呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第5話 見学

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「では、村を案内しますね」
 富持とみじに連れられ、四人は徒歩で村の中を巡る事になった。

 村は山の中にある為か、夏の日差しが照りつけていても気温はそこまで高くない。木陰の中を歩けば、割と快適だと感じられる。澄み切った空気に、夏の匂いが感じられた。

結人間ゆいひとまさんに、鬼降魔きごうまさんですか。珍しい名字ですねー」
 
 富持が先導して歩き、その後ろにじょう壮太郎そうたろう、その後ろを日和ひより碧真あおしが並んで歩いた。
 仲が良さそうに世間話をしている丈達とは違い、日和と碧真の間に会話は無い。特に話す事もないので、日和は初めて見る景色をのんびりと眺めながら歩いた。
 
「お嫁さんのお名前は何というんですか?」
 富持に急に話を振られて、日和は驚いて口を開く。

「あ、赤」
 隣を歩いていた碧真に鋭い目で睨まれて、日和はハッとして口を閉じる。危うく、本名をフルネームで名乗る所だった。

(ふ、夫婦役なの忘れてた!)

「赤?」
 富持に不思議そうな顔をされ、日和は焦る。

 移住を計画している夫婦という設定が嘘だとバレたら、何かたくらんでいるのではないかと怪しまれてしまう。今後の調査に影響を及ぼしかねない。

「あー、赤とんぼだねー。僕らの住んでいる所だと見ないもんねー」
 壮太郎が助け舟を出すかのように、空を飛ぶ赤とんぼを見て笑う。富持は納得したように頷いた。

「うちの村では、そこら中を飛んでいますよ。適当に虫取り網を振れば、一気に二、三匹は捕まえられます。……で、お嫁さんの名前は?」
 富持に再び名前を尋ねられる。日和はボロを出さないか少し緊張しながら口を開く。

「日和です。よろしくお願いします」
「日和さんですね! 今後とも末長くよろしくお願いします!」

「は、はあ……」
 富持の満面の笑みと声の勢いに若干引きながら、日和は曖昧な返事を返す。

「日和さんは、旦那さんのどんな所に惹かれて結婚されたんですか?」
 富持はチラリと碧真を見て、興味深そうに聞いてきた。

(え!? どうしよう……どうして嫁になったか? 夫婦のフリだし、わかんないよ。何か、それっぽい所は……)

 日和は隣にいる碧真を上から下まで眺める。
 碧真との関係は良好では無い。今までの出来事を振り返ってみる。酷い点ならいくらでも挙げられそうだが、良い所は全く思い浮かばなかった。
 答えを探しても見つからず、日和の背中に冷や汗が伝う。

「め、め、……眼鏡萌え?」

 ……。
 日和の回答に、場が静まり返った。

(滑った! いや、ボケて無いけど!! 眼鏡萌えって何!? 私にそんな属性無いわ!! え!? 無いよね!?)

「萌え?」
 富持が首を傾げる。オタク用語は理解されなかったようだ。壮太郎が笑いを堪えようともせずに吹き出す。丈は何とも言えない顔で日和を見ていた。

「あー。つまり、眼鏡をかけている男性が好きって事だよね」
 壮太郎が笑いながら説明をすると、富持が「なるほど」と頷いて首を傾げた。

「ご自分も眼鏡をかけているのに、眼鏡をかけている男性が好きとは、よほど眼鏡がお好きなんですね」
(眼鏡好き属性を持つ者として認識されてしまった!?)

 碧真が心底呆れた目でジロリと睨んでくる。明らかに、『馬鹿すぎだろう』とけなしている目だった。

(だって、思いつかなかったんだよ!!)

「俺も眼鏡をかけましょうか?」
 富持の謎の気遣いに、日和は慌てて首を横に振って拒否をする。
 これ以上、変な目で見られるのは御免だ。


 富持に案内されて、日和達は一軒の家に辿り着く。

「ここは三軒ある物件の中でも比較的新しい物件です。庭に家庭菜園が出来る畑や果樹もあるのでオススメですよ」
 富持が玄関の鍵を開けて、家の中を案内する。

「わー」
 日和は感嘆の声を上げる。昔話に出てきそうな家に、冒険心を刺激された。

「ただの古い家だろ」
 碧真がボソリと呟く。

「素敵だと思うけど」
 少なくとも、この家より古くてボロボロだったアパートに住んでいた日和から見たら、十分綺麗だ。古さが味になっている良い家だと感じる。

 日和はワクワクしながら家を探検した。
 乗り気じゃないのか、碧真は不機嫌顔で日和の隣を歩く。
 じっくりと家の中を観察していた丈の腕を、壮太郎が引っ張る。

「丈君。こっち見てよ。なんか良さげじゃない?」
 壮太郎は弾んだ声を上げて庭を指差した。
 
 日和は廊下から、居間であろう和室を眺める。
 大きな窓には開放感があり、外の景色がよく見える。日当たりも良く、家族団欒するには良いだろう。
 
「気に入りましたか?」
「わぇっ!?」
 突然目の前に富持の顔が現れ、日和は驚きの声を上げて上体を仰け反らせる。日和の体はバランスを崩して、後ろによろけてしまった。仰向けに転びそうになった日和の体を、碧真が手を伸ばして支える。

 碧真は不機嫌そうな顔で、日和を見下ろしていた。

(うわー。すっごく嫌そうな顔。受け止めたくなかったけど、夫婦役だから仕方なく……って事かな?)

 いつもの碧真なら、絶対に日和を助けなかった。転んだ所を鼻で笑っていただろう。

「ありがとう」
「……気を付けろ」
 お礼を言うと、無愛想な返事が返ってきた。

「驚かせてしまいましたか。どうも、すみませんね」
 富持は鼻の頭を掻きながら、申し訳なさそうに謝まる。あまりにも近い距離感だったが、悪気は無いのだろう。

「いえ、大丈夫です」
 日和は愛想笑いを浮かべて答えた後、丈と壮太郎の姿が見えない事に気づく。

(あれ? 何処に行ったんだろう?)
 あまりに自然にいなくなっていたので、家の中を進んで行ったのか、外へ出たのかもわからない。二人の姿を探そうと視線を彷徨さまよわせると、富持がまた顔を近づけて笑った。

「二階も案内しますよ」
 富持の迫力に押され、日和は頷く。

 手摺りが無い為、転ばないように壁に手を付きながら階段を上る。
 一階の和風な部屋の雰囲気とは違い、二階にある二つの部屋は洋風な作りだった。女の子の子供部屋なのか、二部屋とも可愛らしい色と模様の壁紙が貼られていた。 

「将来、日和さんに子供が出来た時に良いと思います」

 その後も、富持は日和に対して熱心に家の紹介を行った。

(リアクションがある方が話しやすいんだろうけど……)
 反応がある人の方が安心して話せるのだろうが、富持は碧真をいない者扱いしていた。一々リアクションを求められるような売り込みに、日和は辟易とする。
 
 丈と壮太郎が戻り、日和達と合流した。

「次の場所に行きたいのですが」
 丈の言葉に、富持は頷く。

「では、次の物件に行きましょうか」
 
 再び外へ出て、村の中を歩く。

「この村に、神社はありますか?」
 壮太郎が軽い口調で尋ねると、富持はピタリと足を止めて勢いよく振り返った。

「何故ですか?」
 ハイライトが消えたような富持の目に、日和は恐怖を覚えた。壮太郎は全く動じないのか、あっけらかんと笑って答える。

「日和ちゃんが、毎月お参りするくらいに神社が好きなんですよー。ここに住む事になる前に見ておきたいと思う筈です。ねえ、日和ちゃん。神社、見たいよね?」

(何で私が神社に通っている事を知ってるの!?)
 日和が驚くと、壮太郎は綺麗なウインクをした。話を合わせろと言う事なのだろうと察して、日和は頷く。

「そうなんですね! 村にも神社はありますよ! 早速、案内しますね!」
 富持は途端に乗り気になって、神社を案内する事を了承してくれた。

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