2018年からルネサスはパントロニクスとの協業体制を強化した。具体的に、パントロニクスはルネサスの生産設備を活用することで新しいNFC関連ソフトウェアの実装を加速させることができる。それはルネサスにとって研究開発面でのシナジー効果を高めることにつながる。今回の買収によって、ルネサスとパントロニクスは、より能動的に、モバイル決済、ワイヤレス給電、物理的な位置を監視するアセット・トラッキングなどに使われるチップ製造技術を強化することができるだろう。
パントロニクス買収以前にルネサスが買収してきた企業も、通信分野で用いられるアナログ半導体を製造していた。例えば、イスラエルのセレノコミュニケーションズはWi-Fi関連のチップ開発を加速させて成長してきた。また、米インターシルは世界経済のなかでも成長期待が高いアジア太平洋地域での事業運営体制を強化した。その上で、パントロニクスの買収によってルネサスは、NFCなど無線通信分野のソフト開発力と製造ラインを結合する。
このように考えるとルネサスは海外企業の買収によって自社の事業領域を拡大し、販売網も強化している。それは、ルネサスが中長期的な世界経済の環境変化に対応し、高い成長を実現するために欠かせない。具体的に、通信の分野では6G通信などより高速、大容量な通信技術の開発が加速している。それに伴って、民生、産業用の分野で、より多くのチップが機器やインフラなどに搭載されることになるだろう。そうした変化を念頭に、ルネサスは近距離無線通信などの分野でアナログ半導体の製造体制強化を急いでいる。
ルネサスに求められることは、長期的な世界経済の変化を念頭に置き、弛むことなく製造能力を強化することだ。特に、世界の自動車産業は急速に変化している。ネットとの接続性、自動運転、電動化、シェアリング=CASEに関する自動車メーカーなどの取り組みは加速している。加えて、ゼロエミッションに関する考えも、部分的に変化しはじめた。これまで、欧州を中心にEVシフトは加速した。
しかし、3月、EUは方針を修正した。温暖化ガス排出をゼロとみなす合成燃料の利用に限り、エンジン車の販売を2035年以降も認める。EV重視の方針に大きな変わりはないとみられるが、追加の修正も排除できない。自動車産業の成長によって経済を運営してきたドイツ経済界が、より強くエンジン車の利用を求める可能性は軽視できない。そう考えるとEUの方針の一部修正は、日本の自動車メーカーにとって大きな意味を持つ。新興国では、インフラ整備の遅れなどからエンジン車の利用ニーズは依然として高い。中長期的に、自動車に用いられるマイコンやアナログ半導体の点数は増え、環境性能などの向上が目指されるはずだ。
ルネサスは、必要とされるチップの供給体制を確立しなければならない。そのために国内外の半導体関連企業との提携、的を絞った海外での買収戦略実行の重要性は増す。ルネサスはそうした取り組みを進めるための力を徐々に高めている。3月30日、大手信用格付け業者のS&Pはルネサスを「BBB-」から「BBB」に引き上げた。格上げの主たる理由は、事業ポートフォリオの強化とコスト削減によって収益力と収益性が改善し、今後も高水準で推移すると考えられることだ。ルネサスは、既存事業が生み出す資金をよりスピーディーかつ大規模に再配分し、車載用やアナログ半導体の製造体制を強化しなければならない。
一方、米欧の一部金融機関の破たんなどによって、世界経済の先行き不透明感は高まり始めた。事業環境の厳しさが高まるなか、ルネサス経営陣はあきらめることなく、コストカットを強化し、買収した企業と自社の統合を加速して収益性向上を目指さなければならない局面を迎えている。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)