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第6話
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「ふざけないで!!」
夜中である事への配慮を忘れ、私は感情を吐き出す。
ジェレドへ抱く、義憤、赫怒……言葉に出来ない激情が思考に熱を与えて収まらない。
「今までロイに接してこなかった貴方が、引き取るなどと軽はずみに言わないで!」
「再婚する相手は事情を知っていて、ロイの面倒を見ると約束してくれている。君への謝罪金も倍、それ以上を払ってもいい」
「お金の問題ではありません! 謝罪金なんていらない。ロイを引き取るのは私です!」
「もう決めたんだ。再婚する相手も早くロイに会いたいと言ってくれた」
「……私に相談もなく、勝手に決めているのですか? ロイの気持ちは考えているのですか? あの子を貴方の都合のいい道具にしないで!」
「そんなつもりはない、聞いてくれエレツィア」
私は絶対に間違ってなどいない、確固たる自信がある。
ロイの気持ちも、意見も聞かずに親権を求めるジェレドとその再婚相手には嫌気と不快感を抱く。
絶対にロイを手放しはしない。何に代えてでも。
「二年前、誓約書を交わしたはずです。そこではロイの親権は私にあると確かに記載して、貴方もサインをしたはずです!」
「親権について、書面に効力などないさ。実際に血が繋がっているのは俺だ。君がどれだけロイを大切にしていようと、世間はロイの親を俺だと認めるだろう」
「っ……」
実際、書面にはロイの親権を確定させる効力はない。なぜならロイ自身の意見を交えていない書面であるからだ。
血の繋がりも持っていない私には、ロイの親権を得るに足る材料は乏しい。
だけど、そんな言い訳や弱音など吐く気はない。
『エレ! 抱っこ!』
あの子が私を「ママ」や「母」と呼ばないのは、私が周囲に頼んでそう呼ぶ事を禁じていたからだ。血の繋がりはなく、成り行きで引き取った私が軽はずみに母親になってはいけないと思っていたから。
でも、それは間違っていた。成り行きだろうと、血が繋がっていなくとも……私は母親として生きていきたい。ロイを守って、育てていきたいんだ。
「分かってくれ、エレツィア。ロイは俺が引き取る」
「誓約書に書いた内容は覚えていますよね? ジェレド」
話しながら、目まぐるしく思考を重ねていく。この場で選択を間違えればロイを奪われてしまう。一言一句、一挙手一投足……間違える訳にはいかない。
「だから、ロイの親権を強制する効力はないと…」
「そうではありません」
「は?」
「誓約書には確かに書いておりました。五年間の結婚生活を続けると、そちらには確かに効力があります」
私の言いたい事が伝わったのだろう、ジェレドは苦々しい表情を浮かべた。
五年、彼と離縁するために設けた期間が……今は離縁を出来ない効力へと変わる。
「あの誓約書がある限り、残り三年は離縁いたしません。これを破った際、貴方は交わした誓約を反故にする者として、代を継ぐローレシア家の信頼を地に落とす事になりますよ」
「エレツィア、時間を引き延ばした所で……ロイを引き取るのはこちらだ」
「……この三年は、離縁しても困らぬように身辺整理するためのものです」
ロイについて言及せず、はぐらかした返答。ジェレドはこれをうけ、私が諦めたと勘違いしたのか大きな息を吐いて頷いた。
「分かった。残り三年は自由にするといい……ロイとは離れる準備をしておいてくれ」
「ありがとう、色々と気持ちを整理させてもらうわ」
激情を抑えて取り繕った笑み、上手く笑えている自信はなかったがジェレドが温和な笑みを返してきた所を見るに上手くいったようだ。
死守した三年の期間、この間に私はロイの親権を得るためになんだってしてみせる。この想いを悟られぬように乾いた笑みを貼り付けながら。
「では、話は終わりだ。出てくれ––––」
ジェレドが私を私室から出ていくように促す言葉を吐いた刹那、扉が少しだけ開かれて小さな頭がひょこりと中を覗き込む。
「エレ? いた!」
「ロイ!? どうしてここに」
「おっき、こえ」
私が激情に駆られて叫んだ声を心配してくれて来てくれたのだろうか、その優しさに胸が熱くなる。
「ちょうどいい、こっちに来いロイ」
ジェレドはロイを見て、手を招いた。今まで興味も抱いていなかったのに、親権を得るためにロイと仲を作りたいのだろう。
だけど……
「エレ、一緒、ねんね」
ロイはジェレドの招きに反応は見せず、トコトコと部屋の中に入ると、私のスカートをチョンと引く。
もちろん私はロイの誘いを断らずに、そっと抱き上げた。
「そうねロイ、二人で寝ましょう」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるジェレドには視線も向けず、ロイを連れて部屋を出る。
「エレツィア、三年後には……分かっているな」
「……」
答えはせず、ウトウトと眠りの舟を漕ぎだしたロイの頭を撫でる。
覚悟は決めた、私が……ロイの母になれるかどうかなんて、うじうじと考えるのは止めだ。
ちゃんと、母になる。これから先もずっと、この子を愛していきたいから。
手放しはしないよ、ロイ。
眠り出すロイを見つめながら、私は一人の母となる事を心に誓った。
夜中である事への配慮を忘れ、私は感情を吐き出す。
ジェレドへ抱く、義憤、赫怒……言葉に出来ない激情が思考に熱を与えて収まらない。
「今までロイに接してこなかった貴方が、引き取るなどと軽はずみに言わないで!」
「再婚する相手は事情を知っていて、ロイの面倒を見ると約束してくれている。君への謝罪金も倍、それ以上を払ってもいい」
「お金の問題ではありません! 謝罪金なんていらない。ロイを引き取るのは私です!」
「もう決めたんだ。再婚する相手も早くロイに会いたいと言ってくれた」
「……私に相談もなく、勝手に決めているのですか? ロイの気持ちは考えているのですか? あの子を貴方の都合のいい道具にしないで!」
「そんなつもりはない、聞いてくれエレツィア」
私は絶対に間違ってなどいない、確固たる自信がある。
ロイの気持ちも、意見も聞かずに親権を求めるジェレドとその再婚相手には嫌気と不快感を抱く。
絶対にロイを手放しはしない。何に代えてでも。
「二年前、誓約書を交わしたはずです。そこではロイの親権は私にあると確かに記載して、貴方もサインをしたはずです!」
「親権について、書面に効力などないさ。実際に血が繋がっているのは俺だ。君がどれだけロイを大切にしていようと、世間はロイの親を俺だと認めるだろう」
「っ……」
実際、書面にはロイの親権を確定させる効力はない。なぜならロイ自身の意見を交えていない書面であるからだ。
血の繋がりも持っていない私には、ロイの親権を得るに足る材料は乏しい。
だけど、そんな言い訳や弱音など吐く気はない。
『エレ! 抱っこ!』
あの子が私を「ママ」や「母」と呼ばないのは、私が周囲に頼んでそう呼ぶ事を禁じていたからだ。血の繋がりはなく、成り行きで引き取った私が軽はずみに母親になってはいけないと思っていたから。
でも、それは間違っていた。成り行きだろうと、血が繋がっていなくとも……私は母親として生きていきたい。ロイを守って、育てていきたいんだ。
「分かってくれ、エレツィア。ロイは俺が引き取る」
「誓約書に書いた内容は覚えていますよね? ジェレド」
話しながら、目まぐるしく思考を重ねていく。この場で選択を間違えればロイを奪われてしまう。一言一句、一挙手一投足……間違える訳にはいかない。
「だから、ロイの親権を強制する効力はないと…」
「そうではありません」
「は?」
「誓約書には確かに書いておりました。五年間の結婚生活を続けると、そちらには確かに効力があります」
私の言いたい事が伝わったのだろう、ジェレドは苦々しい表情を浮かべた。
五年、彼と離縁するために設けた期間が……今は離縁を出来ない効力へと変わる。
「あの誓約書がある限り、残り三年は離縁いたしません。これを破った際、貴方は交わした誓約を反故にする者として、代を継ぐローレシア家の信頼を地に落とす事になりますよ」
「エレツィア、時間を引き延ばした所で……ロイを引き取るのはこちらだ」
「……この三年は、離縁しても困らぬように身辺整理するためのものです」
ロイについて言及せず、はぐらかした返答。ジェレドはこれをうけ、私が諦めたと勘違いしたのか大きな息を吐いて頷いた。
「分かった。残り三年は自由にするといい……ロイとは離れる準備をしておいてくれ」
「ありがとう、色々と気持ちを整理させてもらうわ」
激情を抑えて取り繕った笑み、上手く笑えている自信はなかったがジェレドが温和な笑みを返してきた所を見るに上手くいったようだ。
死守した三年の期間、この間に私はロイの親権を得るためになんだってしてみせる。この想いを悟られぬように乾いた笑みを貼り付けながら。
「では、話は終わりだ。出てくれ––––」
ジェレドが私を私室から出ていくように促す言葉を吐いた刹那、扉が少しだけ開かれて小さな頭がひょこりと中を覗き込む。
「エレ? いた!」
「ロイ!? どうしてここに」
「おっき、こえ」
私が激情に駆られて叫んだ声を心配してくれて来てくれたのだろうか、その優しさに胸が熱くなる。
「ちょうどいい、こっちに来いロイ」
ジェレドはロイを見て、手を招いた。今まで興味も抱いていなかったのに、親権を得るためにロイと仲を作りたいのだろう。
だけど……
「エレ、一緒、ねんね」
ロイはジェレドの招きに反応は見せず、トコトコと部屋の中に入ると、私のスカートをチョンと引く。
もちろん私はロイの誘いを断らずに、そっと抱き上げた。
「そうねロイ、二人で寝ましょう」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるジェレドには視線も向けず、ロイを連れて部屋を出る。
「エレツィア、三年後には……分かっているな」
「……」
答えはせず、ウトウトと眠りの舟を漕ぎだしたロイの頭を撫でる。
覚悟は決めた、私が……ロイの母になれるかどうかなんて、うじうじと考えるのは止めだ。
ちゃんと、母になる。これから先もずっと、この子を愛していきたいから。
手放しはしないよ、ロイ。
眠り出すロイを見つめながら、私は一人の母となる事を心に誓った。
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