35 / 226
第三章 呪いを暴く話
第5話 見学
しおりを挟む「では、村を案内しますね」
富持に連れられ、四人は徒歩で村の中を巡る事になった。
村は山の中にある為か、夏の日差しが照りつけていても気温はそこまで高くない。木陰の中を歩けば、割と快適だと感じられる。澄み切った空気に、夏の匂いが感じられた。
「結人間さんに、鬼降魔さんですか。珍しい名字ですねー」
富持が先導して歩き、その後ろに丈と壮太郎、その後ろを日和と碧真が並んで歩いた。
仲が良さそうに世間話をしている丈達とは違い、日和と碧真の間に会話は無い。特に話す事もないので、日和は初めて見る景色をのんびりと眺めながら歩いた。
「お嫁さんのお名前は何というんですか?」
富持に急に話を振られて、日和は驚いて口を開く。
「あ、赤」
隣を歩いていた碧真に鋭い目で睨まれて、日和はハッとして口を閉じる。危うく、本名をフルネームで名乗る所だった。
(ふ、夫婦役なの忘れてた!)
「赤?」
富持に不思議そうな顔をされ、日和は焦る。
移住を計画している夫婦という設定が嘘だとバレたら、何か企んでいるのではないかと怪しまれてしまう。今後の調査に影響を及ぼしかねない。
「あー、赤とんぼだねー。僕らの住んでいる所だと見ないもんねー」
壮太郎が助け舟を出すかのように、空を飛ぶ赤とんぼを見て笑う。富持は納得したように頷いた。
「うちの村では、そこら中を飛んでいますよ。適当に虫取り網を振れば、一気に二、三匹は捕まえられます。……で、お嫁さんの名前は?」
富持に再び名前を尋ねられる。日和はボロを出さないか少し緊張しながら口を開く。
「日和です。よろしくお願いします」
「日和さんですね! 今後とも末長くよろしくお願いします!」
「は、はあ……」
富持の満面の笑みと声の勢いに若干引きながら、日和は曖昧な返事を返す。
「日和さんは、旦那さんのどんな所に惹かれて結婚されたんですか?」
富持はチラリと碧真を見て、興味深そうに聞いてきた。
(え!? どうしよう……どうして嫁になったか? 夫婦のフリだし、わかんないよ。何か、それっぽい所は……)
日和は隣にいる碧真を上から下まで眺める。
碧真との関係は良好では無い。今までの出来事を振り返ってみる。酷い点なら幾らでも挙げられそうだが、良い所は全く思い浮かばなかった。
答えを探しても見つからず、日和の背中に冷や汗が伝う。
「め、め、……眼鏡萌え?」
……。
日和の回答に、場が静まり返った。
(滑った! いや、ボケて無いけど!! 眼鏡萌えって何!? 私にそんな属性無いわ!! え!? 無いよね!?)
「萌え?」
富持が首を傾げる。オタク用語は理解されなかったようだ。壮太郎が笑いを堪えようともせずに吹き出す。丈は何とも言えない顔で日和を見ていた。
「あー。つまり、眼鏡をかけている男性が好きって事だよね」
壮太郎が笑いながら説明をすると、富持が「なるほど」と頷いて首を傾げた。
「ご自分も眼鏡をかけているのに、眼鏡をかけている男性が好きとは、よほど眼鏡がお好きなんですね」
(眼鏡好き属性を持つ者として認識されてしまった!?)
碧真が心底呆れた目でジロリと睨んでくる。明らかに、『馬鹿すぎだろう』と貶している目だった。
(だって、思いつかなかったんだよ!!)
「俺も眼鏡をかけましょうか?」
富持の謎の気遣いに、日和は慌てて首を横に振って拒否をする。
これ以上、変な目で見られるのは御免だ。
富持に案内されて、日和達は一軒の家に辿り着く。
「ここは三軒ある物件の中でも比較的新しい物件です。庭に家庭菜園が出来る畑や果樹もあるのでオススメですよ」
富持が玄関の鍵を開けて、家の中を案内する。
「わー」
日和は感嘆の声を上げる。昔話に出てきそうな家に、冒険心を刺激された。
「ただの古い家だろ」
碧真がボソリと呟く。
「素敵だと思うけど」
少なくとも、この家より古くてボロボロだったアパートに住んでいた日和から見たら、十分綺麗だ。古さが味になっている良い家だと感じる。
日和はワクワクしながら家を探検した。
乗り気じゃないのか、碧真は不機嫌顔で日和の隣を歩く。
じっくりと家の中を観察していた丈の腕を、壮太郎が引っ張る。
「丈君。こっち見てよ。なんか良さげじゃない?」
壮太郎は弾んだ声を上げて庭を指差した。
日和は廊下から、居間であろう和室を眺める。
大きな窓には開放感があり、外の景色がよく見える。日当たりも良く、家族団欒するには良いだろう。
「気に入りましたか?」
「わぇっ!?」
突然目の前に富持の顔が現れ、日和は驚きの声を上げて上体を仰け反らせる。日和の体はバランスを崩して、後ろによろけてしまった。仰向けに転びそうになった日和の体を、碧真が手を伸ばして支える。
碧真は不機嫌そうな顔で、日和を見下ろしていた。
(うわー。すっごく嫌そうな顔。受け止めたくなかったけど、夫婦役だから仕方なく……って事かな?)
いつもの碧真なら、絶対に日和を助けなかった。転んだ所を鼻で笑っていただろう。
「ありがとう」
「……気を付けろ」
お礼を言うと、無愛想な返事が返ってきた。
「驚かせてしまいましたか。どうも、すみませんね」
富持は鼻の頭を掻きながら、申し訳なさそうに謝まる。あまりにも近い距離感だったが、悪気は無いのだろう。
「いえ、大丈夫です」
日和は愛想笑いを浮かべて答えた後、丈と壮太郎の姿が見えない事に気づく。
(あれ? 何処に行ったんだろう?)
あまりに自然にいなくなっていたので、家の中を進んで行ったのか、外へ出たのかもわからない。二人の姿を探そうと視線を彷徨わせると、富持がまた顔を近づけて笑った。
「二階も案内しますよ」
富持の迫力に押され、日和は頷く。
手摺りが無い為、転ばないように壁に手を付きながら階段を上る。
一階の和風な部屋の雰囲気とは違い、二階にある二つの部屋は洋風な作りだった。女の子の子供部屋なのか、二部屋とも可愛らしい色と模様の壁紙が貼られていた。
「将来、日和さんに子供が出来た時に良いと思います」
その後も、富持は日和に対して熱心に家の紹介を行った。
(リアクションがある方が話しやすいんだろうけど……)
反応がある人の方が安心して話せるのだろうが、富持は碧真をいない者扱いしていた。一々リアクションを求められるような売り込みに、日和は辟易とする。
丈と壮太郎が戻り、日和達と合流した。
「次の場所に行きたいのですが」
丈の言葉に、富持は頷く。
「では、次の物件に行きましょうか」
再び外へ出て、村の中を歩く。
「この村に、神社はありますか?」
壮太郎が軽い口調で尋ねると、富持はピタリと足を止めて勢いよく振り返った。
「何故ですか?」
ハイライトが消えたような富持の目に、日和は恐怖を覚えた。壮太郎は全く動じないのか、あっけらかんと笑って答える。
「日和ちゃんが、毎月お参りするくらいに神社が好きなんですよー。ここに住む事になる前に見ておきたいと思う筈です。ねえ、日和ちゃん。神社、見たいよね?」
(何で私が神社に通っている事を知ってるの!?)
日和が驚くと、壮太郎は綺麗なウインクをした。話を合わせろと言う事なのだろうと察して、日和は頷く。
「そうなんですね! 村にも神社はありますよ! 早速、案内しますね!」
富持は途端に乗り気になって、神社を案内する事を了承してくれた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる