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010 寝る、喰う、お風呂でビバノンノ
しおりを挟む猫嶽。
徳を積み大いなる存在から認められたネコの魂が集う地。
ここで百年の修行ののちに見事に転生したネコたちはスーパーエリートとして、奉行や役人となり各地へ派遣されることになる。そうしてさらなる研鑽を重ね続け、幾度目かの転生を経てついには猫仙人や猫神へと至る。
よもやそんなご大層な場所が自分の家の近所にあっただなんて。
驚きつつもわたしは、ぽんぽん山目指して紅葉路をまっしぐら。
と勢い込んだものの……。
「あっちゃあー、どうやら今日はここまでみたいだね」と生駒。
紅葉路を抜けた先は丸橋小学校の校庭の隅にある繁みの中ではなくて、生駒の石の祠があるところ。
化け術が解けてわたしはネコの姿から人間へと戻る。
四つ足から二本足となって見上げた空はすっかり茜色。
まだまだ外は明るいけれども影の色が濃い。すでに時刻は六時手前だと生駒から告げられて、わたしはギョッ!
学校を出てから二時間以上も過ぎている。
朽ちかけた社に吸い込まれたり、ネコに化けたり、紅葉がキレイな夜の回廊を走り回ったり、懐かしい雰囲気の残る見知らぬ街に行ったり、動物たちの評定に参加したりと、あれだけ不思議がてんこ盛りだったわりには、あんまり時間がたっていない。
とはいえ道草とはとてもいえない程度にはたっている。
ヤバい、これは確実にお母さんに怒られる。
あぁ、こんなことならば横着なんてするんじゃなかった。一度ランドセルを置きに帰宅しておくべきであった。
「……って、あーっ! わたしのランドセル!」
衝撃の連続ゆえにその存在をすっかり忘れていた。
わたしはあわてふためく。
すると生駒が「あわてなさんな。ほれ、そこにちゃんと運んであるから安心しな」と言った。
石の社の台座部分にもたれるようにして置かれてあるランドセル。よかったー。
安堵していると、遠くに六時を報せる時報が聞こえた。
わたしはランドセルをひっ掴むなり家路を急ぐ。
◇
結局、自宅に帰ったのは六時十分を少し回ったところ。
お母さんからはばっちり怒られた。けど夕飯の準備の忙しさと重なったこともあり、お小言タイムは短時間で終了。ふー、助かった。
オヤツ抜きの刑は甘んじて受け、どうにか宿題を夕食前に片づける。
七時半頃にお父さんが帰宅。親子三人そろって晩御飯を食べる。
夕飯のメニューはお母さんの得意料理であるロールキャベツ。わたしはいつもよりもりもり食べて両親をえらく驚かせた。
どうやらネコの姿に化けて奔走するのはけっこうお腹が空くらしい。あとちょいちょい盗み喰いをする生駒のせいでもある。
あっ、こら、ロールキャベツの中身だけを食べるんじゃない。
お腹がすっかり膨れたのでリビングにてまったり過ごす。今夜はとくに見たい番組もないので、お父さんがちゃかちゃかチャンネルを変えるのを、ぼんやり眺めるばかり。
そうこうしているうちに次はお風呂の時間。
我が奈佐原家では真夏でも湯を張る。例え世間では最高気温を更新とか騒がれていようとも、けっしてシャワーだけですましたりはしない。お風呂は湯舟につかってこそ。という両親の薫陶よろしく、わたしもお湯に身を浸さないと気がすまない性分になっている。
そんなわたしと差し向いにて湯につかる三尾の灰色子ギツネ。
生駒は実体化してお湯を堪能中。
「はぁー、ビバノンノ。いやはや、いまや一家にひと風呂が当たり前とか。人間たちもずいぶんがんばったもんだよ。感心感心」
お風呂の文化自体は昔からあるけれども、各家庭に普及しだしたのはわりと近代に入ってから。
それぐらいの知識はわたしにもある。まえにドラマでみた。
とはいえいまの環境を当たり前のように考えていたことを、生駒の言葉でちょっと反省。これもまたどこかの誰かさんたちががんばってくれたおかげなんだ。ありがたやありがたや。
ナムナム心の中で感謝しつつ、そろそろのぼせてきたのであがることにする。
しかしビバノンノとは何ぞや?
稲荷の呪文か何かであろうか。
◇
自室にて髪を乾かしながら生駒と相談するのは、薮田さんちのまりもちゃんと猫嶽のこと。
「ねえ、気になってたんだけど修行っていつから始まるの」
間に合わなかった、では意味がない。
とはいえ首尾よくまりもちゃんの魂と会えたとして、そこから先はどうする?
もしも当人が黙っていて欲しいと願えば、こちらとしては口をつぐむほかなく、あとはねんごろに弔うことぐらいしかできないけど。
でも、あれ? それって意味がないのかも。だって魂は成仏するわけじゃなくって猫嶽に行くんだし。だとしたらかえって迷惑になっちゃうのかな? むむむ、なにやらややこしいぞ。
わたしが首をひねっていると、窓から外の様子をじっと見ていた生駒がふり返る。
「猫嶽の山門が開かれるのは新月のとき。だから期限は明後日になるね。今夜はさすがに結も疲れているだろうから、行くなら明日の晩か……。夜ふけに子どもを使いに走らせるのもどうかと思うけど今回はしようがないね。
というわけで今夜はとっとと寝て、明日の本番に向けてしっかり体を休めな」
時計を見れば十時をまわっている。
いつもは十一時を過ぎてからベッドに入る。
だから「まだ早いよ」と言ったんだけど生駒は聞く耳をもたない。
なかば強引に布団の中へと押し込まれてしまう。そうしたら不思議なもので、すぐにまぶたが重くなってきた。どうやら自分で思っていた以上に疲れていたらしい。まぁ、あれだけいろんな体験をしたらしようがないよね。おやすみなさい。むにゃむにゃ。
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