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尽きぬ羨望

3 レビンジャー侯爵家 3 *

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「一つ、聞きたいキール…」

「ん?何?」

 観念した様にフレトールはため息を吐くと、泉の側の岩に腰を下ろしてキールを自分の膝に乗せた。優しくキールの髪の水分を拭き取りながら、ゆっくりと語り出す。

「キールには…羞恥というものはないのか?」

「恥ずかしいって事?」

「あぁ…」


 うう~~ん…


 フレトールにされるがままになっているキールは考え込む。


 恥ずかしい…恥ずかしい…恥ずかしい…?


 昔、昔、風邪魔法の操り方を間違えて谷から落ちた事がある…ある時はやはり力加減を誤って切らなくて良い木を薙ぎ払い辺り一面丸裸にした事も……また別の日には…
 思い返していけば幼い日の失敗談なんて山の様に出てくるものだが、フレトールはそういうものを聞いているのだろうか?
 キール本人でさえ、記憶が朧げになっている事もある位昔のことなのだが…

「キール…?」

「う~~ん…フレトールが言う恥ずかしいが、よく分からない。昔の事なら色々あるんだけど…」

「昔…?何かあったのか!?」

 フレトールが一瞬気色ばむ。

「え?失敗談なら山ほど?」

「何の…?」

「え…っと…谷から落ちたり、木を切りすぎたり?あぁ……やり過ぎて、危うく絶滅させかけた種類の蔓草があるな…」

 キールにとっては遠い懐かしい記憶の一部。フレトールにとっては、自分が心配する様な事では無くて、安心やら少しバツが悪いやら……

「キールの幼い頃の武勇伝か……」

 フレトールは力の抜ける様な笑みを漏らし、なでなでとキールの頭を撫で始めた。

「さぁ?武勇伝と言うのか?まぁ、ばあちゃんを初め、村の皆んなには迷惑はかけたけど。」

「フフ…キールには、心に決めた相手はいなかったのか?」

 身内に祖母がいた事は何度も聞いているし、早数百年は生きていると言う事もフレトールは知っている。その長きに渡る時間の中で、伴侶と定めた者がいたのかどうか……少しどころかかなり気になるところではある。

「伴侶?番いの事か?」

「そう……番…」

「いないよ。いたらきっと今生きてはいないんじゃないか?」

「生きて無いって…大袈裟な…」

「大袈裟じゃないって…人間は違うのか?番う事で魔力やら交換しないのか?」

「交換…?」

「人間ってどうやって番うんだよ?」

「ん……それは、婚姻を経てだな…」

「結婚か?エルフは家同士の関係なんてないからな。人間よりは楽だと思う。」

「そうなのか?」


 魔力の交換何ちゃらが?


「そう。周囲の勧めに従ってちゃんと話し合った上で当人同士納得して番うから。」

「皆から進められるのか…?」

「そう。」

「恋愛感情は?」

「……?」

「愛しているとか?」

「ん~~はっきり言って愛している、がどう言うものか分かるエルフって少ないんじゃない?大体の番は年長者からの勧めだし、種族を保持する為には一番それが有効だって良く分かっているから番うんだし…番う目的は子孫を残す事だし。」

「愛情は?」

 少しフレトールの顔が心配気だ。

「相手を敬う情はちゃんとあるよ。エルフは非情な種族じゃない…!」

「誰かが特別とかは?」

「皆んなが平等で同じ。皆んな家族で仲間だ。その中で誰か一人特別は無い。」

 フレトールの中で分かったことがある。キールは恋愛感情を知らないのだ。番う事も種族保存の為で、愛情を確かめ合う為のものではない。これは人間の貴族社会でも言える事だが、人間は愛の無い結婚をしても婚姻外で心を寄せた愛人を作る事などは普通に見られるのだから。

「そうか…うん。エルフとの違いがまた一つ分かった…」

「へぇ?何?」

 当のキールは気が付いていないらしい。フレトールが心を捧げたいと言った意味が一体どういうものなのか。

「俺が触るのは嫌じゃ無いんだよな?」

 探る様に聞かれたキールは何のことやらと思いはしても、実際嫌では無いからうんと答える。

「そうか……」

 いつもの様にフワリと優しく微笑んだフレトールはキールの両頬を大きな手で包み込んで、あろうことか口を塞ぎに来た。

「ふっ……むぅ…っ……ん…ぅ…」

 突然の事に大きく目を見開くキールに、フレトールはそれでも容赦なく唇を離さない。身体を引こうとするキールをガッチリと抱き抱えている為に離れる事もままならない。

「フレ…んぅ…っ…」

 抗議の声を上げようとしても、口の中にまでフレトールの舌が入って来て言葉を紡ぐ事など出来ない。産まれて初めての感覚に、キールは驚いて身体が硬くなる。


 フレトールの…香り………


 いつも近くで感じていたあの香りが、今は不思議な程に濃厚に香ってくる。舌を舐められたり、唇を噛まれたり、時折ピリッとするくらい吸い付いてきたりしてやりたい放題のフレトールに、不思議と怒りは起きてこない…









 




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