しかし、デジタル技術の活用によって、状況は急激に変化している。その一つに、一定の仕様(ルール)に基づいて企業と企業がシステムを共同で利用する技術(API、アプリケーション・プログラミング・インターフェース(Application Programming Interface))が普及したことは大きい。IT関連企業傘下の銀行子会社などは、システム利用というサービスを顧客企業に提供して対価を受け取る。銀行業のありかたは、預金の獲得や融資の実行などに加え、ITシステム上で一連の業務をパッケージ化されたサービスとして提供するものに変化している。さらに、分散型元帳技術と呼ばれるブロックチェーンの利用も増えた。ブロックチェーンの活用は企業にルーティン業務の自動化など、システム関連のコスト削減を可能にする。IT先端技術の活用急増に支えられ、世界全体で銀行の金融仲介ビジネスは、非金融業の企業に急速に溶け出している。さらに国内外の中央銀行が電子化された法定通貨、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究開発などを強化している。
JR東日本にとって、デジタル金融サービスへの参入は不可避でもあるわけだ。楽天銀行のシステムを活用することによって、同社は信用審査などのノウハウを取り込むことができる。ドルと円の交換など外国為替関連サービスの提供は、インバウンド需要をより効率的に取り込むことにつながる。銀行サービスの提供によってJR東日本は、より多くのデータを手に入れ、新しいビジネスの創出につなげることもできるだろう。
今後、鉄道など既存の事業と、銀行ビジネスなどの結合によって、JR東日本の事業分野はさらに拡大するだろう。中長期的に、利用者にとってJR東日本の金融ビジネスの満足度は高まり、わが国金融セクターで同社が競争力を発揮することも十分に考えられる。そのための資金を獲得するために、構造改革はこれまで以上に強化されるだろう。
その一つとして、赤字に陥っている地方路線の見直しは加速する公算が高い。2022年7月、JR東日本は初めて路線別の収支を公表した。2019年度、利用者が少ない(一日平均、2,000人未満)地方路線(35路線、66区間)のすべてが営業赤字だった。発表に踏み切った根底には、このままでは鉄道企業として社会的な責任を果たすことは難しくなるという、経営陣の差し迫った危機感があったはずだ。縮小均衡から脱するために、JR東日本は銀行ビジネスに参入するなどして新しい動線を生み出し、鉄道利用需要を喚起しようとしているように見える。
現在、JR東日本は金融以外にも、不動産など非鉄道分野での取り組みを強化している。同社が過疎化の進んだ地域で再開発を進めると仮定しよう。それに合わせて、住宅購入のための融資、海外からの訪問者向け両替サービスや宿泊施設の予約などを一括して行えるアプリを配信する。それはJR東日本が、コロナ禍の発生をきっかけに世界的に増加したテレワーク、ワーケーションなどの需要をより多く取り込むことにつながるだろう。見方を変えると、輸送サービス、不動産関連事業、それの利用を支える金融サービスの新しい結合によって、過疎化が進む地方を訪れる人(関係人口)が増える可能性は高まる。それは、新しい動線を生み出し、需要を喚起することにつながるだろう。
そうした取り組みは一朝一夕に実現しない。しかし、迅速に取り組まなければ、地方路線の収益性はさらに悪化する。そうならないよう、JR東日本は銀行ビジネスの強化を急いでいる。経営陣の目線の先には、送金、決済、信用創造などの金融ビジネスに加えて、宿泊施設の予約など、新しい動線の創造を支えるメガアプリを生み出し、ある意味では自己増殖的に事業分野をさらに拡大する狙いがありそうだ。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)