たたみかけるようにして、コーセーは二刀流のメジャーリーガーとして活躍し、WBCの最優秀選手(MVP)を受賞した大谷選手を広告塔に起用した。コスメデコルテは、和魂洋才の発想をもって世界に挑戦し、人々のよりよい生き方を支えて成長するというコーセーの経営理念を象徴するブランドに位置づけられる。大谷選手は、従来の発想では難しかった二刀流に挑戦し、成功をおさめた。さらに大谷選手は、常に自己と向き合い、ひたむきに投球、打撃技術を磨く。その姿は人の心を打つ。チームのモチベーションは高まり、世界の野球ファン、プロアスリートらも賞賛を得ている。世界トップの化粧品ブランドを目指すコスメデコルテと、大谷選手には、共通する要素があるといえる。
その点に着目し、コーセーは大谷選手を起用した。それは、美を追求してよりよい生き方を目指すために男性も化粧品を使うべきだ、という価値観を一段と増加させた。ここに、マーケティングの神髄がある。それは、顧客の心理に宿る潜在的なニーズ、欲求などを意識のなかに顕在化させ、ターゲットとなるプロダクトやサービスへの需要を生み出し、持続的に増やすことだ。そのためにコーセーは、著名な女優などの起用に加え、男性アスリートを起用して、化粧品市場のすそ野を拡大した。その結果、男女を問わず、より良い美、より良い自己実現を目指してコーセーの化粧品を求める人が増えている。
コーセーは大谷効果の勢いを、さらなる成長につなげなければならない。いくつかの取り組みが考えられるなか、2つに着目したい。まず、大谷選手の起用などによって開拓した男性用化粧品市場のすそ野拡大だ。例えば、既存ブランドに関しては、世代にあったより良い素肌の管理を可能にする化粧品の利用方法を提示する。それが、周囲に与える好影響などを示すことによって、より多くの男性からコスメデコルテなど高価格帯のブランドへの支持を増やすことは可能だろう。そうしたマーケティング戦略は、相対的に所得の水準が高く需要が飽和してきた先進国の市場で実施される可能性は高い。
もう一つは、新興国の化粧品需要を取り込む体制の強化だ。4月上旬、世界的に景気後退の懸念は一段と高まり始めた。米国では景況感の悪化に加え、過熱気味に推移してきた労働市場の軟化懸念が徐々に高まっている。中国では個人消費を中心に景気持ち直しペースは鈍い。それらによって、コーセーの収益の下振れ懸念は高まりやすくなっている。一方、人口増加、中国などからの生産拠点のシフトなどを背景に、インドの経済は相対的に底堅い。中長期的に、インド経済は高い成長を実現するだろう。それに伴い化粧品需要は増える。そうした環境変化に対応するために、コーセーはわが国や欧米と文化が異なる市場における潜在的ニーズの把握、需要喚起に向けた取り組みを強化しなければならない。
世界経済のデジタル化を背景に、マーケティング戦略は「5A」の時代を迎えた。人々が対象ブランドを、(1)認知(Aware)し、(2)訴求(Appeal、自分に合ったものを選別)して、(3)調査(Ask、選別したものを比較し)、(4)行動(Act、実際に購入して)、(5)推奨する(Advocate、SNSなどで周囲にすすめる)ことが、モノやサービスの需要増加に決定的影響を与える。コーセーは先進国、新興国の両方で人々が無意識のうちに感じているであろう美への欲求をとらえ、化粧品などの需要につなげなければならない。そのために、製造技術のさらなる向上、新しいブランド戦略の立案と実行は急務だ。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)