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尽きぬ羨望
2 レビンジャー侯爵家 2
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王城の中をキールは全て見たことがない。が、どれだけ大きかったのかは知ることができた。このレビンジャー侯爵家は建物自体は王城に比べて小さいものの侯爵家の敷地は広大だった。裏門のあった森に入れば、王都であるにも拘らず人が住んでいる気配さえ消えて行く。ほぼ手付かずの自然も豊かで居心地がいい…
そよそよとそよぐ風が、濡れた肌に気持ちが良い。山からだろう流れてくる水は清廉で、少し肌には冷たいがエルフのキールには問題のないことだ。腰の辺りまで泉に浸かって静かに身体に纏いつく風を目を閉じて堪能しているキールに、近付いてくる者が声を掛けた。
「ここだったか?」
森林によく出ているキールの為に、裏庭の森の中にはほぼ警護の騎士は入って来ない。その為に更に人気がなくてキールにとってはとてつも無く居心地がいいのだが…
「フレトール……?」
放っておけば一日中森林の中にいる様なキールを時折フレトールは探し出して屋敷へと連れ戻していたりする。
「あぁ。母上が過去の文献を探し出してくれていてな。」
森の木々の間から漏れる木漏れ日を濡れた肌に受けて、更にキールの肌は輝くように美しい。眩しそうにスっと瞳を細めながらフレトールは泉に近づく。
「エルフの書?」
「その様だが、俺には読めん。」
対等を求めるキールに対してフレトールは言葉を崩す。本来のフレトールは高位の貴族であり騎士をまとめる騎士団長だ。気を許したフレトールの言葉使いは素っ気ない様に聞こえるのだが、キールは一向に気にならないらしい。寧ろ逆に、フレトールの姿を確認するとフワリと柔らかい微笑みを漏らしてくれる様になった。
泉から上がって来たキールの身体をフレトールは自分のマントで優しく包んでやる。
「冷え切っているな…寒くはないのか?」
水浴びをするにはまだまだ身体が震えてしまいそうな時期であるのに、キールは平然とその身を泉に浸けるのだ。
「全然!もう少し冷たくても、かえって目が覚める様で良い。」
「そうなのか………」
体の弱い人間ならば風邪でも引いてしまいそうな位だが、流石は病気知らずのエルフとなると身体の作り自体違うのかもしれない。
他愛無い事を話しながら、いそいそとキールの身体の水分をフレトールは拭いてやる。キールは大層この泉が気に入ったと見えて、数日開けずに入りにくる。レビンジャー家の屋敷にはそれは立派な浴場があって、キールの世話を焼きたくてウズウズしている使用人達の押しに負ける形で時々浴室に押し込められてもいるのだが……
以前の様にキールは人間に対して全面的な拒否反応を示さなくなった。レビンジャー侯爵家に留まる事を決めてから、全面的に大歓迎で迎え入れてくれたレビンジャー侯爵家家人と使用人一同に流される様にしてキールの方も随分と歩み寄ってくれたのではないだろうかと思われるのだ。それでも時折外に出てしばらく帰って来なかったり姿が見えなくなる時がある。そんな時にはフレトールがこうして迎えに行く様になった。
「フレトールもう良いよ、このままでも乾くから。」
このままとは…まさか、服を着ないままでいるつもりでは無いだろう……
「風邪を引かないのは分かっている。が、キールがそのまま素肌を晒し続けるのは、賛成しない。」
「…………?」
男同士で、しかも水浴である。
「服を着たまま入れって?」
その方が洗濯も一緒にできて便利だとかをフレトールは言いたいのだろうか?
