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009 訃報、朗報、百年修行
しおりを挟む評定がひと段落したところで、ネコ奉行さまがやや崩れた襟元を整えながら言った。
「して、その方は何用で参ったのか」
流し目を向けられてわたしはハッとなる。
そうだった。すっかり忘れていた。というか、わたし自身がどうしてここに来たのかを、まだ生駒から教えてもらってない!
すると首輪越しに生駒がささやく。
「結、お奉行にこうたずねるんだ。『薮田さんのところの飼い猫まりもはどこにいますか』って」
言われるままにわたしがその台詞を口にすると、ネコ奉行さまが蠱惑的な青緑の瞳を細める。
「なるほど。迷いネコの行方を求めての来訪であったか。ふむ。まぁ、よかろう。いい知恵を貸してもらったことだし、褒美として特別に調べてやろう」
ネコ奉行さまが着物の袖に手をつっこむ。しばらくゴソゴソしていたとおもったら、奥から六法全書ぐらいもあるぶ厚い本をひょいととり出した。
「こいつは処台帳。個猫情報や動向なんぞが記されておる」説明しながらページをぱらぱらめくるネコ奉行さま。「えー、薮田、やぶた、ヤブタ……と。で、名をまりもといったか……、ならばこれか。そのまりもというのは黒と黄と白のぶちで、メスの十三歳でそういないか」
「はっ、はい。そうです」
あわててわたしは返事をする。すごいな処台帳。これであとはまりもちゃんを確保して、智樹くんのところに連れ帰れば任務完了。やったね!
と喜んでいられたのもほんのわずかの間だけ。
だって続けてネコ奉行さまはこうおっしゃったんだもの。
「まりもというネコならば交通事故でとうに亡くなっておる」
◇
死を間際にするとネコは自ら姿を消す。
そんな都市伝説がある。
とはいえずっと家で飼われているネコが消えることはない。
消えるのはもっぱら外出自由にて放し飼いにされているネコ。
ではどうしていなくなるのかというと、正しくは帰ってこれなくなるのが本当のことらしい。つまりは出先にてトラブルが発生したということ。
体調が崩れたり、事故にあったり、本能のおもむくままに異性を求めてフラフラとしちゃったり、ときには事件に巻き込まれたり。
ちなみに事件とはケンカとかテリトリー争いのことである。
で、事故で圧倒的に多いのが交通事故。死亡原因ぶっちぎりの第一位。
なんぞという情報を生駒から聞かされるも、わたしは愕然としたまんま。
だって探していたまりもちゃんがすでに死んでいるとわかったんだもの。
いまだにその行方を懸命に探している智樹くん。彼の気持ちを考えると胸がギュツとなる。ツラくなる。
どうする? あの子に正直に伝えるべきか。それともこのまま黙っておくか。でもそうしたら彼はずっと悲しい気持ちと喪失感を引きずることになる。それはあんまりであろう。
「どうしよう」
わたしが半べそをかいていたら、パタンと処台帳を閉じたネコ奉行さまが「やれやれ」とタメ息ひとつ。
「そのような顔をするでないわ。あえて詳しい事情はきかぬが、ようは身内に真相を伝えるかどうかの問題なのであろう? ならばその方が思い悩むこともあるまい。当人に決めさせればよかろう」
「当人にって……。だってまりもちゃんってば、もう死んじゃっているのに」
「ふむ、たしかに死んでおる。だがそのまりもとやら、どうやら生前になかなか徳を積んだとみえて、魂は猫嶽に向かったようだぞ。いまならばまだ会えるやもしれぬな」
「えっ、会えるの」
「あぁ、だが修行が始まってしまえばもうダメだ。いったん修行が始まると下界とのえにしは完全に途絶えるからな。そうなれば百年は山からおりられなくなる。だからどうしても会いたいのならば急いだほうがよかろう」
わたしはネコ奉行さまに「ありがとう」とお礼を言って駆け出す。
本気になった猫走りはとても速い。体が軽い。まるで自分が風にでもなったかのようだ。
出張評定所のある空間を出て、シュタタタと路地を抜け、勢いにて街中を疾走し祠のところへ。そのまま紅葉路に飛び込む。
さいわいなことに猫嶽の場所は生駒が知っているという。
「ところで猫嶽ってどこにあるの」
「わりと結の家の近所だよ」
「へ? そんないわくありげな場所なんてあったかなぁ」
「ぽんぽん山、あそこが猫嶽さ」
ぽんぽん山。
標高六百五十メートルほどの小さな山。ゆるやかなハイキングコースになっており、子どもからお年寄りまで楽しめる。頂上からの展望はそこそこにて、地元の小学生ならば一度は遠足で登ったことがある場所。なお名前の由来は頂上へと近づくほどに足音が「ぽんぽん」鳴るからといわれているから。ウワサでは山の中が空洞になっており山自体が太鼓みたいになっているからともいわれているが、真偽のほどは定かではない。
そんなぽんぽん山だが、もちろんわたしも登ったことがある。それも幼稚園のときと小学二年生のときと、あとは町内会の催しで計三回も。
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