以上の結果、単純な金額を比較すると、TSMC熊本工場の経済波及効果は柏崎原発の約2倍、ラピダス北海道工場の経済波及効果は柏崎原発の約6倍ということになる。したがって、熊本県知事が「100年に1度」、ラピダスの小池社長が「1000年に1度」のビッグチャンスと発言したくなる気持ちも分からないではない。しかし、TSMC熊本工場およびラピダス北海道工場と、柏崎原発とでは、決定的な違いがある。その詳細を以下で論じたい。
TSMC熊本工場は、半導体の受託生産のビジネスを行うことになっている。受託生産というのは、半導体の設計を専門に行うファブレス企業などから半導体の生産を委託され、その半導体をシリコンウエハ上に生産することを意味する。
では、TSMC熊本工場には誰が生産委託をするのだろうか。半導体の設計を専門に行うファブレス企業は、米国に約500社、台湾に約300社、中国には2800社以上もあるが、日本には10社あるかどうかというお寒い状況である。このファブレス企業の数からいうと、TSMC熊本工場は、主として海外向けの半導体の受託生産を行うのではないかと思われる。ただし、TSMC熊本工場には、ソニーが20%、デンソーが10%資本参加しているため、ソニーとデンソーがTSMC熊本工場に生産委託するかもしれない。しかし、その割合は月産5.5万枚のうちの1~2万枚位しかないと推定している。
このように思っていたら、もしかしたらTSMC熊本工場ではつくるものがないかもしれないという懸念が浮上した。図1は、TSMCの地域別の売上高を示している。コロナ特需が起きた2021年以降、日本および欧州の売上高が増大していた。ところが、日本も欧州も2022年Q4にピークアウトして、売上高が減少している。つまり、台湾のTSMCの本社工場で日本向けの半導体売上高が減少しているわけだが、そのようななかで、TSMC熊本工場で日本向けにつくるものがあるだろうか。
さらに悲観的なデータがある。図2は、TSMCの各テクノロジーノードの売上高を示す。TSMC熊本の第1工場で生産する予定の28nmと16nmの売上高が急激に減少している。加えて、第2工場で生産が検討されている7nm(6nmを含む)の売上高がピーク時より半減しているのである。
以上をまとめると、日本にはファブレス企業がほとんどないため、TSMC熊本工場は、そもそも日本向けの半導体をあまり生産しないだろう。加えて、台湾のTSMC本社工場で日本向け半導体売上高が減少しており、TSMC熊本工場で生産する予定の28nm、16nm、6nm(7nmの改良品)の全ての売上高が減少している。となると、TSMC熊本工場では、つくるものがないのではないか。
そもそも筆者は、ラピダスが2nmの先端ロジック半導体を量産できると思っていない。その詳細は拙著記事『ラピダス、税金から補助金5兆円投入に疑問…半導体量産もTSMCとの競合も困難』(2023年7月6日)、『社員200人のラピダス、2nm半導体の量産は困難な理由…TSMCは7万人以上』(2023年9月8日)などで論じた。
しかしここでは、一万歩譲ってラピダスが2nmをつくれるようになったと仮定して、それで何をつくるのかということを論じたい。ラピダスは2023年11月13日、2023年度内に米シリコンバレーに営業拠点を設置することを表明した。ラピダスの小池社長は「米国は顧客となる企業が多い。事業をグローバルに展開したい」と開設の狙いを語ったという(2023年11月14日付日経新聞)。そして、その2日後の11月16日、ラピダスは人工知能(AI)向け半導体を設計・開発するカナダの新興企業のテンストレントと提携すると発表した。同日、米シリコンバレーで業務提携に関する覚書の調印式を開き、ラピダスの小池社長は「テンストレントが当社の最初の顧客になることを期待する」と語ったという(2023年11月17日付日経新聞)。