360度評価の罠、なぜ失敗…人事評価に直結は危険、社員の能力向上に確実な効果

外資系企業と日本企業では大きな違い

――先ほど評価者向け研修の実施は現実的に難しいとうかがいましたが、それでも趣旨に即した適正な評価ができるのでしょうか。

安藤 評価の目的が人材育成であり、360度評価だからといって必ずしも客観的なわけではなく、あくまで評価結果を「評価者の主観の集合体」と捉えて実施する企業が増えています。

――御社のクライアントで360度評価を実施している業種や企業規模は、どんな分布状況ですか。

安藤 社員100人から1000人の間が多く、業種で多いのはIT系です。IT系企業は社員の現場が違うことが多く、プレーイングマネージャーも多いので、周囲の社員に評価してもらおうという意図があるのです。

――IT系企業の多くがリモートワークを導入していますが、バリューの体現を評価するうえで行動が見えにくいので、評価もしにくくなるという問題はありませんか。

安藤 あります。発言や行動は直に触れないとわからないので、リモートワークの環境下ではバリューの評価はできません。評価できるのは皆で会議をする時の態度ぐらいです。さらに組織を円滑に運営するには雑談が大事であることを、多くの企業がコロナ禍でようやく気づいたので「対面回帰」が起きています。

――外資系企業の360度評価と日本企業との違いについてはいかがでしょうか。

安藤 それほど違いません。ただ、文化の違いによるフィードバック内容の具体性の違いがあると思います。日本人はネガティブフィードバックが苦手なので、やんわりと伝えたり、遠回しに伝えることが多いうえに、360度評価を実施する時にメンバークラスはネガティブフィードバックの訓練を受けていないので、「こんなことを書いたら敵にされる」などと心配してきちんとしたフィードバックができないという問題はあると思います。一方、欧米の企業では360度評価でズバズバとフィードバックし合うことが、文化としては見られます。直接的にフィードバックすることが本人のために誠実であるという文化ですが、日本企業では本人が気づくように配慮することが誠実であるという文化です。

――各評価者のコメントはコンサルタントや人事部が取りまとめて本人にフィードバックするわけですね。訓練を受けないでコメントを記入する社員のなかには、問題のある書き方も多いのではないかと思います。

安藤 メンバークラスから「この人はここがおかしい」とか「そもそも人間として問題だ」など人格否定のコメントが散見される場合があります。それらをそのまま本人にフィードバックするとまずいので、コンサルタントは表現を変えています。適正な表現に変えるべきだと思います。

――ネットの書き込みのようなレベルのコメントですね。

安藤 匿名性があるので、ネットの書き込みと原理は一緒です。それをそのまま人事部が本人にフィードバックしてしまって、本人が集団リンチを受けるような会社は嫌だという理由で退職したケースもあります。よくある失敗パターンです。

――人事部はコンサルタントにサポートしてもらわないと危険ですね。

安藤 実際、360度評価を初めて導入する場合は、我々のようなコンサルタントにお声がけいただくことが多いです。

――360度評価をコンサルティングしている御社では、コンサルタントを対象に360度評価を行っているのですか。

安藤 行っています。弊社には7つのバリューを設定していますが、一つひとつバリューについて体現している人を全員で投票して、上位3人ぐらいをオープンにしています。上位者の行動を学んでもらおうという意図です。

(構成=小野貴史、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント)