背景の一つには、インドとアセアン各国における急激な経済構造の変化がある。中国からインド、マレーシア、タイ、ベトナムなどに生産拠点をシフトする各国の主要企業が増えている。米中対立や台湾問題の緊迫化、先行き不透明なゼロコロナ政策などを背景に、アップルはインドでのiPhoneやiPadの生産を増やしている。マレーシアでは車載用など半導体生産能力向上を目指して日米欧などの企業が直接投資を行っている。当該国の雇用基盤は強化され、中長期的に所得は増加するだろう。それに伴って人々は価格が低く、より品質の良い家具を求めるようになる。また、先行きの不透明感は高まっているものの、中国は世界最大の消費市場として重要だ。
対して、日本の消費環境は不安定な状況が続く可能性が高い。現在の物価上昇ペースをもとに考えると、2023年の春先頃まで日本の物価は上昇しそうだ。ウクライナ危機がどう落ち着くかは見通しづらい。想定される以上に世界の供給網の不安定な状況は続き、企業のコストプッシュ圧力は高止まりする恐れがある。一方、過去30年程度にわたって日本の賃金は伸び悩んできた。10月まで7カ月連続で日本の実質賃金は前年同月を下回った。日本の個人消費の回復ペースはかなり緩慢にならざるを得ないだろう。
外国為替市場では米国の金融引き締めペースの鈍化などによって徐々にドル高・円安傾向の調整が進みつつあるが、ニトリにとって国内事業をメインにして高い成長を目指すことは容易ではない状況が続きそうだ。
国内外でニトリは構造改革を加速させなければならない。ポイントは、コスト削減の徹底強化と、新商品開発の加速だ。アジア新興国での事業運営体制の強化には、サプライチェーンの再構築とデジタル化による業務運営のスピードアップが欠かせない。そのために設備投資などは増加すると予想される。中長期的なアジア新興国経済の成長によって、人件費も増加するだろう。そうした環境変化に対応して価格競争力を高めるために、ニトリは生産拠点を再編し、より低コストで最終目的地に商品を届ける体制を整備しようとしている。具体的に、海上輸送ルートの最適化、港湾施設から物流施設までの輸送コストの圧縮が強化されている。ニトリは陸揚げされたコンテナをそのままトラックに乗せて運ぶコンテナドレージの範囲拡大と、物流施設のDXの加速や梱包方法の見直しなども行っている。店舗運営に関しても、国内ではセルフレジ導入などによる省人化が進められている。
一方、島忠のPB商品を含め、新商品開発は加速されなければならない。アセアン地域などの新興国の消費者にとって、日本企業の手掛ける商品は安心、信頼できる商品として憧れの対象になってきたといえる。相対的な経済成長期待の高さを背景に、ニトリのライバルであるイケアもアジア新興国での成長戦略を強化している。ニトリはよりスピーディーに新商品を開発して新しい需要を生み出し、デジタル技術を活用したマーケティング戦略の実施によって消費者のニーズを取り込まなければならない。
2022年度第2四半期の業績説明資料において、ニトリは2023年3月期の増収増益予想を維持した(決算期の変更により、今期は2022年2月21日から2023年3月31日まで)。それは、コスト削減と商品開発の加速などによって収益力を早期に引き上げるという経営陣の決意表明に見える。ニトリ経営陣はこれまでの成功体験に浸ることなく、構造改革をさらに強化しようとしていると言い換えてもよい。同社の構造改革が今後の業績にどういった影響を与えるか、より多くの注目が集まるだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)