なぜキヤノンの株価は落ちないのか?世界の半導体製造装置市場で重要な役割担う可能性

 しかし、近年、グローバル化に支えられた国際分業は新しい局面に入った。半導体、人工知能(AI)などの分野における米中対立は激化している。コロナ禍やウクライナ危機の発生によって世界的に供給体制は不安定化した。台湾問題の緊迫感は増している。さらに、世界経済の成長を支えた米国のGAFAなどの先端有力企業の成長期待は低下している。競争の激化、スマートフォンの需要減少、主要先進国における規制強化などの影響は大きい。それに加えて、世界のネット業界はGAFAなど一部の企業に主導された時代(ウェブ2.0)から個々人や企業などがより能動的に、常時バーチャルな世界で活動するウェブ3.0に向かい始めている。

 世界全体で、より高速な通信、画像処理、演算などを可能にするチップなどの製造技術の必要性は、急速に高まっている。その状況下、FRBによる利上げの影響もあり、米国のナスダック総合指数は下落した。ソフトウェア事業に集中してきた米国企業に関して、新しいハード(部材、部品、最終製品)を生み出して、成長を加速させることができるか先行き不透明感は増している。

注目集まる次世代半導体製造装置の開発

 それは、キヤノンにとって重要な意味を持つ。キヤノンは新しいモノを生み出す力に磨きをかけ、人々の新しい生き方を支えるハードウェアの創出により強く取り組むべき局面を迎えている。今後のキヤノンの事業運営の一つとして注目したいのは、半導体の製造装置分野だ。半導体の製造プロセスは大きく、シリコンウエハなどの基盤に微細な回路を形成する工程(前工程)と、基板からチップを切り離して配線やケース封入などを行う工程(後工程)に分けられる。現在、キヤノンは後工程の配線に用いられる露光装置などの生産体制を強化している。

 それに加えて、前工程で用いられる製造装置に関して、キヤノンがどのような戦略を立案、実施するかにも注目したい。現在、最先端のチップ製造に用いられる露光装置は、オランダのASMLが世界で唯一供給している。ただ、半導体製造の専門家によると、次世代の回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)のロジック半導体の製造には、これまでとは異なる技術が求められるとの指摘は多い。やりようによってはキヤノンが次世代半導体の製造装置の分野で挽回を目指す可能性はあるだろう。

 2016年、米国ではインテルが回路線幅10ナノメートルのロジック半導体製造ラインの確立に躓いた。その後、インテルは最先端のロジック半導体の製造をTSMCに依存するようになった。TSMCは日本やオランダなどから半導体の製造装置を調達している。また、TSMCは日本企業が生産する高純度の半導体部材の重要顧客でもある。世界の半導体産業、IT先端企業などにとって、キヤノンの持つモノづくりの力は、新しいチップの製造、それによるメタバース時代の本格化などに不可欠といえる。

 現在、TSMCは日本への追加投資を検討している。国内では、次世代半導体のファウンドリとしての成長を目指すラピダスも官民の連携によって設立された。口で言うほど容易なことではないが、そうした機運を活かしてキヤノンがより大規模に資金を調達し、新しい半導体製造装置などの創出を目指す展開を期待したい。それは同社の成長だけでなく、日本企業の競争力向上や産業構造の転換に大きく影響するだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)