そのなかでも、戦略物資としての半導体の重要性は急速に高まっている。いくつかの要因があるが、コロナ禍の発生、ウクライナ紛争の長期化の懸念などを背景に、日本の自動車メーカーでは車載用の半導体の部材レベルから抑えにかかるケースもあると聞く。部材レベルから車載用の半導体不足の解消には時間がかかっているようだ。台湾問題の緊迫感も高まっている。地政学リスクに対応するために、台湾から日本や米国、ドイツ、さらにはシンガポールなどに半導体の生産能力は急速にシフトし始めた。半導体産業の地殻変動はさらに激化するだろう。それに伴い、日本企業が製造する半導体の製造装置や超高純度の部材を迅速に各国の生産拠点に供給するニーズも高まる。加えて、中国は高い経済成長期の終焉を迎えつつある。安価かつ豊富な労働力などを求め、中国からインドやアセアン地域などへの生産拠点のシフトも加速している。
そうした変化に対応しつつ各国の企業が事業運営の効率性を高めるために、航空貨物の果たす役割は高まりこそすれ、低下することは考えづらい。日本郵船の2022年ファクトブックによるとNCAは成田を基点に中国、台湾やシンガポールをはじめとするアジア、欧州、米国を結ぶサービスネットワークを持つ。ANAHDは自社の旅客、貨物のネットワークとNCAを結合することによって、より効率的な航空機の運航体制を確立しようとしている。
ただ、世界経済の今後の展開を考えると、ANAHDのNCA買収が短期間で大きな成果を上げるか否か、不確実性は高まっている。まず、世界全体で想定された以上にインフレが高止まりしている。米国や欧州では想定されてきた以上に金融引き締めが長引く恐れがある。また、3月10日、米国ではシリコンバレー銀行が経営破綻し、景気後退への懸念も一段と高まっている。世界の企業の支出や個人の消費にはより強い下押し圧力がかかりやすくなるだろう。状況によっては、再度ANAHDがリストラ策を余儀なくされる展開も排除できない。
そうしたリスクに対応するためには、今のうちに、よりスピーディーに新しい需要を創出しなければならない。コロナ禍のなかでANAHDは地方創生のために人員を再配分して、航空機の利用需要を生み出そうとした。現在、欧米や韓国などからの訪日客は増えてはいるが、中国経済の持ち直しの鈍さを考えるとインバウンド需要の先行きは楽観できない。ANAHDは、国内の食材、伝統工芸を含む工業製品、さらには文化などの魅力をより積極的に海外に発信し、旅客と貨物両面での需要喚起を急ぐべきだ。その結果として来訪客や、日本の農水産物や工業製品の輸出が増えれば、航空機の飛行回数を増やして資産回転率を引き上げ、単価を引き上げることは可能だろう。反対に、そうした取り組みが遅れると、業績の不安定感はどうしても高まりやすい。
現在、韓国の大韓航空はメモリ半導体市況の急速な悪化などを背景に業績不安が高まっている。その状況下、半導体の製造装置や部材面で国際競争力を持つ日本企業との取引を強化できれば、ANAHDは業績回復を急ぎ、得られた資金を用いて業務運営の省人化などを進めることができるだろう。それは固定費の圧縮、損益分岐点の引き下げにつながり、より収益を得やすい事業体制の確立につながる。いかにして新しい航空機の利用需要を生み出し、それを収益の増加につなげるか、ANAHD経営陣があきらめることなく改革を進めることの重要性は一段と高まっている。その一つとして今回の買収が、どのように成果に結びつくかは注目される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)