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「覚えてませんか?小さい頃、カンジョーくんの近所の公園で出会った事」

「近所の、公園?」

「ほら、大きな噴水がある所ですよ。そこで、私達話をしたんです」

俺は記憶を辿る。
小さい頃‥?

「本当にごめん。俺、覚えてなくて」

「‥そうですか」と彼女は今日何度目かの寂しそうな顔をした。
それ、本当に俺なの?という言葉を飲み込む。
彼女がずっと怒っている原因もそこにあるのだろうか。

「小さい時の事ですからね。覚えてなくてもおかしくないです。私はその時、綾姉の家に遊びに来てたんですけど、ちょっと駄々をこねてしまって飛び出したんですよ。当てもなく走っていると、ブランコに乗っているカンジョーくんと会ったんです。何してるの、と私が声をかけると、人生に迷ってるんだ、なんて可笑しな事をあなたは言いました」

あぁ、当時の僕なら言いそうだな。

「私も迷ってる、なんて返すと君は初対面の私に相談に乗るよ、なんて言って‥。私が駄々をこねた理由を言うと、そんな事、些細な事じゃないか、なんて人の気も知らずに言いました」

世の中には、戦争で会いたくても会えない人もいるんだよ、なんて。と続ける日高さん。

「僕は世界平和について頭を悩ませているよ、と私の話を遮り、自分の思い描いている世界平和への道のりを王弁に語りました」

「待って。それ、本当に俺?」

「カンジョーくんですよ。だって、これ、貴方のでしょ?」

彼女はスポーツバッグから何かを取り出した。
それは一本の鉛筆だった。
名前の所に夢野 勘定と書いてある。

母の字だ。

「一方的に話し終えて、君は立ち去ろうとしました。でも、最後に一言添えて。その言葉に当時の私は明るい気持ちになったです」

本当に覚えてない。

「それ、いつ頃?」

「年長の頃ですから、4~5歳ですかね」

あぁ‥それなら納得だ。

「本当にごめん。俺には、丁度その頃の記憶が無いんだよ」

「え、どういうことですか?」

「医師曰く、解離性健忘というらしい」

「解離性‥」

「あぁ、だから、その頃の記憶はまるっきり無い」

「そう、ですか」

日高さんか何か言いたげだったが、すみません、と頭を下げた。

「いや、俺の方こそごめん。あと、この鉛筆も悪いんだけど、持って帰ってもらえるとありがたい」

自分にはその只の鉛筆が重すぎる。
彼女は何も言わずに、その鉛筆をそっとしまった。

気まずい沈黙が流れる。
パスタを運んできた店員も、そそくさと立ち去っていった。

「あのさ、色々と聞いて良いかな」

「どうぞ」

「さっきの話の中では、綾姉はキミの相談内容がよく分かってないようだったけど、伝えてないの?」

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