こうしたことから、経営がフルリモートを維持することで組織全体の生産性が落ちているのではとないかと判断される可能性はあると思います。もちろんフルリモートでもできる会社はあると思いますが、比較的リモートを推進してきたテクノロジー系企業が出社に少しづつ回帰しているところから、それは簡単な事ではなかったのだと思います。
企業の経営陣は売上や利益はもちろんですが、社員一人当たりどれくらいの利益を出すのかという指標を持って追っていたりします。生産性ですね。リモートから出社に切り戻す会社は各種指標を満たし続けることが難しいと判断したのかもしれません。
このほか、あくまで可能性の話として、リモートワークを縮小させている米国テック企業がそうであるように、人員がダブつき始めたため人員余剰の解消という目的もあるかもしれません。ちなみに日本の名の通ったテクノロジー系企業のなかには、表立っては発表や話題になっていないもののリモートワークを縮小させて出社に戻している企業が増えています」
働き手側が意識すべきことは何か。
「企業の経営にとっては人を雇用するのもシステムを導入するのも同じ支出、投資として2つを並列にとらえています。善し悪しの問題ではなく、財務的にはそうなるというお話です。これまでは『システムはコストが高い。人を雇ったほうが安い』として導入を見送っていたシステムのコストが大きく下がり、そこに充てていた人材の人件費が上昇するとします。そうすると、人を雇用する代わりにシステムを導入するのは自然な経営判断になります。たとえば、生成AIのChatGPTやLLM(大規模言語モデル)の性能が飛躍的に向上して、それなりに実用性がある形になり始めました。エンジニアやコンサル、ホワイトカラー全般に影響を与えていくでしょう。システムもSaaS等により日進月歩で進んでき、価格競争をしています。こちらは業務運用するオペレーターに影響がでるかもしれません。
ファミリーレストランでは人の代わりに猫型配膳ロボットが配膳をする光景は当たり前になりましたが、AIとロボティクスが現実的な形でサービス化されていくかもしれません。人件費が高騰する一方でシステムの導入コストがどんどん低下していけば、同じような現象が広い領域で進行することはありうると思います。
そうなると、人手不足で高い採用費、人件費、労務管理費を支払い、徐々に社会保険料の負担が増える。しかし、解雇規制が厳しく雇用調整が難しい。それなら人を雇用する代わりに、こうしたシステムを導入するというのは流れとして起こり得る事だと思います。
そして、テック企業にとって大きなコストはシステム費用、人件費、広告宣伝費になります。広告宣伝費は調整できるとして、迅速かつ大幅にサーバ代やシステム利用料金を削減することが難しいとなれば、余剰人員の削減に手をつけることになります。明言はできずとも、ここ数年のコロナバブルというような好景気に過剰に雇用し過ぎて、膨張しすぎた組織のスリム化したいという企業もいるかもしれません。
踏み絵としてフルリモートなど既存の権利、福利厚生を縮小してやんわりとレイオフをするという可能性もありうるかと。もちろんこの手のレイオフは過去の事例をみると、やめて欲しくない人から辞めやすく、そうでもない人が残るという事態になりがちであったりします。法務的なリスクもあるでしょう。ただ、恐らく普通のコーポレート機能をもっている会社ならば事前に検討して織り込んで動くのだろうと思います。
労使のパワーバランスはシーソーゲームであり、力関係の上下が一定期間の間隔で入れ替わり続けるという現実をもう一度再確認したほうがよいかなと。1990年代中頃からリーマンショックを挟んで約20年ほど続いた就職氷河期時代は景気が悪く、労働者より企業のほうが立場が圧倒的に強い時期が続きました。ここ10年ほどの景気回復に人手不足が重なったことで、それが逆転していました。そのためアベノミクスからコロナが落ち着くまでの数年は、職種、業界によってはスキルが未熟な人材でも良い待遇で比較的容易に雇用されており、そうした人材が戦力にならずにマネージャー層が消耗する弊害も目立ち始めています。そして、2023年あたりから需要が落ち着いて、業界や職種、職位によってはダブつきが見られるようになった気がします。