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37.聖女エメイン

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「「……は?」」

フィルバートも、聞いてしまったマリィも絶句してしまう。

マリィはルークに駆け寄り、彼を守るように抱きしめた。

「ど、どういうことです。陛下!?」

ルークを腕の中で守りながら、マリィはそう聞く。

とにかくマリィはひしひしと絶対にルークを手放してはいけないと直感し抱きしめる。

フィルバートも厳しい表情だ。

「先生、それが軽率に発された言葉ではないのは分かります。ですが、何より意味が分からない。
聖女祭の間だけ、とはいえ、聖女は偽るものではありませんし、それに今の話では、ルークはクリフォードとその娘と相対することになってしまいます。
家族同士で戦わせる気ですか、貴方は」

フィルバートは国王を睨む。だが、国王は堪えた様子も、悪びれた様子もなかった。

「ふふっ、まぁ、そうなるよね。
でも、私としてはそちらがいいと思っている。
これは身内同士で争えという話じゃない。
あの二人とはいえ何が起きるか分からないから避けたいんだよね。
ルークくんは聖女の振りをして大祭典に参加して、クリフォードやナディアが何がする前に退場させて欲しい。
私に決定権はないけど、会場を提供している身だからね、一瞬だけ聖女をすり替えるのは簡単さ」

「だが、それでは直ぐに教会側にバレませんか?」

フィルバートの問いは最もだった。
何せ鼻息荒くしてクリフォードとナディアの参加を熱望しやる気なのは教会側なのだ。
そんな雑な計画では直ぐに勘繰られてしまうだろう。
しかし、国王は即座否定した。

「今の教会は気づかないよ。聖女が人形になっても気づかないんだから、あの人達」

「なに……?」

「本当に教会の人事終わってるんだよね。今代は特に……。
そして、これがルークくんに聖女をやって欲しい1番の理由でもある」

国王は嘆息する。そして。

「これは他言したら極刑だと思ってくれ。
……今代の聖女エメインは、今、彼女を聖女たらしめるその力が使えなくなっている。
原因は、彼女の環境そのものだよ」

そして、国王は入口に目を向けた。

「入ってきなさい。エメイン」

驚く3人の前で扉が開かれる。
ルークはマリィの腕の中で扉の向こうからやってくるその少女に目を見開いた。

そこにはシンプルな白いワンピースを着ている、透き通るような色合いの肌をした少女がいた。

身長はルークとほぼ一緒。だが、歳の頃はルークより歳上に見えた。
彼女のプラチナブロンドの髪は床に着く程長く、その目は空を映したような澄んだ青をしている。

……だが、その顔には表情の一切がなく、その瞳には光さえなかった。

ルークは彼女を見て眉根を寄せた。


(何だかこの人……昔の僕みたい……)



彼女は素足で部屋に入ると、国王の横に立つ。

マリィは彼女をじっと見る。
見るからにその体は痩せており、顔色もあまり良くない。焦点の合わない目でこちらを見て一言も発さない彼女に違和感を持った。そして、それはフィルバートも同じだった。

「先生、聖女はかなり丁重に扱われる存在ではなかったのですか?
少なくとも前の代までは正に蝶よ花よと育てられ教会全体で過保護に扱われていましたが……これはどう見ても……」

それ以上言い難くフィルバートは言葉を濁す。そんなフィルバートに対し国王は淡々と話した。

「これでも一応、マシになったんだよ?
最初はまず歩くってところから出来なかったんだから」

「は……?」

「最近までエメインは北の果て、あのグランバーにいたんだけどね。
ドラゴン災害が起こってから一切聖女との連絡が取れないから、セロンに様子を見に行かせたらビックリ。
凍死寸前だったんだ。
理由を聞いたら、そういう修行だってさ」

フィルバートは目を見開いた。







多くの人にとって聖女は神から与えられた祝福そのものだ。

彼女がいることによって魔物の恐怖からも死の恐怖からも人は救われる。

しかし、前代のシルヴィーが禁を犯し神の怒りに触れてからそれは変わってしまった。

元から代を重ねる事にその力が弱まっている聖女だったが、シルヴィーの跡を継いだエメインは聖女となった時、既にシルヴィーの半分程度の力しか振るえなかった。

何とか結界は張れたが維持するのに精一杯で魔物までは払えず、患者の治療は傷口を塞ぎ苦しみを和らげるぐらいしか頑張っても出来なかった。

しかし、それは人にとっても、そして、教会にとっても許せないことだった。

聖女は絶対的な力を持って人を救い完全な安寧を保証する。

それができない聖女を人々は役立たずと呼び、信仰から次々離心し信徒をやめていってしまった。

事態を重く見た教会は彼女自身の実力不足か甘えだと断じ、その結果、エメインに過酷とも言える修行を課した。

断食に始まり水行、焼身など考え得る全ての修行を行った。

だが、エメインはいつまでも足りない聖女だった。相変わらず中途半端にしか人を救えない。

とうとう業を煮やした教会は、彼女を北の果てグランバーに連れて行った。

そこはセレスチアで最も過酷な寒冷地。教会は彼女を麻の服1枚で檻の中に放り込み何日も祈らせた。

祈りの集中が途切れる度に鞭を打ち、気を失う度に冷水を浴びせた。

当然のように食事は無い。

幾ら超常的な力を持つ聖女とはいえ、その体は普通の人間と同じく十分食事と温かな家と柔らかな衣服がいる。
セロンが教会と聖女の間に入った時、エメインは凍死一歩手前だった。



「酷い……どうしてそんな」

マリィは思わず声を漏らした。
マリィの脳裏に出会ったばかりのルークが過ぎり、彼女の姿と重なる。

しかし、国王は問題はここからだと言わんばかりにマリィの声を遮った。

「セロンは見ていられなかったみたいでね。
あの子、教会をどうにか言いくるめてグランバーから彼女を連れ出して食事を
せて医者に診せたのさ。
そしたら、エメインは、聖女の力を使えなくなっていると発覚した。 
力が失われたわけじゃない。実際結界はまだ維持出来ているしね。ただ新たに力を行使できなくなったというか……要は精神的問題さ。トラウマになっているみたいなんだよ、聖女として行う全てに。
ところが教会は反省するどころか、精神が貧弱だからそうなるんだと言って更に彼女を追い込もうとしている。
それがクリフォードの件さ。
彼らは聖女祭で、クリフォード達を使い彼女を追い詰めるつもりだ。
幾らトラウマになっていると言っても彼女でも聖女として格を見せつけないといけない場面になったら力を出せるだろうと楽観視しているんだよ、彼らは。
そして、あわよくばその力が更に覚醒する事を願っている。
覚醒も何も神から与えられているだけの聖女の力にそんな仕組みはないし、そんなこと有り得ないくらい、彼女はボロボロなのにね……?」

ルークはそっと彼女を見つめる。

彼女は国王が自分のことをずっと語っているのに無表情のままだった。

(でも、その気持ち、すごく分かる……。
僕にはマリィがいたけど、この人には誰もいなくて……だから、きっと……)

ルークは意を決して彼女の前に出た。

だが、ルークが前に立っても彼女は一向に反応しなかった。

人形のようにそこにいるだけ。

それでもルークは彼女の両手をそっと手に取り、小さな手で握った。

ルークは冷たい彼女の手に自分の体温が移っていくのを確かに感じた。

「僕、決めた。君の代わりに聖女になるよ」

その言葉にエメインの目が僅かに見開いた。





















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