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第5話
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「エレ……シトゥー! シトゥ-」
「はいロイ、今日はカボチャのシチューよ」
「あーーかぼち?」
「ふふ、そうカボチャ」
口を開くロイの手元に小さな匙と、カボチャのシチューを置く。
まだまだ不器用で、こぼしつつもロイは匙でシチューを救って自分で口元へと運ぶ。余程美味しかったのか、満面の笑みを私に見せてくれた。
「エレ! 美味し」
「良かった。ロイのために作ったから、いっぱい食べてね」
「う!」
二歳となったロイはたどたどしくはあるが、喋る事ができるようになっている。こうやって私の言った言葉にロイなりに返事をしてくれる事が……嬉しくてたまらない。
「エレ! おみず! ほし」
「はい、お水だよ。慌てず飲んでね」
「んーー」
ロイが大きくなって、出来る事が増えていくたびに苦労が報われるような幸せが胸を埋め尽くす。つかまり立ちした時は使用人達と歓声を上げて、一人でロイが歩けるようになった時は泣いてしまった。
私の中で、ロイはもう手放せないかけがえのない存在だ。
「エレ! だっこ!」
「ふふ、ロイ。おいで」
手を広げると、モッタモッタと可愛らしく歩きながらロイが私の伸ばした腕へとやって来る。
そっと抱き上げると、ロイの銀髪がふわりと揺れて、深紅の瞳に喜びが灯る。
「エレ、エレ」
名を呼ばれながら、ロイを抱っこしてゆらゆらと揺らすとキャッキャッとはしゃぐ。
幸せに包まれている私の元へと、カレンがやって来た。
「エレツィア様。お洋服の準備ができましたのでお着替えください。ロイ君は私が抱っこしておきますね」
「ありがとう、カレン」
「うー! うー! エレ~」
私の手元から離れる事にぐずるロイはいつもの光景であり、カレンも微笑みながら抱き上げる。
ロイのお世話のために先送りしていた自身の朝の支度を早々に終え、再びロイを引き取るために手を伸ばす。
「エレツィア様は凄いですね。私は作って頂いた抱っこ紐がなかったら、ロイ君を長時間は抱っこできそうにないです」
趣味だった裁縫を活かし作った抱っこを支えるための紐、肩からかけるその紐のおかげでカレン達も助かってくれているのなら、作った甲斐があった。工夫はするものだ。
「私はずっと抱いていたから、腕に筋肉でもついたのかしら。辛くは無くなったわ」
「ふふ、エレツィア様はすっかりお母さんですね」
「……そうね。ロイの中でそうなってくれていたら、嬉しいわ」
ロイを再度抱き上げると、パッと表情を輝かせてくれるロイが愛しい。
思わず微笑むと、カレンが私をジッと見つめて同じように笑った。
「ロイ君もきっと思ってくれてますよ。こんなに愛されているんですから。ご立派ですよ、エレツィア様」
「カレン……」
「それに、こんなに可愛いお洋服まで作ってくれるお母さんなんて羨ましいですよ」
カレンの言葉は、ロイが着ている衣服を指しているのだろう。裁縫で作ったロイの服は寒くないようにモコモコで、フードには可愛らしく犬耳を付けている。
ロイの可愛さから着想を得て、趣味の裁縫で作った洋服は我ながら可愛らしく、ロイの可愛さも相まって珠玉の出来だ。
フードを被せると、ロイは喜びながらヨタヨタと歩き回る。
その姿に私もカレンも心を射貫かれて、キュンキュンとして微笑んでしまう。
「可愛いです。本当に……」
「本当にね。あと何種類か案があるから……時間があればロイに合わせて作ってみようかしら」
「ぜひぜひ! ロイ君の可愛い姿……もっとみたいです!」
「どちったの? エレ、カレェ?」
「ふふ、ロイは可愛いねって話していたのよ」
あと三年もすれば、ロイを連れて結婚生活を終える事が出来る。
可愛いこの子と一緒なら、少しも苦ではない。
そう思っていたのに……。
◇◇◇
「急に呼び出して、何の用ですか。ジェレド」
ある夜。もう何か月も話していなかったジェレドから急に呼び出され、応じた私は疑念を浮かべながらも彼の私室へと入る。
神妙な顔で私を見つめるジェレドに、嫌な予感が背筋に走った。
「エレツィア、君がロイを育てると言ってから。二年が経ったね」
「ええ、そうね。それが貴方となんの関係が?」
この二年、ジェレドはロイに話しかけるどころか視界にさえ入れずに避けていた。今さら、彼がロイの名を口にした事に嫌悪を抱いてしまうのは、私の性格が悪いからだろうか。
問いかけた言葉に、ジェレドは少しの間を置いてから切り出した。
「実は……君とはもう離縁をしたいと思っている」
「……は?」
思わず、漏れ出た無礼な返答。突然の言葉に品を取り繕う事すら出来なかった。
困惑する私へ、ジェレドは言葉を続ける。
「実は、他に愛する人がいるんだ。その女性と再婚したいと思っている。彼女は子供が産むことはできない身だが、ロイを育てる事を望んでいて、こんな僕でも受け入れてくれている。両親も納得してくれた」
理解が追いつかない。目の前にいるこの男は……私に何を告げているのだ?
