三菱スペースジェット(MSJ)開発断念は、三菱重工業にとっても日本の航空機産業にとっても痛恨の極みであったが、経済産業省は3月、この開発失敗の教訓を糧にしつつ2035年以降に次世代旅客機の事業化を目指す戦略案を打ち出した。戦略案の中では開発失敗の要因となった「事業化を可能とする能力の不足」是正の必要性を訴えている。この文脈に沿って、開発失敗の要因を徹底的に精査する観点で、一般にはほとんど語られていない失敗要因について述べたい。なお、本稿は三菱重工の責任を追及する意図はなく、あくまでも開発失敗の要因をすべて明らかにして、その教訓を糧として後世の旅客機開発に役立ててほしいという趣旨である。
一般的には、航空機の型式証明を取得するためのノウハウが決定的に不足し、開発遅延と開発費高騰につながったことが主な失敗要因といわれている。それはその通りなのだが、要因はそれだけではない。そもそも論になるが、MSJという航空機製品の販路であるリージョナルジェット航空機市場のマーケット・アナリシス(市場の規模や特性・動向などの分析)で最初から大きな読み違いをしていた。具体的には、需要規模の過大評価と、最大販路である米国市場の特性の読み違いだ。
2008年に三菱重工が三菱リージョナルジェット(MRJ)の開発を正式に宣言した際、開発着手の前提としてリージョナルジェット市場の需要が下記のように非常に大きいことを掲げた。
(1)今後20年で全世界の運航数が3倍に増加し、約5000機の新規需要が予測される。
(2)MRJが該当する70~90席クラスは、3500機の市場規模が見込まれる。
その後10年以上、三菱重工は一貫して記者会見、事業戦略説明会などさまざまな機会で上記の需要予測を掲げ、メディアもこれを引用した。開発開始11年後の2019年7月12日の事業戦略説明会では、改めて「今後20年間で5000機以上の需要」がある旨、図を示して強調している。
しかしながら、三菱重工が描いた「20年間で5000機以上の新規需要」というのは過大な予測で、実際の需要はその半分程度しかなかった。これは2020年以降のコロナ禍による悪影響とはまったく関係がない。実はMRJの開発がスタートする2008年以前からリージョナルジェット市場に構造的な変化が発生し、航空機需要の急速な減少が起こっていたのである。そして、米ボーイング社はこの市場の構造的な変化と大幅縮小を的確に把握していた。
ボーイング社は毎年、商用航空機市場予測レポート(Commercial Market Outlook/CMO)を発表し、20年先までの新規需要数を各カテゴリーの機材ごとに予測している。同社は狭胴機(単通路機)と広胴機(双通路機)のみを販売しているが、100席以下のリージョナルジェットについても需要予測を行っている。
リージョナルジェットについて2004年までは20年間で4300機程度の新規需要があると予測していた。しかし、2005年から一転して減少傾向の需要予測となり、MRJの開発がスタートした2008年の段階では「20年間で2510機」にまで落ち込んでいた。(下の図を参照)これは三菱重工の予測の半分である。さらに、2009年のボーイング社予測では、さらに減って2100機にまで落ちている。