ディズニーストアの英断「商品数8割減」の勝ち筋

20代の女性たちをコアターゲットにした商品展開にシフトしたという(写真:IYO/PIXTA)
大学を主とした高等教育の低下、女性の管理職への登用率の低さ、従業員のエンゲージメントの低さ……など日本社会が抱える課題は、単に外資のマーケティングやマネジメントを論じたり、実践したりするだけでは解決しないと、株式会社KUREYON代表取締役の中澤一雄氏は指摘します。
 
ではいったい、外資の本当の意味での合理的なマネジメントとはどんなものなのでしょうか。45年の長きにわたり外資系企業を渡り歩いた中澤氏が、みずからが体験したディズニーストアでの実例を紹介します。
 
※本稿は、中澤氏の著書『ディズニーとマクドナルドに学んだ最強のマネジメント』から、一部を抜粋・編集してお届けします。
 

49歳で決断したディズニーストアへの転職

38歳の時にアメリカから戻ってきて10年間、日本マクドナルドで働いた私は、マクドナルドでできることはほとんどやり尽くしたという実感を持つようになりました。そして、外食とはまったく違う物販に挑戦してみたいという思いが日に日に強くなっていました。と同時に、日本帰国後はヘッドハンティングのお話も、ちらほらいただくようになっていました。

1997年の秋頃、折しもそこへディズニーストアから転職のお話をいただきました。当時の社長の評判があまりよくなかったため、「次の社長が来るのであればお受けしたい」とヘッドハンターに伝え、次期社長に決まったポール・キャンドランドと面談させていただくと、お互いに意気投合。

1999年、49歳でディズニーストアへの転職を決断することになりました。

もちろん、簡単にマクドナルドを辞めることはできませんでした。藤田田さんには2度も退職届を破られ、強く引き留められたのですが、「とりあえず1度外に出させてください。武者修行のつもりで行かせてください」と説得し、ようやく許可をもらうことができました。

こうして1999年4月1日付で私はディズニーストアに入社。3日間のオリエンテーションを受けた後は、3カ月間のトレーニングを受けるために渡米し、セントルイス近くのショッピングセンター内にあるディズニーストアで研修を受けました。若いキャストと同じ服装を着ての接客トレーニングを受けることになったのです。

ディズニーストアに転職し、研修を受けている時、ディズニーにもマクドナルドと同じような分厚いオペレーションマニュアルがあったことがとても印象に残っています。

やはり世界を制する企業には、こういった分厚いマニュアルが用意されているのだなという認識を新たにしました。

ところが、日本に帰国すると、ディズニーストアにはオペレーションマニュアルがありませんでした。1992年にオープンしてから7年が経過し、アメリカからは優秀なエクスパット(駐在員)が派遣されていたにもかかわらず、です。

私は急遽アメリカから持ち帰ったオペレーションマニュアルを日本語に翻訳させ、スタッフへの徹底的な指導を始めることを決めました。

痛感したのは「飲食店」と「小売店」の違い

さて、外食産業のマクドナルドから物品販売業のディズニーストアに転職してからというもの、私はその両者の違いを強く痛感するようになりました。

外食産業では、「回転率」と「客単価」がとても重要です。外食の店舗では、来店した人がほぼ100%何かを買ってくれるのが当たり前だからです。もちろん、客席が満席なら話は別ですが、ほぼ間違いなく来店=購入となっています。

ですから、いかに回転率を上げるか、いかに客単価を大きくするかが大事なのです。

しかしながら、マクドナルドの場合は、ドライブスルーを運営していますので、客席数が関係ないため、回転率よりもむしろオペレーションの時間をどれだけ短縮できるかということが重要になってきます。そのため、マクドナルドでは、従業員たちは回転率・客単価に加えて、オペレーションの質を高めて時間を短縮するということにも心血を注ぐようになるのです。