保険金の不正請求問題を起こし経営危機に陥っているビッグモーターの買収を検討している大手総合商社・伊藤忠商事が、もし買収した場合に約5000人にいるビッグモーター全社員の雇用を維持する方針であることがわかった。伊藤忠の岡藤正広会長は5日、本社で行われたイベントに出席し、「5000人の雇用は、やっぱり守ってあげたい」と発言した。買収の狙いはビッグモーターが全国に持つ店舗網や整備工場、豊富な中古車在庫の獲得や、伊藤忠が持つグループ企業との相乗効果であり、人員については大幅な削減を行うとの見方もあっただけに、岡藤会長の「雇用維持宣言」は一部からは驚きを持って受け止められている。
ビッグモーターの経営は綱渡りの状況が続いている。不祥事の影響で中古車の売上が激減し、金融庁による処分を受けて先月末をもって損害保険代理店としての登録が取り消されている。8月には銀行団から借入金90億円の借り換えに応じない旨も伝えられているが、伊藤忠が資産査定を経て買収を判断するのは来春になる見通しであり、それまでに資金繰りが悪化して経営破綻する恐れもある。ビッグモーターは銀行団につなぎ融資を要請していると報じられているが、銀行団が応じるかは不透明だ。
これまでビッグモーターは自主再建を断念して他社資本の受け入れによる再建を視野に、中古車買い取り・販売店「ガリバー」を運営するイドムやオリックスに接触していたが、すでに両社は断念したとみられる。伊藤忠は11月、子会社の燃料商社・伊藤忠エネクス、企業再生ファンド・ジェイ・ウィル・パートナーズと組み、ビッグモーターとデューデリジェンス(資産査定)を独占的に実施する基本合意書を締結したと発表。伊藤忠はグループに輸入車・中古車販売のヤナセ、タイヤ小売りの英国クイック・フィット、国内保険ショップ大手のほけんの窓口グループを保有しており、伊藤忠エネクスはグループに約100店舗を展開する日産大阪を持っている。また、伊藤忠の持ち分法適用会社、東京センチュリーはニッポンレンタカーサービスを傘下に持つなど、グループとして自動車ビジネスを幅広く展開しており、相乗効果を見込める。
相乗効果を生むにあたっては、ビッグモーターが全国に抱える店舗網・整備工場、中古車在庫は魅力的である一方、伊藤忠の岡藤正広会長が5日に「レピュテーション(評判)リスク」と口にしたように、損害保険会社や個人客に対する重大な不適切な行為が多数発覚しているビッグモーターを買収することによる伊藤忠グループの信用低下リスクも懸念される。
損保会社に巨額の保険金不正請求を行っていたビッグモーターでは、個人客への多数の問題行為も明らかになっている。消費者庁は10月、2022年度に同社に関する相談が約1500件も寄せられていたと発表したが、同社が提供する撥水加工「ダイヤモンドコーティング」をめぐり、営業担当者がコーティングを望んでいない顧客に対し車の販売は困難だと伝え、顧客から約7万円のコーティング料金を取って販売したものの、コーティングを施さないまま納車した事例もあったという(10月1日付「FNNプライムオンライン」記事より)。また、トヨタ「クラウン」の最上級クラス「RS Advance」の購入を希望し購入契約の締結と頭金の支払いも済んだ顧客に対し、営業担当者が5段階下のクラスの車を納車しようとしていたこともあったという(10月5日付「FNNプライムオンライン」記事より)。
このほか、車の購入者が代金の約100万円を現金で支払おうとしたところ、店舗の営業担当者から総支払額は変わらないので1年だけローンを組むよう説得され、結果的に120万円を支払う羽目になったり、新品タイヤなど30万円相当のオプションを無償で付けるのでローンを組むよう言われた客が、約束を反故にされオプション分を有償で契約させられたケースも(8月11日付「AUTOCAR JAPAN」記事より)。ビッグモーターに売却した車について冠水した過去はないにもかかわらず、冠水した跡があるとして突然700万円の賠償請求訴訟を起こされたり、店舗で売却のキャンセルを告げると店長から罵声を浴びせられるようなケースもあったという(8月11日付「弁護士ドットコムニュース」記事より)。このほかにも、中古車の一括査定サイトでは、登録した顧客のメールアドレスや電話番号などを入手し、その顧客になりすまして勝手に登録を解除する一方で顧客に接触し、他の中古車買取業者との価格競争を回避する「他社切り」という行為まで横行していたという(8月9日付「FNN」記事より)。