43 / 77
38. 決心
しおりを挟む国王はルークの決心に僅かに口角を上げると、マリィに目を向けた。
「……ということだけど、どうする?」
マリィはそう聞かれ、ルークとエメインを見る。
エメインは本当に昔のルークにそっくりだ。境遇もそうだが、何より反応のない目が昔のルークを思い出させる。
そんなエメインをルークが助けたいとなるのも分かる。
だが、ルークがエメインを助けるということは、ナディアの養子入りを……クリフォードを許してしまうことになる。
考え込んでいるマリィに、そっと隣に人影が立った。マリィがハッとなると、そこにいたのはフィルバートだった。
「先生、俺の話を聞いてくださいませんか?」
フィルバートは眼鏡の向こうの目を真っ直ぐに国王に向けていた。
国王は玉座の上で足を組み、目を細めた。
「ほう、聞こうじゃないか?」
「まず、先生。これでは、どう考えてもルークもマリィ夫人も負担が大きすぎます。
聖女を騙るということは彼女が持つ重責を代わりに担ぐことになる。万が一、ルークが失敗したらマリィ夫人含め惨憺たる事になるでしょう。
そして、クリフォードの件。
俺としては他の懸念もあります。後に書類偽造で訴えるといったって、ズィーガー公爵家にナディアを入れたら、今のクリフォードのことです。一時的に貴族籍を持った彼女を使って聖女祭の件以外にも何かしませんか?
それもマリィ夫人が責任を取るとなったら、あまりに夫人が可哀想だ。
俺は反対です。貴方の提案は貴方が得をするだけだ」
その言葉に国王の瞳に険が帯びる。
だが、フィルバートはそんな国王を前にしても一歩を退くことなく、むしろ、対峙するように立った。
全てはこの親子の為に。
「家族が一人増えるということを簡単に考えないで下さい。
子どもが起こしたことは親にも問われる。それが人間社会だ。
貴方だってクリフォードとシルヴィーの件で実際に経験したでしょう。廃嫡して書類上は他人になっても、周りからは一生家族として見られ責任を問われ謝罪を求められる。
1度そうなってしまえば、一生、途切れることのない縁。それが家族だ。
かつて貴方から……そして、亡き王妃殿下に教わったことだ。
だから、俺は貴方の提案を却下し、この場に新しい案を出したい」
すると、フィルバートはマリィの方へ体を向けた。
眼鏡の向こう、前髪越しに見える琥珀色の目が、マリィを見る。
その琥珀色の目には決意があり、そして、マリィに対する深い思いやりがあった。
「マリィ夫人、俺はこう考えている。ナディアの養子入りをまず了承する。そして、同時に貴方は……」
その意外な提案にマリィは目を見開いた。
マリィ達が玉座の間から出たのは、既に日が落ちる寸前のこと。
オレンジの光に照らされた馬車の乗車場までの道をルークとマリィ、そして、そんな2人の後ろをフィルバートが歩いていた。
ルークは頭から離れないのかずっとエメインの心配をしていた。
「あの子、大丈夫かな? また酷いことされない?」
「大丈夫よ。ルーク。
陛下が言っていたでしょう? しばらくは王城で大切に保護するから問題ないって」
「そ、そっか……大丈夫なのか」
ルークはホッとした。
国王は聖女祭の直前まで教会に黙って彼女を保護するつもりだ。
聖女の不在などすぐバレそうなものだが、国王曰く馬鹿らしくなるくらい上手くいっているらしい。
数日前、教会は聖女として働けなくなった彼女を反省させる為、窓もない独居房に入れて監禁した。
だが、実際に彼らが監禁したのは、国王が上手く手を回しすり替えたエメインそっくりの人形。
放り込んだ彼らは誰1人それが人形だと気づかなかった。その上、誰も独居房を見張らず、中身も確認しなかった。その為、エメインがいないことに誰も気づく気配がない。
国王は「その杜撰さのおかげで上手くいったけど、流石に杜撰すぎて笑えない」と言っていた。
「また会えるかな……」
彼女が王城にいるならルークはまた会えそうな気がして、そうマリィに聞く。だが、それはマリィにも分からない話だった。
「何とも言えないわね。あの子はとっても大事な子だから。滅多に会える子じゃないのよ」
「……そっか」
「でも、ルーク。あの子の為に頑張るのでしょう? 会えないくらいで落ち込んではダメよ?」
「! うん、頑張る!」
ルークが力強く頷くと、それと同時に乗車場で待っていたズィーガー公爵家の馬車の扉が開かれた。
帰宅の時間が迫っている。
マリィは後ろを振り返って、フィルバートに頭を下げた。
「今日はありがとうございました。お陰で助かりました。ルークのことも……私のことも……」
それにフィルバートはいつものように首を横に振った。
「良いんだ。先生にまた無茶なことを言われたら、また相談してくれ。
あの人は俺の話なら聞いてくれる。
……はぁ。こんなことになってしまったが、家庭教師としてルークを、そして、貴方を支えられたら、と思っている。
これからよろしく頼む」
そう言ってフィルバートは手を差し出す。それにマリィは目を見開き、しかし、直ぐに自分の手を重ねた。
「ありがとうございます」
2人の手はどちらも優しさに満ち溢れ温かった。
お互いに手を離すと、ルークがフィルバートに駆け寄っていき、抱きついた。
「フィルバート……違った!
フィルバート先生、僕、待ってるからね!」
ルークに先生と呼ばれ、フィルバートは目を見開いた。だが、直ぐにフィルバートは微笑み、ルークを抱き上げた。
ルークとフィルバートの目線が合う。
「あぁ、待っていてくれ。君の為に頑張ろうと思う。
また追って連絡するが、できれば2週間後には始めたい。
それでだが……」
ふいにその瞬間、フィルバートの目がマリィに向いた。
そして、首を傾げるマリィにフィルバートは淡々と、何でもないように、特に何の下心もなく。
「マリィ夫人、俺と2人で出かけないか?」
そう誘った。
31
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】王妃はもうここにいられません
なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」
長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。
だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。
私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。
だからずっと、支えてきたのだ。
貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……
もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。
「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。
胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。
周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。
自らの前世と、感覚を。
「うそでしょ…………」
取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。
ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。
「むしろ、廃妃にしてください!」
長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………
◇◇◇
強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。
ぜひ読んでくださると嬉しいです!
【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる