3月7日、ANAホールディングス(HD)は、日本郵船傘下の日本貨物航空(NCA)を買収すると発表した。主たる狙いは、世界全体で需要の増加が見込まれる航空貨物ビジネスを強化することだ。特に、戦略物資として重要性が急上昇している半導体など小型かつ価格帯の高い製品の運搬のために、各国で航空貨物の役割期待は高まっている。中長期の目線で考えると、米中の対立などを背景に世界の供給網=サプライチェーンの再編はさらに激化しそうだ。日本の企業にとって、航空貨物の重要性は今以上に高まるものと予想される。
現在、ANAHDの旅客需要は緩やかに回復してはいるが、コロナ禍が発生する前の水準には戻っていない。むしろ、コロナ禍をきっかけにして、世界の航空旅客需要は大きく変化し、元通りには戻らないと考えたほうが良いかもしれない。例えば、日本を訪れる中国からの観光客の戻りは鈍い。そう考えると、ANAHDが航空貨物の事業運営体制を強化する意義、必要性はかなり高いはずだ。今後、どのようにして経営陣が組織を一つにまとめ、旅客と貨物の分野で需要を生み出すか、大いに注目される。
ANAHDがNCAを買収する要因の一つとして、コロナ禍の発生などによって落ち込んだ収益力を高めなければならないという経営陣の危機感は強いだろう。コロナ禍が発生して以降、同社の業績は急速に悪化した。徐々に業績は持ち直してはいるが、旅客の需要はコロナ禍以前の水準に回復していない。連結ベースの業績がコロナ禍以前の水準を上回るには、まだ時間がかかる。2月15日に公表された中期経営計画はそうした経営陣の認識を明確に示した。
2019年1~12月の旅客数実績を100とした場合、2023年1月の時点でANAHDの国内旅客数(ANAとLCCブランドのピーチ)は90%、国際旅客数は53%だった。現在、国内外で飲食や宿泊、交通を中心に先送りされてきた需要(ペントアップ・ディマンド)が本格的に発現している。そのため、世界的にサービス業の景況感は製造業よりもよい。それでもANAHDの客足の戻りは鈍い。2023年度、ANAHDは国内旅客需要はコロナ禍前の実績の95~100%、国際旅客需要は70%に回復し、旅客市場全体の需要が2019年実績の水準に戻るのは2025年度になると予想している
一方、航空貨物の業況は大きく異なる。コロナ禍の発生によって一時、航空貨物事業の成長は鈍化した。しかし、その後の回復は急ピッチだ。2019年3月、1250億円だった国際線の貨物収入は、2021年3月に1605億円に増えた。背景の一つとして、コロナ禍の発生などによって世界全体で一時、ロジックをはじめとする半導体など電子部品の不足が深刻化したことは大きい。その状況下、韓国ではサムスン電子やSKハイニックスが生産するメモリ半導体などを海外顧客に供給するために、大韓航空が大胆かつ急激に旅客機を貨物機に改修して貨物ビジネスを急速に強化し、業績の悪化を食い止めた。鉱物資源や農産物と異なり、半導体のサイズは小さく、一つの製品当たりの重量も軽い。加えて、川下に近い製品でもあるため、輸送ビジネスの利幅も厚い。ANAはそうした分野での収益力強化を目指し、業績の回復を加速させようとしている。2026年3月期までにANAは5000億円程度の有利子負債を圧縮し、自己資本比率を引き上げて財務内容を健全化する方針だ。そのためにも航空貨物事業は強化される。
今回の買収には、世界全体で激化するサプライチェーンの再編、それに伴う物流ニーズの増加に対応する狙いもあるはずだ。世界経済のデジタル化によって物流が社会と経済、さらには経済と安全保障の体制に与えるインパクトは急速に高まっている。デジタル化が加速することによって、モノやサービスの購入、利用に関する契約はネット上で完結する。人工知能(AI)の利用も加わり、そのスピードは一段と高まるだろう。ただ、最終的に購入したモノを使うためには、必要とされる時点で、顧客に指示された場所に、品物が届かなければならない。