来月(10月)のインボイス(適格請求書)制度の運用開始が目前に迫るなか、廃業する声優や廃業を検討する声優が後を絶たない。これまで課税売上高1000万円以下の事業者と個人事業主は消費税の納税を免税されていたが、制度開始後は免税事業者か課税事業者のどちらになるかを選択する必要が出てくる。免税事業者になれば、税負担を嫌がる発注元から取引を避けられる懸念があり、課税事業者になれば新たな税負担と煩雑な事務手続きが発生するため、いずれを選択しても個人事業主はリスクや負担を追うことになる。個人事業主が大半を占める声優の現在について、内情に詳しい有志グループの証言も交え追ってみる。
『ガンダム』シリーズなどのアニメプロデューサー・植田益朗氏、『呪術廻戦』総作画監督の西位輝実氏、『機動戦士Zガンダム』エマ・シーン役の声優・岡本麻弥氏は6月、日本外国特派員協会で会見を実施。そのなかで「(自身の)廃業も視野に入っています」という岡本氏は次のように危機感をあらわにした。
「(声優のなかには)課税事業者になると消費税の課税義務があると知らずに、促されるまま登録している人がいっぱいいます」
「(免税事業者か課税事業者かという)どちらも正解じゃないボタンを押せ、と言われている。免税事業者のままでもいられるでしょう。ただ、同じような年齢で同じようなスキルだと、(クライアントは事務処理が)楽な課税事業者に仕事を振る。(仕事を切る時も)私のようにフリーだと、表立って『インボイス制度未登録だから』とは言わない。何か起きるかと言われれば、そっと消えていく。これが1番、恐ろしいこと。そういう人がたくさんいます」
岡本氏、声優の咲野俊介氏、甲斐田裕子氏が立ち上げた有志グループ「VOICTION」の調査によれば、声優の7割以上が年収300万円以下で、約2割がインボイス制度開始で廃業を検討しているという。実際に昨年後半以降、複数の声優が廃業を報告しファンを驚かせたが、詳しい理由は明かされていないものの、インボイス制度開始の影響を指摘する向きも少なくない。
声優業界以外でも、すでに同制度開始をめぐって事業主から不当な要求を強いられるケースが生じている。8月、日本たばこ産業(JT)が課税事業者に移行せず免税事業者を継続する葉タバコ農家に対し、一方的に取引価格の引き下げを通告していたことが判明し、公正取引委員会が独占禁止法に違反する恐れがあるとしてJTに注意した。
声優業界では同制度開始を控え、その影響はみられるのか。VOICTIONの広報担当者はいう。
「声優事務所のなかには、いまだに対応を決めていないところもあり、所属する声優は『どうしていいのかわからない』という状況に置かれています。また、所属事務所から『免税事業者のままだと手数料を10%値上げする』と一方的に伝えられている声優も多いです。そういう声優からは『事務所を移りたい』という声も聞かれますが、人気声優ではない限り、新たに引受先になってくれる事務所を見つけることは簡単ではなく、廃業に追い込まれる声優が増えることが懸念されます。
また、フリーランスのもとには発注元の音声制作会社などから『インボイスの登録番号を教えて』『免税事業者のままなのか、課税事業者になるのか』といった問い合わせが数多く寄せられ、対応のために煩雑な手間が増えています」
では10月の制度開始以降、どのような事態が起きると予想されるのか。
「すでに大混乱が起きているのですが、その原因は『いつの仕事分から適用されるのか、分からない』というものです。この業界では、報酬が支払われるのが、仕事をした月の3カ月後だったり10カ月後だったりというケースがザラにあるのですが、たとえば10月に支払われる分があったとして『この5月にやったお仕事分はインボイス制度が適用されるのか?』と所属事務所に聞いても、誰も分からないというケースが起きています。それでも事務所に所属していれば、そこはある程度、事務所のほうで対応してくれるかもしれませんが、フリーランスの声優は1件1件、発注元に確認する必要があり、その負荷は相当なものです。仮に制度として明確な取り決めがあったとしても、発注元の事業者ごとに処理の仕方が違う場合もあるでしょうから、そうなると声優側としては個別で対応しなければならず、かなりのパニックが生じる気配が濃厚です。