創業以来、味の素はアミノ酸の基礎研究を重ね、その利用技術に磨きをかけてきた。それによって、同社は食に加えて高付加価値のデジタル部材という異なる領域への参入を実現した。食の分野で味の素は新興国の人口増加や世界的な健康増進などの需要を取り込んでいる。さらに、同社は半導体向けの新しい絶縁材の製造技術を確立した。中長期的に世界のあらゆる産業界で、より多くの半導体が使われるようになるだろう。そうした見方から、味の素の成長が加速すると考える主要投資家は増えている。
その根底には、経営陣によるコア・コンピタンスの認識と強化がある。歴代のトップは、自社の強みがアミノ酸の基礎研究、その利用技術の確立であることを明確に認識し、次世代に継承してきた。現在、経営陣は強みの向上に向けてさらなる改革を進める考えだ。すでにうま味調味料の分野で世界トップの地位を確立した同社がどのように自己変革を遂げ、さらなる成長を狙うか、より多くの注目が集まるだろう。
よりおいしものを食べたい、より健康になりたいという願いは、世界共通の根源的な欲求だ。昆布だしのうま味成分がグルタミン酸であることを出発点に、味の素は人々の食生活をより豊かにして成長してきた。その結果として味の素は世界トップのドライセイボリー(粉末・キューブ状のうま味調味料と風味調味料)メーカーとしての地位を築いた(出所、2018年12月12日のオンライン会社説明会資料)。
ポイントは、同社が世界の消費者の声に耳を傾け、より満足度の高い食生活の実現に取り組んだことだ。一例に、同社がタイで供給する「RosDee(ロッディー)」がある。ロッディーは風味調味料の一つでありガパオライスの素などとして使われる。わが国の「ほんだし」の兄弟に位置づけられる商品だ。決算説明資料によるとアジア通貨危機やリーマンショック、コロナ禍などによるタイGDP成長率の落ち込みにもかかわらず、ロッディーの販売は増加基調だ。それに加えて、タイでの味の素の販売も緩やかに増えている。
味の素はうま味調味料の市場を創造し、世界の胃袋をつかんだといえる。同社は各国の食習慣に合った調味料の開発・供給体制を強化している。1950年代からブラジルでは「Sazón(サゾン)」ブランドのうまみ調味料が販売されてきた。1990年代以降、ベトナムではAji-ngon(アジゴン)というブランドで豚骨ベースのうま味調味料が販売されている。味の素は人口増加を背景に調味料需要が高まり、食生活の多様化が進む新興国にいち早く進出し、先行者利得を手に入れた。その上で、SNSなどデジタル技術を積極的に活用して消費者のニーズをきめ細かく取り込み、より満足度の高い調味料や冷凍食品の販売増加につなげてきた。
現在では、電子レンジで加熱する容器入りのミール製品や海外での「ギョーザ」の販売を強化している。また、ブラジルではフレキシタリアン(植物性食品を基本としつつ、状況に応じて肉や魚も食べる人)やベジタリアンの需要を取り込むために植物由来のハンバーガーミックスを提供している。その結果として同社は景気に左右されにくい収益体制を整備し、海外売り上げは58%に達した。
うま味の創造で磨いたアミノ酸に関する基礎研究の成果を、味の素はデジタル分野に結合した。生み出されたのが、絶縁材である「ABF=味の素ビルドアップフィルム」である。アミノ酸を要素にして、味の素はうま味調味料市場とABFという新しいモノの創造というイノベーションを実現した。うま味調味料に加えて、味の素は高付加価値の半導体部材などの分野で新しい収益の柱を確立しつつある。