このリージョナルジェット需要の構造的な変化と急激な需要減少は、世界的なパイロット不足、大手航空会社によるリージョナルジェットを運航する地域航空会社への運航委託が頭打ちとなったこと、リージョナルジェットよりも100席から150席の小さめの狭胴機(単通路機)に需要がシフトしたことなどを反映したものと考えられる。いずれにしても、このボーイング社の見立てが正しかったことは、その後のリージョナルジェットの納入実績によって実証されている。例えば、2004年から2023年までの20年間に納入されたMRJクラスのリージョナルジェット(70席から90席)は2000機程度であり、そのうちの300機あまりは中国とロシアの国産リージョナルジェットである。そしてこの納入実績は年々減少している。
このようなリージョナルジェットの需要不振を受けて、カナダのボンバルディア社はリージョナルジェットからの脱却を図り、2008年から小さめの狭胴機(単通路機)Cシリーズ(最大160席)の開発に乗り出した。2015年に完成はしたが、経営不振など紆余曲折の上、それをエアバス社に売却譲渡している(エアバスA220へ名称変更)。さらにリージョナルジェットであるCRJ(カナディア・リージョナルジェット)についても、型式証明を含む知的財産と施設設備を三菱重工に売却譲渡し、民間航空機から手を引き、今はビジネスジェットだけを生産販売し安定した経営を行っている。
一方、ブラジルのエンブラエル社はMRJ同様の燃費性能の高い新型エンジンを装備したEジェットE2シリーズを開発したが、販売実績は最大146席のE195-E2が大半であり、MRJ90の直接のライバルと目された90席のE175-E2は1機も発注がない。5月初めにエンブラエル社が狭胴機(単通路機)の開発に乗り出すかもしれないとのニュースが世界を駆け巡ったが、同社がリージョナルジェット市場の「オワコン」傾向を危惧したものと受け取られている。
2008年にボーイング社が予測したリージョナルジェットの需要縮減を前提に置けば、MSJの売却可能数はライバルとの競争があるなかで20年間で800機から1000機とみるのが妥当だった。1機売却によって得られる利益は一般に4~5億円といわれているので、20年間で得られる利益は3000~5000億円。したがって、開発費はせいぜい5000億円までに制限すべきだった。最初の計画通り開発費1500億円で済んでいれば問題はなかったのだが、相次ぐ設計変更と遅延で、2018年の時点で開発費は6000億円超まで膨れ上がり、この時点で事業としては破綻していた。最終的に開発費は1兆円を超えたといわれており、三菱重工としてはMSJの開発撤退は企業として致し方のない、というより経営上当然の判断であった。
三菱重工によるリージョナルジェット市場の需要予測の読み違えは、不幸なことではあったが、この予測の参考ベースには経済産業省がバックアップする一般社団法人「日本航空機開発協会(JADC)」やカナダのボンバルディア社などの過大な需要予測があったと考えられるので、三菱重工だけの責任とはいえない。ただ、惜しむらくは、三菱航空機はボーイング社とコンサルタント契約を結んでいた点である。もしボーイング社の需要予測に着目していれば、ボーイング社から的確なアドバイスを受けられていたかもしれない。
アメリカはリージョナルジェットの世界最大市場(約7割)であり、アメリカを制することが航空機メーカーとしての生命線である。アメリカの大手航空会社は「ハブ・アンド・スポーク」と呼ばれる路線形態を形成し、自社は基幹路線(ハブ)を運航し、需要が小さな路線(スポーク)についてはリージョナルジェットを運航する地域航空会社に運航委託している。しかし、大手航空のパイロット組合から見れば、地域航空への委託が増えることは自分たちの職域を侵すものにほかならない。ましてやリージョナルジェットが大型化してきたことは看過できない事態であった。そこで、労使交渉の末、スコープ・クローズと呼ばれる協定を結び、リージョナルジェットの席数、大きさを制限することになったのである。航空会社で違いはあるが、代表的なスコープ・クローズによるリージョナルジェットへの制限は「席数:最大76席」「最大離陸重量:39トン(8万6000ポンド)」である。