安藤 導入が始まった1970年代にはドカンと増えましたが、80年代から90年代にかけて「これ、使えないよね」という評判が広がってやめる企業が増えました。その後2000年代に入って「使いどころを変えると使えそうだ」という見方が出て、また増えてきました。
――どんな理由で「使えない」という評判が広まったのですか。
安藤 例えば360度で同僚から評価されるとなると同僚同士の談合が発生したり、上司が部下に評価されることに備えて変に媚びたりして、適正な評価が行われないような事態が起きたのです。納得感を高めるために導入された360度評価ですが、納得性と客観性はイコールではありません。ここが盲点です。メンバークラスの社員はマネージャーと違って、人を評価する訓練を受けていませんが、「どのぐらいの評価ならS」「このぐらいならA」という評価の目線合わせを全社員に実施することはかなり大変です。現実にはできないので、メンバークラスは評価のリテラシーが低く、マネージャークラスに比べて客観的な評価ができないのです。こうして、客観性を担保して納得感を高めることは現実にはできないという理由で、360度評価は萎んでいったのです。
――評価者対象の研修では、例えば目立つ特徴に引っ張られて対象を評価してしまう心理効果である「ハロー効果」に注意するように教えられます。目線合わせが実施されないと防げませんね。
安藤 我々もコンサルタントとして360度評価を分析していますが、ハロー効果が顕著に現われています。ある種の人気投票という側面が出てしまうのです。
――フィードバックの仕方も重要ではないでしょうか。上司、同僚、部下の全員からネガティブな評価を受けた項目があれば、本人に渡すシートのコメントを慎重に書かないと、集団リンチを受けたような気分になってしまうと聞きます。
安藤 実務的なポイントですが、360度評価を実施したら結果を本人に「読んでおいてね」と渡すだけではダメです。明日からもマイナス評価をした人たちと働いていくので、本人は悶々としていますし、この評価をつけたのは誰なのかと犯人捜しをしかねません。必ず集合型の研修を実施して、結果を皆で解釈する時間が必要です。とくに自己評価と他者評価のかい離が大きかった項目について思い当たるフシがあるかどうか。ここが重要なのです。自分ができていると思っていても、相手から見ると全然できていないとか、その逆もありますが、ギャップを考える機会が360度評価の核心なのです。そして研修の後に懇親会を開いて、思いを吐き出させることが大切です。
――360度評価は人事評価にどのように紐づければよいのですか。
安藤 人事評価は昇進昇格や昇給に関わるので、360度評価を結びつけることはかなり危険です。給料に結びつくとなれば、当然談合に走りがちですし、人気投票で給料が決まったら、たまったものではありません。この問題を踏まえて最近は人材育成を目的に実施されることが多いです。管理職のマネジメント能力を高めるために360度評価を実施する場合も人事評価に紐づかせないで、あくまでマネジメント能力を育成するために現在地を測ってみる目的で実施されることが、圧倒的に多くなっています。
――実際、360度評価は成果が出る手法なのですか。
安藤 しっかりとフォローすれば成果が出ます。ある研究によれば、360度評価を実施した後に結果を解釈するワークショップを開けば、どんなに辛い評価を受けていても6カ月後には「厳しいフィードバックを受けてよかった」と認知を変える人が多いのです。さらに実施の2年後に管理職のマネジメント能力が上がっているという調査結果もあります。結果が出るまでには時間はかかりません。