「そうじゃない。キールの肌を他の者に見られるのが嫌なんだ。」
「他の者って……」
いないけど………
キールが森の中で少しでもゆっくり過ごせる様にとあらかじめ屋敷裏の森の中の警備は薄くされている。キールがレビンジャー侯爵家に来てからは森の中で一度も人間の騎士に遭遇してさえいないのだから。
「一応人払いはしてあるが、万が一という事もあるし……」
少し罰が悪そうに視線を逸らしながら、キールの身体を拭く手を止めないフレトール。
「悪人は入ってこられないんだろう?」
「まぁ、そうだな。ここは私有地だし。」
「なのに、嫌なのか?」
首を傾げて、キールはフレトールに聞いてくる。
「俺も、困る事があるからな……」
少し眉を寄せて苦笑いのフレトールに対して、キールは首を傾げるばかりだ。
「なんで困るんだって?」
「…………………」
こんな時、フレトールはよく無言を貫く。時折、はぁぁぁと、長いため息を吐きながら……
「……?」
少し歩み寄れたと思ってもまだまだお互いに謎だらけだ。
「フレトール…!約束を覚えているか?」
「約束…?」
「……もしや…忘れたの…?」
フレトールの腕の中から見上げられてキールに可愛らしく睨まれても、フレトールにとっては全く恐ろしくも怖くもないし、返って逆効果なのだが……
「歩み寄る為に、心にある事を言うって…!」
フレトールは忘れたわけではない。何でも話し合うエルフに倣い、自分も心の中まで伝える様にすると……
が、しかし、そうは言っても、全てを曝け出していいものかどうかを、フレトールはやはり迷っている…
そよそよとそよぐ風が、濡れた肌に気持ちが良い。山からだろう流れてくる水は清廉で、少し肌には冷たいがエルフのキールには問題のないことだ。腰の辺りまで泉に浸かって静かに身体に纏いつく風を目を閉じて堪能しているキールに、近付いてくる者が声を掛けた。
「ここだったか?」
森林によく出ているキールの為に、裏庭の森の中にはほぼ警護の騎士は入って来ない。その為に更に人気がなくてキールにとってはとてつも無く居心地がいいのだが…
「フレトール……?」
放っておけば一日中森林の中にいる様なキールを時折フレトールは探し出して屋敷へと連れ戻していたりする。
「あぁ。母上が過去の文献を探し出してくれていてな。」
森の木々の間から漏れる木漏れ日を濡れた肌に受けて、更にキールの肌は輝くように美しい。眩しそうにスっと瞳を細めながらフレトールは泉に近づく。
「エルフの書?」
「その様だが、俺には読めん。」
対等を求めるキールに対してフレトールは言葉を崩す。本来のフレトールは高位の貴族であり騎士をまとめる騎士団長だ。気を許したフレトールの言葉使いは素っ気ない様に聞こえるのだが、キールは一向に気にならないらしい。寧ろ逆に、フレトールの姿を確認するとフワリと柔らかい微笑みを漏らしてくれる様になった。
泉から上がって来たキールの身体をフレトールは自分のマントで優しく包んでやる。
「冷え切っているな…寒くはないのか?」
水浴びをするにはまだまだ身体が震えてしまいそうな時期であるのに、キールは平然とその身を泉に浸けるのだ。
「全然!もう少し冷たくても、かえって目が覚める様で良い。」
「そうなのか………」
体の弱い人間ならば風邪でも引いてしまいそうな位だが、流石は病気知らずのエルフとなると身体の作り自体違うのかもしれない。
他愛無い事を話しながら、いそいそとキールの身体の水分をフレトールは拭いてやる。キールは大層この泉が気に入ったと見えて、数日開けずに入りにくる。レビンジャー家の屋敷にはそれは立派な浴場があって、キールの世話を焼きたくてウズウズしている使用人達の押しに負ける形で時々浴室に押し込められてもいるのだが……
以前の様にキールは人間に対して全面的な拒否反応を示さなくなった。レビンジャー侯爵家に留まる事を決めてから、全面的に大歓迎で迎え入れてくれたレビンジャー侯爵家家人と使用人一同に流される様にしてキールの方も随分と歩み寄ってくれたのではないだろうかと思われるのだ。それでも時折外に出てしばらく帰って来なかったり姿が見えなくなる時がある。そんな時にはフレトールがこうして迎えに行く様になった。
「フレトールもう良いよ、このままでも乾くから。」
このままとは…まさか、服を着ないままでいるつもりでは無いだろう……
「風邪を引かないのは分かっている。が、キールがそのまま素肌を晒し続けるのは、賛成しない。」
「…………?」
男同士で、しかも水浴である。
「服を着たまま入れって?」
その方が洗濯も一緒にできて便利だとかをフレトールは言いたいのだろうか?
「そうじゃない。キールの肌を他の者に見られるのが嫌なんだ。」
「他の者って……」
いないけど………
キールが森の中で少しでもゆっくり過ごせる様にとあらかじめ屋敷裏の森の中の警備は薄くされている。キールがレビンジャー侯爵家に来てからは森の中で一度も人間の騎士に遭遇してさえいないのだから。
「一応人払いはしてあるが、万が一という事もあるし……」
少し罰が悪そうに視線を逸らしながら、キールの身体を拭く手を止めないフレトール。
「悪人は入ってこられないんだろう?」
「まぁ、そうだな。ここは私有地だし。」
「なのに、嫌なのか?」
首を傾げて、キールはフレトールに聞いてくる。
「俺も、困る事があるからな……」
少し眉を寄せて苦笑いのフレトールに対して、キールは首を傾げるばかりだ。
「なんで困るんだって?」
「…………………」
こんな時、フレトールはよく無言を貫く。時折、はぁぁぁと、長いため息を吐きながら……
「……?」
少し歩み寄れたと思ってもまだまだお互いに謎だらけだ。
「フレトール…!約束を覚えているか?」
「約束…?」
「……もしや…忘れたの…?」
フレトールの腕の中から見上げられてキールに可愛らしく睨まれても、フレトールにとっては全く恐ろしくも怖くもないし、返って逆効果なのだが……
「歩み寄る為に、心にある事を言うって…!」
フレトールは忘れたわけではない。何でも話し合うエルフに倣い、自分も心の中まで伝える様にすると……
が、しかし、そうは言っても、全てを曝け出していいものかどうかを、フレトールはやはり迷っている…
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