周囲を海に囲まれた島国ということもあり、水産資源が豊かといわれる日本だが、昨今、国内産・海外産問わず、水産物の流通に関して芳しくない状況が続いている。2022年に水産庁が発表した「令和4年度 水産白書」をもとに日本の水産物に関する現状を見ていこう。海外では和食ブームや健康意識への高まりにより魚食が注目されており、一人当たりの食用魚介類の消費量は増加の一途をたどっている。特にアジア、オセアニア地域の伸びが顕著であり、過去50年で中国では約10倍、インドネシアでは約4倍に増加。一方の日本は、世界平均の約2倍の消費量となっているが、約50年前の水準を下回っている。
世界的に水産物の争奪戦が進むなか、日本は海外産の魚を「買い負け」続けている。世界的な需要の高まりで価格が高騰しており、国内の消費者が追随できなくなっているからだ。そのほか諸々の要因も重なり、水産物の輸入量は11年の448万tから21年には365万tへと減少した。
国内の漁業・養殖業の生産動向もよくはない状況だ。21年の漁業・養殖業生産量は、前年から2万t減少の421万tと過去最低クラス。マイワシの漁獲量が急増したとはいえ、1282万tと生産量ピークを迎えた1984年に比べると約67%も減少しており、わずか3分の1に。近年ではサンマやイカ、サケなどの不漁もささやかれており、全体的に魚の価格は高止まりで推移している。
この状況が続けば、リーズナブルな価格で味わえる回転寿司が姿を消すことも決してあり得ない話ではない。そこで今回は日本の水産物をめぐる問題点について、ピュー・チャリタブル・トラスツの海洋フェロー賞受賞歴を持つ学習院大学法学部教授の阪口功氏に解説してもらう。
1990年代のバブル崩壊以降、日本は不況とデフレに陥り、年々価格が上がる海外産水産物の買い付けができなくなってしまったという。
「日本では所得が低迷し、水産物の価格が上昇していくなかで、水産物への需要が大きく減りました。そして、消費者は魚の代わりに、より安価で手に入りやすい鶏肉や豚肉に消費をスイッチさせていき、魚の消費はどんどん減っていったのです。また海外産の良質な水産物は、価格が高くて買い付けできなくなっています。わかりやすい例でいえばサケ。国際マーケットでは、ノルウェーの養殖サケの人気が最も高いのですが、日本では欧米だと人気が落ちるチリ産の養殖サケじゃないと価格が高くて買い付けできなくなりつつあります。チリ産のサケは抗生物質まみれで欧米では嫌われているのですが、比較的安価で大量に輸入できるため、国内で目にする機会が多いのです」(阪口氏)
質のよい水産物の販路が確保できなくなると低質な魚を購入せざるを得なくなり、消費者に健康被害を及ぼす懸念もある。そもそも海外産の水産物を輸入しているのは、国内の漁業が衰退し続けていることが理由だと阪口氏は指摘する。
「日本ではマイワシ、鯖などに設定されている総漁獲枠(年間に漁獲してよい上限)の設定値が高く、普通に漁業を行っているだけではまず到達できないような値となっていました。そのため規制としては、実質的に機能しておらず、結果乱獲が深刻化。大きい魚がいなくなり、小さな魚しか水揚げされなくなり、数十年間にわたって漁獲量が減少していったのです。
漁獲量を厳密に設定すると、乱獲防止につながるので、必要性が議論され続けてきました。ただしそうなると、漁業者の間で漁獲の競争が苛烈になり、漁獲枠を全国の団体や漁協に配分せねばいけません。枠をめぐる政治的な対立や行政の負担増が懸念され、長い間実現しなかったのです。18年の改正漁業法により、サンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、マサバ、ゴママサバ、スルメイカ、ズワイガニという魚種ごとに1年間の漁獲可能量、通称TACを定め、船舶ごとに数量を割り当てる個別漁獲割当制度(IQ制度)をようやく設けました。しかし個別割り当ては、マイワシとサバがようやく始まったぐらい。8魚種以外に関しても水産庁が漁業者と交渉していますが、反発が大きく、改正には至れていない状況です」(同)