恥知らず? 厚顔無恥? 形容が出来ない目の前の男に……思考がまとまらない。
「な……何を言っているの?」
尋ねた言葉に、彼は迷いもなく答えた。
「離縁しよう、ロイは僕が引き取る」
悪びれもせず、ジェレドは告げた。
「はいロイ、今日はカボチャのシチューよ」
「あーーかぼち?」
「ふふ、そうカボチャ」
口を開くロイの手元に小さな匙と、カボチャのシチューを置く。
まだまだ不器用で、こぼしつつもロイは匙でシチューを救って自分で口元へと運ぶ。余程美味しかったのか、満面の笑みを私に見せてくれた。
「エレ! 美味し」
「良かった。ロイのために作ったから、いっぱい食べてね」
「う!」
二歳となったロイはたどたどしくはあるが、喋る事ができるようになっている。こうやって私の言った言葉にロイなりに返事をしてくれる事が……嬉しくてたまらない。
「エレ! おみず! ほし」
「はい、お水だよ。慌てず飲んでね」
「んーー」
ロイが大きくなって、出来る事が増えていくたびに苦労が報われるような幸せが胸を埋め尽くす。つかまり立ちした時は使用人達と歓声を上げて、一人でロイが歩けるようになった時は泣いてしまった。
私の中で、ロイはもう手放せないかけがえのない存在だ。
「エレ! だっこ!」
「ふふ、ロイ。おいで」
手を広げると、モッタモッタと可愛らしく歩きながらロイが私の伸ばした腕へとやって来る。
そっと抱き上げると、ロイの銀髪がふわりと揺れて、深紅の瞳に喜びが灯る。
「エレ、エレ」
名を呼ばれながら、ロイを抱っこしてゆらゆらと揺らすとキャッキャッとはしゃぐ。
幸せに包まれている私の元へと、カレンがやって来た。
「エレツィア様。お洋服の準備ができましたのでお着替えください。ロイ君は私が抱っこしておきますね」
「ありがとう、カレン」
「うー! うー! エレ~」
私の手元から離れる事にぐずるロイはいつもの光景であり、カレンも微笑みながら抱き上げる。
ロイのお世話のために先送りしていた自身の朝の支度を早々に終え、再びロイを引き取るために手を伸ばす。
「エレツィア様は凄いですね。私は作って頂いた抱っこ紐がなかったら、ロイ君を長時間は抱っこできそうにないです」
趣味だった裁縫を活かし作った抱っこを支えるための紐、肩からかけるその紐のおかげでカレン達も助かってくれているのなら、作った甲斐があった。工夫はするものだ。
「私はずっと抱いていたから、腕に筋肉でもついたのかしら。辛くは無くなったわ」
「ふふ、エレツィア様はすっかりお母さんですね」
「……そうね。ロイの中でそうなってくれていたら、嬉しいわ」
ロイを再度抱き上げると、パッと表情を輝かせてくれるロイが愛しい。
思わず微笑むと、カレンが私をジッと見つめて同じように笑った。
「ロイ君もきっと思ってくれてますよ。こんなに愛されているんですから。ご立派ですよ、エレツィア様」
「カレン……」
「それに、こんなに可愛いお洋服まで作ってくれるお母さんなんて羨ましいですよ」
カレンの言葉は、ロイが着ている衣服を指しているのだろう。裁縫で作ったロイの服は寒くないようにモコモコで、フードには可愛らしく犬耳を付けている。
ロイの可愛さから着想を得て、趣味の裁縫で作った洋服は我ながら可愛らしく、ロイの可愛さも相まって珠玉の出来だ。
フードを被せると、ロイは喜びながらヨタヨタと歩き回る。
その姿に私もカレンも心を射貫かれて、キュンキュンとして微笑んでしまう。
「可愛いです。本当に……」
「本当にね。あと何種類か案があるから……時間があればロイに合わせて作ってみようかしら」
「ぜひぜひ! ロイ君の可愛い姿……もっとみたいです!」
「どちったの? エレ、カレェ?」
「ふふ、ロイは可愛いねって話していたのよ」
あと三年もすれば、ロイを連れて結婚生活を終える事が出来る。
可愛いこの子と一緒なら、少しも苦ではない。
そう思っていたのに……。
◇◇◇
「急に呼び出して、何の用ですか。ジェレド」
ある夜。もう何か月も話していなかったジェレドから急に呼び出され、応じた私は疑念を浮かべながらも彼の私室へと入る。
神妙な顔で私を見つめるジェレドに、嫌な予感が背筋に走った。
「エレツィア、君がロイを育てると言ってから。二年が経ったね」
「ええ、そうね。それが貴方となんの関係が?」
この二年、ジェレドはロイに話しかけるどころか視界にさえ入れずに避けていた。今さら、彼がロイの名を口にした事に嫌悪を抱いてしまうのは、私の性格が悪いからだろうか。
問いかけた言葉に、ジェレドは少しの間を置いてから切り出した。
「実は……君とはもう離縁をしたいと思っている」
「……は?」
思わず、漏れ出た無礼な返答。突然の言葉に品を取り繕う事すら出来なかった。
困惑する私へ、ジェレドは言葉を続ける。
「実は、他に愛する人がいるんだ。その女性と再婚したいと思っている。彼女は子供が産むことはできない身だが、ロイを育てる事を望んでいて、こんな僕でも受け入れてくれている。両親も納得してくれた」
理解が追いつかない。目の前にいるこの男は……私に何を告げているのだ?
恥知らず? 厚顔無恥? 形容が出来ない目の前の男に……思考がまとまらない。
「な……何を言っているの?」
尋ねた言葉に、彼は迷いもなく答えた。
「離縁しよう、ロイは僕が引き取る」
悪びれもせず、ジェレドは告げた。
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