ここにきて、キヤノンは新しい製造技術の促進を図っている。その一つに、次世代の通信規格である6G通信などで利用期待の高まる小型テラヘルツデバイスがある。現在の世界経済の環境変化の影響は大きい。IT先端分野ではウェブ2.0から3.0への移行は加速し、新しい製品の開発競争は激しさを増している。今後、世界的にモノづくりの重要性は一段と高まるだろう。
2022年、世界的に株価は下落した。その一方で、キヤノン株はほぼ横ばい圏で推移した。その背景には、海外投資家らがキヤノンなどのモノづくりの力の重要性を再認識し、先端分野での研究開発の強化などを評価し始めたことがある。今後、米中をはじめ世界的に景気先行きの不透明感は高まる。半導体など先端分野での米中対立も先鋭化するだろう。そのなかでキヤノンがどのようにモノづくりの力のさらなる向上を実現するかが注目される。特に、次世代の半導体製造装置の創出において、同社はかつてないほど重要な局面を迎えるだろう。
キヤノンの新技術一つに、世界最高出力の小型テラヘルツデバイスの開発がある。テラヘルツ波とは、光と電波の中間にある周波数帯(100ギガヘルツから10テラヘルツ)のことをいう。テラヘルツ波は特性として、電波の透過性(モノを通り抜ける性質)と、光の直進性(まっすぐに進む性質)をあわせ持つ。それは、世界経済のデジタル化に画期的な変化をもたらす一つの要素となるだろう。
例えば、発表されたデバイスを用いることによって、自動車などの塗装面の均一性の検査やインフラの保守点検など「非破壊検査」の精度は高まると期待される。また、従来よりも高い周波数を用いることによって、より大量のデータを、より高速に送信することも可能になると考えられる。それらが今後の世界のデジタル化に大きなインパクトを与えるとの見方は多い。画期的なのは、キヤノンがテラヘルツデバイスの小型化と出力の引き上げを同時に実現したことだ。これまでテラヘルツ波の利用技術に関して、装置を小型化すると出力も低下することが課題となってきた。キャノンはチップ上にアンテナを積み重ね、さらには一方向にエネルギーを集中させるよう設計に改良を加えることによって、世界最高出力、かつ、小型のテラヘルツデバイスを生み出した。
そのほかにも、キヤノンは矢継ぎ早に新しい製造技術の実用化を発表している。2022年12月以降の主な発表は次の通りだ。新型の非接触型計測機器、有効画素数約1,900万画素による高解像度と広い視野を実現したCMOSイメージセンサ(画像処理半導体の一つ)、半導体の製造装置などが発表された。キヤノンは、光学機器などで磨いてきた製造技術をデジタル関連分野でより有効に活用するために、研究と開発の体制を一段と強化していると評価できる。そうした取り組みによって、世界の産業、民生分野で新しい需要を創出し、業績も回復基調にある。
このように、キヤノンは能動的に新しい製造技術を確立し、高付加価値のモノを世界の企業や消費者に提供する力を高めている。背景の一つとして、世界経済のデジタル化は大きな変化の局面を迎えつつある。それに伴い、世界全体でモノづくりの重要性は一段と、かつ急速に高まっていると考えられる。
1990年代の初頭以降、世界経済はグローバル化した。国境の敷居は下がり、世界の企業は最もコストの低い場所で生産を行い、より価格の高いところで販売する体制を構築した。米国では、収益性を高めるためアップルなどがモノづくりよりも、ソフトウェアの設計と開発により集中し始めた。生産活動を外だしすることによって、アップルなどは生産設備を自前で整備し、運営する負担から解放された。台湾の鴻海精密工業や台湾積体電路製造(TSMC)は、米国企業が設計開発したデバイスや半導体の生産を受託した。世界全体で新しい最終製品を生み出すスピードは加速し、生産などのコストは低下した。1990年代初頭以降、そうした環境変化に日本企業は対応することが難しく競争力は低下した。