そのような状況の企業に対して伊藤忠商事が出資をするメリットがあるのか? と一般的には疑問に思う方も多いと思います。デューデリジェンスとは、何らかの買収なり救済を前提にまずはビッグモーターに情報を開示してもらい、現在の経営状況を伊藤忠商事が吟味をする段階です。この段階では、まだ伊藤忠商事にはリスクはありません。
問題は、事業の中身を吟味した次に、どのような形で事業を引き継ぐかです。ここは、さまざまなスキームがあり、同時に伊藤忠商事陣営と創業家の兼重親子の間で駆け引きが行われる部分です。ここまで信用が低下した企業体とはいえ、仮に創業家の影響力がなくなり、経営陣が総入れ替えになるような状況が成立すれば、信用が回復でき黒字体質に戻る可能性は高いでしょう。たとえば伊藤忠ブランドで伊藤忠傘下の別会社が、ビッグモーターの営業権だけを譲渡させて全国250の店舗網、130の工場網、業界随一の中古車在庫などの資産を引き継げば、かつて『売上高7000億円』を誇った頃のような莫大なビジネス価値が手に入ります。
業界としては破格の給与が払われてきた点がボトルネックではありますが、人手不足の昨今、これだけの数の社員をまとまって雇用できる点もビジネス価値が高いです。さらにこれらの営業資産はトータルで見て、今後、モビリティビジネスが大きな変革期を迎えることを考慮すると、伊藤忠グループの自動車事業全体の戦略を変えていくための武器にもなりえます。
そうなると結局のところ、条件次第ということになるでしょう。創業家としては現在会社が抱えている訴訟リスクや巨額になると想定される補償をどれだけ一緒に手放すことができるかが交渉のポイントとなるでしょう。買収する側はできればそれらのリスクをなしに営業権譲渡に持っていきたいでしょうけれども、そのような買い手有利な条件が前面に出過ぎた場合はこれまで同様に今回も破談になる可能性は高いでしょう。
伊藤忠は、デューデリジェンス前の感触ではビッグモーターには事業再生価値が十分にあるという見立てがあったことが今回の動きの前提でしょうから、これらリスクに対して何らかの双方が呑める妥協点を見いだせるかどうかが今後の交渉の争点になるでしょう」
ビッグモーターによる不正行為は顧客にもおよんでいた。消費者庁は10月、2022年度に同社に関する相談が約1500件も寄せられていたと発表したが、同社が提供する撥水加工「ダイヤモンドコーティング」をめぐり、営業担当者がコーティングを望んでいない顧客に対し車の販売は困難だと伝え、顧客から約7万円のコーティング料金を取って販売したものの、コーティングを施さないまま納車した事例もあったという(10月1日付「FNNプライムオンライン」記事より)。また、トヨタ「クラウン」の最上級クラス「RS Advance」の購入を希望し購入契約の締結と頭金の支払いも済んだ顧客に対し、営業担当者が5段階下のクラスの車を納車しようとしていたこともあったという(10月5日付「FNNプライムオンライン」記事より)。
同社社員のよる悪質な行為は枚挙に暇がない。車の購入者が代金の約100万円を現金で支払おうとしたところ、店舗の営業担当者から総支払額は変わらないので1年だけローンを組むよう説得され、結果的に120万円を支払う羽目になったり、新品タイヤなど30万円相当のオプションを無償で付けるのでローンを組むよう言われた客が、約束を反故にされオプション分を有償で契約させられたケースも(8月11日付「AUTOCAR JAPAN」記事より)。ビッグモーターに売却した車について冠水した過去はないにもかかわらず、冠水した跡があるとして突然700万円の賠償請求訴訟を起こされたり、店舗で売却のキャンセルを告げると店長から罵声を浴びせられるようなケースもあったという(8月11日付「弁護士ドットコムニュース」記事より)。このほかにも、中古車の一括査定サイトでは、登録した顧客のメールアドレスや電話番号などを入手し、その顧客になりすまして勝手に登録を解除する一方で顧客に接触し、他の中古車買取業者との価格競争を回避する「他社切り」という行為まで横行していたという(8月9日付「FNN」記事より)。