ただし、JTにとって一貫した姿勢で非たばこ事業の運営体制を強化することは難しかった。2015年には清涼飲料の自動販売機事業が売却された。それだけ同社経営陣は世界のたばこ産業の再編への対応により多くの経営資源を割かなければならなかった。また、国内と海外のたばこ事業の運営が統合されていない状況が長期化し、組織が肥大化したことの影響も大きかったはずだ。
一方、海外の大手たばこメーカーは、需要が減少する紙巻きたばこへの依存度を引き下げようと構造改革を加速させている。特に、健康への悪影響から紙たばこへの規制が強まっていることは大きい。ESG投資の観点からたばこ関連企業をダイベストメント(投資撤退)対象に指定する機関投資家も増えている。
事業戦略の観点から考えると、当面は「リスク低減商品」と呼ばれる加熱式たばこなどによって収益を獲得しつつ、非たばこ分野の収益をよりスピーディーに増やさなければならない。そのために、アルトリアは再度コングロマリット化を進めつつあるようだ。同社はたばこ事業に加えて、ビール世界大手アンハイザー・ブッシュ・インベブに出資している。それは収益源を分散し、業績の安定感を高めるためだ。さらに長期の視点で考えると、たばこ企業は新しい収益の柱を確立し、その分野の成長を加速させることによって脱コングロマリット経営に向かう可能性もある。
このように考えたときにJTに求められる事業戦略は、グローバルなたばこ事業の効率性を高めつつ、医薬事業の収益力を徹底して強化することだろう。ポイントは、JTがたばこメーカーとしての成長体験から脱却できるか否かだ。現在、非たばこ事業では食品事業で資産の売却が行われている。一方、医薬事業分野ではそうした動きが今のところは見られない。経営陣は、医薬分野での成長を一段と重視し始めていると考えられる。医薬事業の成長加速のために、経営陣は海外での買収や連携を強化し、免疫やウイルス関連分野での新薬開発を加速させなければならない。
そのためには、さらなる事業ポートフォリオの入れ替えが不可欠だ。海外たばこ事業の強化のために、JTはロシアなど地政学リスクが懸念される国や地域の企業を買収した。今後は、そうした資産が業績の悪化要因となるリスクが増す。米国ではFRBが金融引き締めを強化し、インフレ鎮静化に取り組まなければならない。その結果として世界全体で金利はさらに上昇するだろう。その結果、新興国では通貨が大きく下落し、信用リスクは追加的に高まる可能性が高い。円安、たばこの値上げによって業績が下支えされている現在の状況を活用し、経営陣は先行きの不透明感が高まる市場からの撤退や事業規模の縮小を進め、医薬分野の研究開発や買収戦略の強化に資金を再配分しなければならない。
自己変革が遅れれば、JTが持続的に収益を増やすことは一段と難しくなる恐れが増す。目先、世界経済の環境悪化懸念は追加的に高まるだろう。米国を中心に世界の株価にはより強い下落圧力がかかるだろう。それは、JTがコストを抑えて買収戦略を実施し、医薬事業の成長を加速させる好機になりうる。長期的に考えると、世界全体でたばこによる疾病リスクへの懸念は一段と高まるだろう。需要の減少基調はさらに鮮明となる可能性が高い。そうした展開を念頭に、海外の大手たばこメーカーも医療など非たばこ分野での買収戦略を強化しはじめている。JTに求められることは、たばこ事業でコスト削減をさらに強化し、あきらめることなく長期的な需要増加期待が高まる医薬分野での事業運営体制を強化することだ。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)