 壮太郎に言われて、日和は首を傾げる。

「何処へ行くんですか?」
 まだ何をすればいいのか分かっていない。壮太郎はニヤリと笑う。

「村長さんの所さ」


***

 
 再び車に乗った四人は、村の中を移動する。
 広がる畑と田んぼ。隣接していない民家。鬱蒼と生茂る木々。田舎らしい光景だった。
 
 丈の運転する車は、歴史を感じる古い木造家屋の前で停車した。

 車を降りて玄関に向かうと、鍵のついているであろう引き戸は開け放たれており、網戸だけが閉められた状態だった。

「無用心だな」
 碧真が呆れ顔で呟く。日和も同じ感想を抱いたが、よく考えれば昔は実家と祖母の家も似たようなものだった。犯罪が少ない地域は、防犯意識が低い。今では田舎でも防犯の為に戸締まりをするようになってきているが、この村は治安が良い方なのだろう。

「ごめんくださーい。昨日電話した者ですけどー」
 インターホンが見当たらなかったので、壮太郎が家の中へ向かって声を掛ける。

 男性の声で「はいはい」と返事があった後、廊下から小走りでこちらに近づいてくる足音が聞こえる。網戸が開かれて、恰幅の良い中年男性が笑顔で出迎えた。

「ようこそ。どうぞ、中へ」
 
 家主である男性に案内されて、四人は家の中に入る。
 外から見ても大きい家だと思ったが、中に入ると想像以上に広かった。中庭があり、その奥には古めかしいが立派な蔵があった。
 廊下の壁には、複数の鹿の首の剥製が等間隔でズラリと飾られていた。

(す、凄い趣味だなー……)
 初めて生で見る剥製のリアルさに、日和は少し引いた。昼間でも不気味なのだから、夜に見れば相当怖いだろう。

 客間であろう和室へと通される。
 部屋の中央にある大きな座卓を囲うように、人数分の座布団が並べられていた。全員が座布団の上に座ると、男性は快活な笑みを浮かべて口を開く。
 
「はじめまして。私は、この村の村長をしている木木塚ききづかと言います」

 木木塚に向かって、壮太郎は愛想の良い笑みを浮かべる。
 
「見学を快諾して頂き、ありがとうございます。こちらが移住を考えている鬼降魔丈。僕は丈の義兄の結人間壮太郎です。妹が仕事で来れないので、代わりに見学に来ました。あと、こちらが同じく移住を考えている丈の親戚の鬼降魔碧真と、妻の日和です」

 壮太郎が紹介すると、木木塚は日和をマジマジと見つめた。

「ほー、随分と若くて別嬪な嫁さんを貰いましたね。いやいや、羨ましい。うちの村には若い女が少なくて、村の男連中は困っているんですよ。結婚していなければ、村の男達を紹介したかったです」

 木木塚が豪快に笑いながら言う。何と返したら良いのか分からず、日和は愛想笑いで誤魔化した。

「若者が移住してくだされば、うちの村も助かります。仕事の紹介も子育ても、村で協力させてもらいますし」
 木木塚は日和を見つめた後、ニンマリ笑う。

「お嫁さんは健康そうですし、子供もたくさん産めそうですね」
(な、なんか、プレッシャーをかけられてる?)
 
 本当に移住したら、子供を産むように何度も催促されそうだ。移住を考えている時点で子供を産むようにプレッシャーをかけたら、移住希望の人に逃げられるのではないかと日和は思う。

(それに、私は子供を産めるのかわからないし……)
 日和は苦笑する。

「お二人とも、子づ……」
「木木塚さん。早めに、村の見学をしたいのですが」
 壮太郎がにこやかに笑いながら、威圧感なく話を打ち切る。木木塚も「おお、そうでした」とにこやかに笑った。

「うちの村には、リフォーム済みの空き家が三軒ほどありますので、好きな家を選んで頂いていいですよ。値段もお安くします。息子に案内させるので、自由に見学してください」

 木木塚はその場に座ったまま、廊下に向かって「おーい」と大きな声で呼ぶ。
 足音が聞こえて、呼ばれたのであろう息子が客間に現れる。ラフなTシャツとジーンズ姿。年齢は三十代後半といった所だろう。中肉中背で、木木塚とよく似た顔立ちをしていた。

「息子の富持とみじです」
 木木塚が紹介すると、富持は軽く会釈をする。日和も会釈を返した。
 客人の顔を順に眺めていた富持の視線が、日和でピタリと止まる。そのままジッと見つめられた。

(な、何かおかしい所があったかな?)
 戸惑う日和とは対照的に、富持はニコニコと笑顔を浮かべている。富持は嬉しそうな様子のまま、木木塚と視線を交わして頷き合った。

 頭髪とは対照的に豊かな毛量の顎髭を撫でながら、木木塚は上機嫌に笑った。

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