真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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38. 決心

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国王はルークの決心に僅かに口角を上げると、マリィに目を向けた。

「……ということだけど、どうする?」

マリィはそう聞かれ、ルークとエメインを見る。

エメインは本当に昔のルークにそっくりだ。境遇もそうだが、何より反応のない目が昔のルークを思い出させる。

そんなエメインをルークが助けたいとなるのも分かる。
だが、ルークがエメインを助けるということは、ナディアの養子入りを……クリフォードを許してしまうことになる。

考え込んでいるマリィに、そっと隣に人影が立った。マリィがハッとなると、そこにいたのはフィルバートだった。

「先生、俺の話を聞いてくださいませんか?」

フィルバートは眼鏡の向こうの目を真っ直ぐに国王に向けていた。
国王は玉座の上で足を組み、目を細めた。

「ほう、聞こうじゃないか?」

「まず、先生。これでは、どう考えてもルークもマリィ夫人も負担が大きすぎます。
聖女を騙るということは彼女が持つ重責を代わりに担ぐことになる。万が一、ルークが失敗したらマリィ夫人含め惨憺たる事になるでしょう。
そして、クリフォードの件。
俺としては他の懸念もあります。後に書類偽造で訴えるといったって、ズィーガー公爵家にナディアを入れたら、クリフォードのことです。一時的に貴族籍を持った彼女を使って聖女祭の件以外にも何かしませんか?
それもマリィ夫人が責任を取るとなったら、あまりに夫人が可哀想だ。
俺は反対です。貴方の提案は貴方が得をするだけだ」

その言葉に国王の瞳に険が帯びる。
だが、フィルバートはそんな国王を前にしても一歩を退くことなく、むしろ、対峙するように立った。
全てはこの親子の為に。

「家族が一人増えるということを簡単に考えないで下さい。
子どもが起こしたことは親にも問われる。それが人間社会だ。
貴方だってクリフォードとシルヴィーの件で実際に経験したでしょう。廃嫡して書類上は他人になっても、周りからは一生家族として見られ責任を問われ謝罪を求められる。
1度そうなってしまえば、一生、途切れることのない縁。それが家族だ。
かつて貴方から……そして、亡き王妃殿下に教わったことだ。
だから、俺は貴方の提案を却下し、この場に新しい案を出したい」

すると、フィルバートはマリィの方へ体を向けた。
眼鏡の向こう、前髪越しに見える琥珀色の目が、マリィを見る。
その琥珀色の目には決意があり、そして、マリィに対する深い思いやりがあった。


「マリィ夫人、俺はこう考えている。ナディアの養子入りをまず了承する。そして、同時に貴方は……」


その意外な提案にマリィは目を見開いた。





マリィ達が玉座の間から出たのは、既に日が落ちる寸前のこと。

オレンジの光に照らされた馬車の乗車場までの道をルークとマリィ、そして、そんな2人の後ろをフィルバートが歩いていた。

ルークは頭から離れないのかずっとエメインの心配をしていた。

「あの子、大丈夫かな? また酷いことされない?」

「大丈夫よ。ルーク。
陛下が言っていたでしょう? しばらくは王城で大切に保護するから問題ないって」

「そ、そっか……大丈夫なのか」

ルークはホッとした。

国王は聖女祭の直前まで教会に黙って彼女を保護するつもりだ。
聖女の不在などすぐバレそうなものだが、国王曰く馬鹿らしくなるくらい上手くいっているらしい。
数日前、教会は聖女として働けなくなった彼女を反省させる為、窓もない独居房に入れて監禁した。
だが、実際に彼らが監禁したのは、国王が上手く手を回しすり替えたエメインそっくりの人形。
放り込んだ彼らは誰1人それが人形だと気づかなかった。その上、誰も独居房を見張らず、中身も確認しなかった。その為、エメインがいないことに誰も気づく気配がない。
国王は「その杜撰さのおかげで上手くいったけど、流石に杜撰すぎて笑えない」と言っていた。

「また会えるかな……」

彼女が王城にいるならルークはまた会えそうな気がして、そうマリィに聞く。だが、それはマリィにも分からない話だった。

「何とも言えないわね。あの子はとっても大事な子だから。滅多に会える子じゃないのよ」

「……そっか」

「でも、ルーク。あの子の為に頑張るのでしょう? 会えないくらいで落ち込んではダメよ?」

「! うん、頑張る!」

ルークが力強く頷くと、それと同時に乗車場で待っていたズィーガー公爵家の馬車の扉が開かれた。

帰宅の時間が迫っている。

マリィは後ろを振り返って、フィルバートに頭を下げた。

「今日はありがとうございました。お陰で助かりました。ルークのことも……私のことも……」

それにフィルバートはいつものように首を横に振った。

「良いんだ。先生にまた無茶なことを言われたら、また相談してくれ。
あの人は俺の話なら聞いてくれる。
……はぁ。こんなことになってしまったが、家庭教師としてルークを、そして、貴方を支えられたら、と思っている。
これからよろしく頼む」

そう言ってフィルバートは手を差し出す。それにマリィは目を見開き、しかし、直ぐに自分の手を重ねた。

「ありがとうございます」

2人の手はどちらも優しさに満ち溢れ温かった。
お互いに手を離すと、ルークがフィルバートに駆け寄っていき、抱きついた。

「フィルバート……違った!
フィルバート先生、僕、待ってるからね!」

ルークに先生と呼ばれ、フィルバートは目を見開いた。だが、直ぐにフィルバートは微笑み、ルークを抱き上げた。
ルークとフィルバートの目線が合う。

「あぁ、待っていてくれ。君の為に頑張ろうと思う。
また追って連絡するが、できれば2週間後には始めたい。
それでだが……」

ふいにその瞬間、フィルバートの目がマリィに向いた。

そして、首を傾げるマリィにフィルバートは淡々と、何でもないように、特に何の下心もなく。

「マリィ夫人、俺と2人で出かけないか?」

そう誘った。









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